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第三十二章 報復と反逆 Ⅱ

 宰相ガーヌルグは密かに同じ不安を抱く者たちを説き、結託し。

「侍女を皇后にせんとするムスタファーに帝位の資格なし。かくなるうえは、弟君のマルドーラ様に帝位についていただこうではないか」

 と語り合っていた。

 こうして、水面下で同志をつのり、話をマルドーラに持っていった。

 マルドーラ十七歳。彼女の母親は神美帝ドラグセルクセスの側室、パレーオールであった。

 あどけなさを残しながらも、第二皇太子として凛々しい面持ちをし。またその自覚を持ち。文武ともに修練怠らず。タールコを兄とともに支えていた。

 このときマルドーラはエグハダァナではなく、東方タータナーノとの国境に近く国防の要である東の都プールシャプラーにいた。

 プールシャプラーまで来た数人の臣下から話を聞いて、最初は驚いていたマルドーラであったが。この弟君も、兄の女性問題を疑問視していたというではないか。

「兄君は、侍女のエスマーイールにしか関心がないのは、オレも不思議に思っていた。まさかとは思うものの、やはり兄君はエスマーイールを皇后にするつもりか」

「十中八九間違いないかと」

「……」

 マルドーラは押し黙り、思案した。兄は侍女を皇后にするという、帝位にふさわしくないことをしようとしている。それで、どうするのか。

「いっそのこと、挙兵されて。マルドーラ様が帝位につかれては」

「なに……」

 このとき、マルドーラの心に、何かが芽生えた。己が、帝位につく。

 それは抗いがたく、魅力的な輝きを放ち。胸の中で広がってゆくこと際限がなかった。

(オレが、帝位に……)

 ガーヌルグは、時々考えた。

 生まれるのがムスタファーより二年ほど遅いために、第二皇太子の地位に甘んじなければならないのだろうか、と。二年の歳月など、大人になれば無きにひとしいではないか、と。

「これもすべて、タールコのため」

 その言葉が、決定打になった。そうだ、侍女が皇后になるなど、いかがなものであろうか。兄は己の情事とまつりごとを混同している。

 皇帝が妻を迎えるのも、政の一環であるというのに。もし侍女が皇后になることがあれば、タールコの歴史に泥を塗ることになるのではないか。

 そうだ、すべては、タールコのためなのだ。

 挙兵し、兄を討ち、侍女エスマーイールも処刑する。これでタールコの歴史も栄光も保たれるというものだ。

「よし、やろう」

 マルドーラは決意した。臣下たちは、さすがマルドーラ様、と投げキッスを送り跪いた。

 こうして、プールシャプラーはにわかに慌ただしくなり。いざという時に立ち上がるための兵士や軍備もととのえられて、あとは挙兵の機会を待つだけであった。


 その機会は、獅子皇ムスタファーが出征しエグハダァナを留守にしたときだった。ソケドキアが攻め込んできているのだが、ガーヌルグにとってはよいときに来てくれた、というところであろうか。

 ともあれ、ガーヌルグやマルドーラ、その同志の臣下らは獅子皇ムスタファーの留守の間隙を突いて挙兵したのだ。

 マルドーラはプールシャプラーから七万の軍勢を率いてエグハダァナを外から攻め。ガーヌルグや同志の臣下たちも呼応して挙兵し、内から攻めた。

 無論、抵抗はあった。しかし、まさかマルドーラが、ガーヌルグが、という思いや油断もあって、完全に隙を突かれた格好になってあっという間にエグハダァナは制圧されたという。

 エグハダァナを制圧したマルドーラは、

「侍女を皇后にせんとする兄に、帝位の資格があるだろうか。我はタールコ皇族として帝国を憂い、やむなく挙兵し兄に罰を与えんとする」

 と高らかに宣言するとともに、自らタールコの皇帝を名乗り。あろうことか、臣下たちをともなって 即席ながら即位式まで執り行った。

 正式な即位は兄ムスタファーを討ってから、ということか。

 獅子皇ムスタファーの女性問題を知らなかった臣下たちも、これによって事情を知ることになり、賛同する者は意外に多かったという。

 いかに獅子皇として君臨し、戦場において勇敢に戦おうとも、女性問題ひとつで国が、タールコという大帝国が分裂したのだ。

 マルドーラの挙兵に反対する者もあったが、宰相ガーヌルグはこれらを先頭に立って処刑したという。

 エグハダァナの民衆はこの争乱に驚き逃げ惑い。しずまってから戻ってみれば、マルドーラやガーヌルグの訴えることを知った。

 民衆にも獅子皇と人気の高かったムスタファーだったが、この女性問題はその印象をおおいに下げた。

「情事と政を混同するふしだらな獅子皇」

 として……。

 そのため、マルドーラやガーヌルグの挙兵、エグハダァナ制圧に異を唱える民衆も、意外に少なく。弟君や宰相の挙兵やむなし、という世論ができあがったという。

 身分のことは、歴史の長い大帝国タールコにおいて、徹頭徹尾叩き込まれた概念である。皇后には、皇后としてふさわしい高い身分の女性がなるべき、という考えは民衆にも強く根付いていた。

 これによって、エグハダァナはなし崩し的でもひとつにまとまり。慌てて帰ってくるであろう獅子皇ムスタファーを迎え撃つ準備がなされているという。


 話を聞いた獅子皇ムスタファーは拳を握りしめ、言葉もなかった。エスマーイールも押し黙っているしかなかった。

 重い沈黙が、周囲を包んだ。

 これは、ソケドキアと戦っているどころではない。

 獅子皇ムスタファーは、エスマーイールの方へ振り向き、悲しげに彼女を見つめていた。

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