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第三十一章 攻防 Ⅲ

 号令を受け、ソケドキア軍は退却を始めた。

「よし、いいぞ。深追いをするな!」

 敵軍の退却を受け、コヴァクスはそう命じ。ドラゴン騎士団や赤い兵団は深追いをせず、逃げるソケドキア軍を見送った。

どきを上げろ! えい、えい、おう!」

 ジェスチネはアトインビーや周囲の将卒らとともに勝どきを上げ、それが全体にひろがってゆく。

 不本意な戦いではあっても、勝つのはやはり嬉しいものである。

 勝ち鬨を耳にしながら、敵軍を見送るコヴァクスのそばにラハントが駆け寄る。

「なにをしているのです。このまま突き進まないのですか」

 その言葉を受け、コヴァクスは勝った心地よさもなさそうにラハントを睨みつける。

「言ったでござろう。我らはタールコの臣下ではないと」

「そうですが。しかし、せっかく勢いに乗ったというのに。この勢いに乗れば、旧ダメドくらいは奪取できるのではないですか」

「ドラゴン騎士団は、奪うための戦いはせぬ!」

 槍斧を握りしめ、コヴァクスはラハントに叫んだ。

「しかし、いまタールコはソケドキアに攻められ不利をこうむっております。ここは、タールコを助けると思って、どうか」

 ラハントはしきりにコヴァクスにこのまま突き進むよううながす。言葉遣いも下手に出て丁寧なものだった。これも、故国タールコを思えばこそだった。

「タールコの事情もあるでござろうが、こちらにもこちらの事情がある」

 オンガルリとリジェカはともに再興の道のりに出たばかり。こうして出兵をするのも負担であるのに、そこへきて他の領土を奪うまでに戦争をするとなると、負担が増すのは言うまでもない。

 ソケドキアにしてもタールコにしても、他国へ攻め入り征服事業ができるのも、他へ攻め入るだけの地力があったからに他ならない。だがオンガルリとソケドキアには、まだないのだ。兵を集めるのも、一苦労であった。またその補充は利くわけではなし。

 だから、無理に戦いを押し進めれば、勝つにせよ被害の拡大は免れず。その被害の穴埋めもすぐにできるわけでもなし。

 だから、一戦交えて、ソケドキアにある程度の強さを見せ付けることができれば、それでよしとせねばならなかった。

 非情なようであるが、タールコの危機であろうと、それよりも我が国の危機を優先させねばならない。そうでなくば、せっかく立ち上がれたのもすぐにたおれかねない。

「我らが軍勢を温存し、国の負担を少なくすることは国をたもつことになる。国がたもたれれば、タールコにとっても有益なことではござらぬか」

 コヴァクスはラハントに憮然と言った。内心、敵はソケドキアのみならず、戦うことを要求するタールコでもあると思わざるを得なかった。

 だからなんとしても、ラハントの無理強いを食い止めなければならなかった。これもまた別の攻防戦だった。

 龍菲は少しはなれて、コヴァクスとラハントのやりとりを眺めていた。

 ニコレットとダラガナは軍勢をまとめて、陣を敷きなおし、もしもの再襲来にそなえている。意趣返しにまたソケドキアが来ないとも限らない。

 この戦いによってイギィプトマイオスは、オンガルリ・リジェカをより脅威として、後顧の憂いとして見るだろう。

 ともすれば、大軍を編成して攻め入ることも考えられる。

 ともあれ、ソケドキアがタールコに攻め入っている間はドラゴン騎士団に赤い兵団も、いまいる国境地帯にとどまり、ソケドキアを牽制する。

「それでよいでござろう」

 コヴァクスはラハントを強く見据えながら、そう言った。

 そこまで言われて、ラハントも何も言えなかった。


 本来なら、守るべきタールコ軍がバヴァロンを攻め。ソケドキア軍がバヴァロンを守っている。

 シァンドロス自らが囮となってタールコ軍の総力をおびき寄せ、その間隙を突いて別働隊がバヴァロンを陥落させるという戦法は見事功を奏した。

 そのため、本来の攻防の立ち位置が逆転する結果となった。

 獅子皇ムスタファー率いるタールコ軍十万はバヴァロン郊外でソケドキア軍と激しく渡り合うも、なかなか決着をつけられず。一旦後退し、バヴァロンに籠るソケドキア軍と睨み合いのやむなきにいたった。

 ただ睨み合いをするだけではなく、増援をうながす使者を各都市に送った。その気になれば、三十万からの軍勢を集められる国である。

 しかし、破壊の悲惨さに遭ったバヴァロンは目と鼻の先であるというのにそこにいたることのできぬ無念さを、獅子皇ムスタファーは胸に抱え込んでいた。

 だがソケドキア軍もタールコ軍を休ませない。本隊と別働隊あわせて十三万の軍勢である。それを二手に分け、一定の間隔を置いて交互にタールコ軍に攻め入った。

 そのたびに、獅子皇ムスタファー率いるタールコ軍は満腔の怒りを込めて戦うものの、バヴァロン奪取の目的を果たしたソケドキア軍は無理に勝利をもぎ取ろうとせず、相手をからかい翻弄するかのように本気で戦わずに逃げ回り。疲労を貯めさせる戦法に出ていた。

「小ずるいソケドキアの蛮族め。どこまで我らを愚弄するか」

 獅子皇ムスタファーをはじめとして、タールコ軍の将兵ことごとくソケドキアの戦法のため、怒りとともに疲労まで溜め込むという結果になり。

 やむなく、タールコ軍はさらにバヴァロンから遠ざかって各都市からの増援を待つしかなかった。

 増援があるであろうことは、シァンドロスも承知の上であった。

 そのため、バヴァロンを徹底して破壊しておく必要があると考え。兵士たちには、一切の容赦はするなと厳命した。

 そう、シァンドロスはバヴァロンを捨てるつもりだった。増援が来て、数の膨れ上がったタールコ軍と戦う気はさらさらない。むしろ徹底的に破壊したバヴァロンをすてて、他の都市に逃げ込みそこでまたの東征の機会をうかがうつもりだった。

 タールコにとってバヴァロンは重要都市のひとつだった。復興させぬわけにもいかないだろうが、そのために負担も増える。その負担を背負わせるのも、シァンドロスの狙いのひとつだった。

 が、これに批判的な者もいる。ヤッシカッズとその弟子ガッリアスネスだった。

 ヤッシカッズはバヴァロンを破壊するというシァンドロスの厳命に対し、

「どうかお考え直しを。この都市を保てば、ソケドキアにも利用価値はあるというのに」

 と諫言をしたが、シァンドロスは聞き入れなかった。むしろ、重要だからこそ、破壊するのだ。

「おぬしは的確な進言をするが、時として臣下の分を超えて言いすぎるきらいがある。以後気をつけよ」

 シァンドロスは諫言するヤッシカッズにそう言った。以後気をつけろとは、次に癪に障ることを言えば命はないぞ、という警告であった。

 ヤッシカッズは、主君が諫言を受け入れぬとあって半ば諦め、あてがわれた部屋で不貞寝を決め込み一切外には出ないようにしていた。

 弟子のガッリアスネスも諫言の際に師のそばにいたため、シァンドロスから目をつけられていた。もしかすれば、何かの疑惑を師弟ともに向けられ、何らかの罰を与えられるかもしれない。

 そんな危機感を持ったガッリアスネスは、戦場においては勇敢に戦い、どうにかシァンドロスの怒りを誘わぬようにし、信頼を得るようにつとめていた。

 だがそれもいつまで続くだろうか。ガッリアスネスは勇敢に戦いはしても、無力な民衆には手を下さない。シァンドロスはそれもお見通しのようである。

 師匠は言う。

「私は、ラヌバルとハモーネに仕えていたつもりだったが、とんだ見当違いだった」

 ラヌバルは一兵から身を興しヴーゴスネアを統一した昔の名君であり、ハモーネはその妻だった。先代フィロウリョウとアンエリーナは経歴がラヌバルとハモーネに似ていることから、新しき時代の到来を予感し、ヤッシカッズは仕えた。

 が、いまは、どうであろう。

 フィロウリョウもその子シァンドロスも、野心に際限なく、慈悲少なく。野望のためなら破壊、殺戮をためらわない。

 いや、新しい時代は来ているのかもしれない。だがそれは、ヤッシカッズの望んだかたちではなかった。

 ヤッシカッズとしては、戦乱のヴーゴスネアを統一し、平和をもたらしてほしかったのだが……。

 さてこれからシァンドロスに対して、どう仕えてゆこうか。あてがわれた部屋で、ヤッシカッズはそのことばかり考えていた。


 獅子皇ムスタファーは各都市に増援の要請をし、着々と増援の軍勢が結集しつつあった。

 タールコ人の、ソケドキアを憎む気持ちは天をも貫かんとするほどに大きいものだった。それぞれが、打倒ソケドキアを合言葉に獅子皇ムスタファーのもとに集いつつあった。

 その数は、二十万に届こうとし。復讐、報復の熱気が渦巻いていた。

「もうこれだけ集まればいいだろう」

 獅子皇ムスタファーは軍勢が二十万まで膨れ上がったことで、バヴァロンへ一挙に攻め入る決意を固めていた。

 それはソケドキア側も察知し、シァンドロスはタールコ軍二十万にならんことを聞き及んで。

「では、ゆくか」

 とバヴァロンから撤退の準備を始めていた。

 それを逃す獅子皇ムスタファーであろうか。二十万の軍勢に総動員をかけて、バヴァロンへ一気に攻め込んだ。

 それと同時に、ソケドキア軍は一気にバヴァロンを捨てて逃げ出した。

「追え、逃がすな。ソケドキアの蛮族どもを皆殺しにせよ!」

 二十万の軍勢は怒涛のごとくバヴァロンに押し寄せ、取り囲み、力任せに攻め立てた。

 撤退が完了していないソケドキア軍は、必死になって抵抗するも。憎しみに駆り立てられたタールコ軍は死を恐れず、まさに血肉食らうがごとくソケドキア兵を討ち、殺していった。

 その一方ですでにバヴァロンから出たソケドキア兵もいた。まっさきに逃げ出したのは、他ならぬシァンドロスらであった。

 逃げ切れなかったソケドキア兵は、憎しみの眼差しと刃を向けられ。昨日までの享楽は恐怖に変わって、命乞いをする者まであったが。それを聞くタールコ軍ではなかった。

 ソケドキア軍は軍勢の半分はどうにかバヴァロンから逃げ出せたものの、半分は奪ったお宝をたくさんかかえて身動きもままならない状態で、逃げるに逃げられず。タールコ兵にひたすら討たれていった。

 お宝をかかえて刃に切り刻まれるソケドキア兵の心境は、それはそれは惨めなものだった。

「兵を捨てて逃げるとは、さすがは蛮族のおさ、シァンドロスよ」

 獅子皇ムスタファーは軍勢の半数をバヴァロンへ攻めさせ。自らは半数の十万を率いてシァンドロスを追った。

 追撃の速度ゆるめず、十万の軍勢は先細りし、獅子皇ムスタファーに続くのは二万程度になっていたが。それをも振り切るかのように、獅子皇ムスタファーは遮二無二に駆けた、愛馬ザッハークに鞭を入れて駆けまくった。

「うむ、このままでは追いつかれてしまうか……」

 振り返ったガッリアスネスはタールコ軍の追撃速きことを見て、手勢を率いしんがりに立った。

 ともに逃げていたヤッシカッズは、

「シァンドロスなどのために死ぬことはない」

 と言ったが、ガッリアスネスは何も言わず。我に続けと勇気ある者たちを引き連れ獅子皇ムスタファーの追撃の前に立ちはだかろうとした。

「ほう、面白そうじゃな」

 ともに、しんがりの軍勢に加わったのは、かのカンニバルカであった。

 シァンドロスはガッリアスネスとカンニバルカが手勢を率いしんがりに立ったことを知ったが、これといって気に留めることもなく、ペーハスティルオーンとバルバロネら近しい臣下らをともなってそのまま逃げた。

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