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第三十二章 報復と反逆 Ⅰ

 夜になり、月が星星を引き連れて夜空を飾るときになっても。アーベラの要塞周辺は明るく、賑やかだった。

 明朝、いかにしてソケドキアの蛮族を皆殺しにしてやろうかと、タールコ兵の誰もが息巻いていた。

 要塞に立て篭もるソケドキア兵らは、不安な気持ちで夜を過ごしていた。それまで快勝だったのが、一気に要塞に押し込められて、大軍に押し潰されようとしている。

 本国に救援の要請はしているものの、援軍がたどり着くまで持つだろうか。

 そんな不安にかられた兵たちを、シァンドロスは励ましてまわった。

「しっかりしろ。神がオレたちを見捨てるわけがない」

 と、言ってまわった。

 シァンドロスには不安はなかった。自分の強運を心底信じている風であった。そのおかげでか、兵はいくらか不安を和らげることができ。

「来るなら来い」

 と息巻く者まで出た。シァンドロスには、兵を安堵させるだけの風格に満ち溢れていた。


 しんがりに立ったガッリアスネスやカンニバルカら千五百ほどの兵は、アーベラの要塞に行くに行けず、迂回して本国へ引き返していた。

 本国にはすでに援軍を要請しているはずだ。途中で援軍と出会えば、合流するつもりだったが。さて援軍はどのくらいで来てくれるだろう。


 一方、獅子皇ムスタファー率いるタールコ軍は要塞を取り囲んで、朝を待っていた。

「神に祈る時間はやろう。せいぜい地獄に落ちぬよう祈っているがいい」

 と要塞に向かってうそぶいた。

 夜が明ければ、タールコとソケドキアの戦いに決着がつくかどうか。タールコ側は猛攻を想定し、勝利を信じて疑わなかった。

 ソケドキア側はシァンドロスが己の強運を信じて。君主猛ければ従うものも猛きで、さほどの不安もなく。どうあっても援軍が来るまでもちこたえてみせようと気張っていた。

 早馬が来たのは、そんなときだった。

「獅子皇、獅子皇はいずこにおわす!」

 早馬の騎士は息せき切って、獅子皇ムスタファーをもとめた。

「何事だ」

 早馬の到来で、寝る支度をしていた獅子皇ムスタファーは幕舎から出て騎士と会った。

 騎士は他の騎士に導かれて、獅子皇ムスタファーの幕舎まで来て。急いで下馬し跪いて、語った。

「エグハダァナにて反乱! あろうことか、エグハダァナは反乱軍に制圧されてしまいました!」

「なんだとッ!」

 まさに寝耳に水の報せであった。獅子皇ムスタファーに、夜伽をつとめるはずだったエスマーイールに、腹心イムプルーツァとその侍女パルヴィーンら、そばの者たちも、聞き間違えただろうか、と耳を疑った。

「もう一度言え、エグハダァナがどうした!」

「は、反乱が起こり、あろうことか、制圧されてしまいました。弟君のマルドーラ様に、宰相ガーヌルグ殿が挙兵し……」

「それはまことか。このときに下らぬ冗談を言えば、うぬの首が飛ぶぞ!」

「ま、まことでございます。なんでこんなときに冗談など申しましょうか」

「では、どのように反乱が起こったのだ。言え!」

「は、は……」

 騎士は、エスマーイールをちらりと見つめ。いくらか言いづらそうだったが、言わねばならないと、反乱のいきさつを語った。


 獅子皇ムスタファーが出征中、臣下の筆頭に立ちエグハダァナの留守を預かっていたのは宰相ガーヌルグという者であった。

 この者、神美帝ドラグセルクセスが崩御の直前に殺してしまった臣下、グーラーネという者の父親であった。

 ガーヌルグは息子グーラーネをこよなく愛し、親子で神美帝に仕えることを誇りにしていた。グーラーネは文官としてタールコのまつりごとや文化事業のためによく働いた。父はそんな息子を誇りに思っていた。

 しかし、息子の命はあらぬことで奪われてしまった。よもや神美帝が錯乱し息子を斬り殺すなど、夢にも思わぬことである。

 獅子皇ムスタファーはそれを哀れに思い、国葬の際グーラーネも手厚く弔い。ガーヌルグには宰相の地位を約束した。

 ガーヌルグはこれには感謝の気持ちを示し、宰相としてよく働いた。働いていたと思っていた。

 しかし、心の中には、さまざまなものが渦巻いていたようだ。

 心から敬愛していた神美帝ドラグセルクセスの錯乱に失望し、それによって息子を奪われたことに絶望し。かといって、報復などできるわけもなく。ひたすら、渦巻く暗い感情を押し殺し平常を保っていた。

 それに破綻が生じたのは、獅子皇ムスタファーの女性問題だった。

 獅子皇ムスタファーはそろそろ皇后となる女性を迎えてもよい年頃であるが、意中にあるのは侍女エスマーイールで。なんと彼女を皇后にしようとしていることを知ったのだ。

 この噂は、宮中で一部の者にささやかれ。不安視されていた。

 皇帝が侍女を皇后にするなど、身分も合わねば前例もない。

 だがしかし、獅子皇ムスタファーはエスマーイールばかり可愛がり。他の女性には一向に興味をしめさない。皇后を迎える話もないわけではないが、

「このことは、オレが自分で決める」

 と言って、取り合わなかった。

 それが、まさかエスマーイールを、という不安につながったのである。

 ともあれ、平常心に破綻をきたしたガーヌルグの心に、報復という感情が芽生えた。といっても、報復する以上、反乱である。そうするためには、何かの大義がいる。

 それが、獅子皇ムスタファーの女性問題だった。

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