第三十一章 攻防 Ⅱ
ソケドキア軍はお家芸の重装歩兵ファランクス隊の長槍の槍ぶすまをもって、ドラゴン騎士団にぶつかろうとした。
だがファランクス隊のことはコヴァクスとニコレットも重々承知であった。一気に距離を縮めることはせず、矢を放ってファランクス隊を攻め。それとともに、コヴァクスとニコレットそれぞれ手勢を率い軍勢を二手にわけ。
ファランクス隊の横っ腹を突こうとする。
赤い兵団はダラガナの判断でドラゴン騎士団とは別行動をとる遊撃隊となって、大きく回ってソケドキア軍の背後に回ろうとする。
だがイギィプトマイオスもさるもの。コヴァクスとニコレットが軍勢を二手に分けてファランクス隊の槍ぶすまを避け迂回し脇を突こうとするのを見て、咄嗟に槍ぶすまの穂先を左右に転じて、寄せ付けようとしない。
「そっちがその気なら」
右翼に回っていたコヴァクスは一騎駆けし、ファランクス隊に突っ込んでゆく。それに龍菲もつづいた。
「馬鹿め、己から串刺しになるか」
ソケドキア軍を率いるイギィプトマイオスはコヴァクスと龍菲の行為を蛮勇と嘲笑った。しかし、その笑いもいつまでも続かなかった。
「小龍公!」
ドラゴン騎士団の騎士や兵卒らはコヴァクスがやけを起こしたのかと驚き、後を追うに追えず、その背にひたすら呼びかけるばかり。
ファランクスとの槍ぶすまとの距離はぐんぐん縮まり。このまま行けば馬もろとも串刺しにされる、というとき。
コヴァクスは愛馬グリフォンを跳躍させて槍ぶすまの上を飛び越えようとする。
「やるわね」
龍菲もにっこり微笑み、龍星号を跳躍させ槍ぶすまの上を飛び越えようとする。
「わっ」
ファランクス隊の歩兵たちは驚き、思わず咄嗟に、馬腹を眺めながら馬脚の下敷きになるまいと算を乱して逃げだした。
丁度馬の着地地点が開いた。そこにコヴァクスと龍菲はうまく愛馬を着地させた。
これによってファランクス隊の隊列にほつれが生じた。
コヴァクス、愛馬グリフォンの馬上にて、もろ手で握る槍斧を振るい、ソケドキア兵を薙ぎ倒してゆく。
カンニバルカとの戦いの折りに、得物である大剣に対抗するために槍斧を新たな得物にしたのだが、またかつて大熊を倒したときも槍斧をもちいたこともあって、これが思った以上に相性がよかった。
立ちはだかるソケドキア兵ことごとく、コヴァクスの前では突風に吹き飛ばされる木の葉のごとしであった。
ファランクス隊の長槍の槍ぶすまは正面から敵軍勢とぶつかり合うことにおいておおいに威力を発揮するも、何かの拍子に間近まで迫られては、長槍を生かせず。されるがままだった。
「おお、お見事! それ、我らも小龍公に続け!」
コヴァクスの副将をつとめるジェスチネは感心し、軍勢を突っ込ませた。
先陣のファランクス隊にほつれが生じたため、長槍の穂先で敵を威嚇し串刺しにすることかなわず。左翼にまわっていたニコレットの手勢も、一気にファランクス隊の脇を突きにかかった。
アトインビーはジェスチネのそばにいて、紅の龍牙旗を掲げて戦場を駆け巡る。
紅の龍牙旗は、戦場の中、悠然とひるがえり、はためき、ドラゴン騎士団の騎士や兵卒に勇気を与えていた。
かつてはソケドキアと同盟を結んでいた間柄とはいえ、それは昔のこと。今は、敵である。なにより、シァンドロスの不義理はドラゴン騎士団や赤い兵団の間ではよく知られたことだった。
反乱の予兆あることを知りながら己のために戦争に駆り出し利用した、その怒りをぶつけるのはいまと、ドラゴン騎士団、ことにリジェカドラゴン騎士団と赤い兵団はよく戦った。
「うむ、やるではないか」
イギィプトマイオスは、ドラゴン騎士団勇戦することに感心したが、こちらとて負けてはいられない。勝利をもぎ取るために、彼自身も剣を振るいドラゴン騎士団と渡り合った。
ドラゴン騎士団がソケドキア西方でソケドキア軍と渡り合っているころ。
タールコの都市、バヴァロンにおいても激しい攻防戦が繰り広げられていた。
ガルオデオンの砂漠地帯での戦いにおいて、ソケドキアに総力戦をすると見せかけられて、別働隊をもってバヴァロンを落とされた。
怒り心頭に発した獅子皇ムスタファーはバヴァロン奪還のため、ガルオデオンの砂漠地帯からソケドキア軍を追うかたちで占領されたバヴァロンに向かい。その郊外において、ソケドキア軍と渡り合う。
それで、バヴァロンはどうなっているのかというと。
なんと破壊と略奪に遭い、壊滅状態であるという。
シァンドロスは、必要とあらば破壊、略奪を兵士たちに許した。かつてのアノレファポリスに、スパルタンポリス。そして、タールコにおいてバヴァロンを。
いま、タールコ軍と渡り合っているのはバヴァロンを落とした別働隊だった。好きなだけ破壊や略奪に、殺戮、暴行をおこない。英気を養ったソケドキア軍は士気も高く。獅子皇ムスタファーの首を獲るべく奮戦していた。
ガルオデオンに赴いていた本隊といえば、別働隊と入れ替わりにバヴァロンに入り、これもまた破壊と略奪に走っていた。
もはやバヴァロンはソケドキア軍のおもちゃのようなものだった。
無論、獅子皇ムスタファーがそれを知って怒りを増したのは言うまでもない。
「ソケドキアの蛮族めッ! 蝗のような奴らよ!」
バヴァロンの惨状を知ったタールコ軍は満腔の怒りを込めて、ソケドキア軍とぶつかり合った。
そこに策も戦術もない。あるのは、ただ、殺しあうことだった。
獅子皇ムスタファーにタールコの勇士イムプルーツァ、イルゥヴァンらはソケドキア兵を薙ぎ倒しに薙ぎ倒した。
その目的は、もはやバヴァロンの奪還のみならず、破壊と略奪の報復にソケドキア兵を皆殺しにすることだった。
バヴァロン入りしたシァンドロスは、ソケドキア兵が破壊と略奪に明け暮れるのを眺めつつ。市街地を回っていた。
もはや都市としての姿はなく、そこにあるのは悲惨な破壊のみであったが、シァンドロスにはそれがなによりも心地よい。
「かつてタールコは西方世界をうかがい、軍靴、馬蹄で踏みしだき我らが西方世界を征服した。その報いを、我らの力によって受けさせてやるがよい!」
兵士たちにそう呼びかければ、ソケドキア兵は破壊と略奪、殺戮、暴行をほしいままにしていた。
この世には都市はいくつもある。そのうちの数箇所破壊したところで、世の中は滅ばない。なにより、兵の士気が上がり。忠誠心もつく。
シァンドロスは、良くも悪くも、現実主義の男であった。他人がどう思おうと、かまわないことだった。
だから、ドラゴン騎士団を利用もした。おかげで、いまこうしてタールコに攻め入り、重要都市のひとつバヴァロンをほしいままにできている。
そのバヴァロンの郊外で、獅子皇ムスタファー率いるタールコ軍がソケドキア軍と渡り合って、なかなか前に進めない。それを思うと、シァンドロスの不敵な笑みはいっそう愉快さを増すのである。
「さて、獅子皇ムスタファーの泣きっ面でも拝みにいってやるか」
一通り市街地での破壊を見届けたシァンドロスは、手勢を率いてタールコ軍と渡り合う別働隊と合流した。
戦いは激しさを増した。というものではない。泥沼の様相を呈し、その泥沼を、シァンドロスは視察にゆくような軽い気持ちで乱戦の中に飛び込んだのである。
無論、討たれる危険もあるが。そんなことをいちいち怖れるシァンドロスではない。もし野望を遂げる途上で死ねば、
「所詮それまでのことよ」
と、割り切っていた。
シァンドロス愛馬ゴッズを駆けさせ、剣を抜き、立ちはだかるタールコの兵士を薙ぎ倒してゆく。
それにガッリアスネスにペーハスティルオーン、カンニバルカ、バルバロネも続く。
「ソケドキアの蛮族を皆殺しにしてやれ」
獅子皇ムスタファーは槍を振るい、ソケドキア兵を薙ぎ倒し、何度もそう叫んだ。バヴァロンは遠めに見ても、炎があがり煙が天に向かって昇っている。
いったいどれほど破壊されたのであろう、どれほどのタールコの帝国民が殺されたというのであろう。
獅子皇ムスタファーの心に、ソケドキアへの憎しみが満々と湛えられてゆく。
ソケドキア西方、かつてのダメドとリジェカの国境地帯におけるドラゴン騎士団とソケドキア軍の戦いもまた激しいものだった。
当初は戦いに消極的であったドラゴン騎士団だったが、一旦戦闘がはじまれば、その勇名、周辺諸国に鳴り響かせた騎士団である。
団長であり小龍公のコヴァクスは突風のごとく槍斧を振るい敵兵を薙ぎ倒し、後に続く騎士や兵卒もコヴァクスの勇戦を見て奮い立ちよく戦った。
そばの龍菲も槍を振るい、ソケドキア兵を吹き飛ばしてゆく。このふたり意識してかせずか、ともに戦い勇戦し、それは息の合った戦いぶりだった。
後方で戦いを見守るラハントはドラゴン騎士団がソケドキアを押してゆくのを見て、まずは安堵した。このまま勢いに乗って、旧ダメドくらいは奪取してほしいところである。
それとは逆に焦りを覚えたのは、イギィプトマイオスだった。
ドラゴン騎士団と渡り合うのはこれが初めてではあるが、その強さを知らなかったわけではない。しかし、タールコに従いやむなくの出兵で士気も低く、戦いやすいであろうと見込んでいたわけだが。
その見込みは見事外れた。
頼みのファランクス隊も破られ、混戦模様となり。勇戦するドラゴン騎士団や赤い兵団におされ気味になってゆく。
「おのれ……」
はがみをすれば、突然馬がいななき後ろ足で立ち上がったかと思えば、そのままたおれこみ。イギィプトマイオスは地面に放り投げられる。
どうにか受け身をとって、やや背中を打った程度で立ち上がってみれば。馬の首筋には矢が刺さっていた。
「や、や、これは」
振り向けば、赤備えの軍勢がソケドキア軍の真っ只中に紛れ込んで、引っ掻き回しているではないか。
これこそダラガナ率いる赤い兵団であるのは言うまでもない。背後に回り込んだ赤い兵団は、ソケドキア軍とぶつかりとそのまま奥へ奥へと突き進み。ついに軍勢の中ほどにまで達し、セヴナは大将らしき将校を見つけそれに向けて矢を放った次第。
「おのれ、赤い兵団か!」
この赤い兵団も、かつてはソケドキアに迎え入れていたのだが。シァンドロスの人となりを見抜いたイヴァンシムはさっさとソケドキアを去って、ドラゴン騎士団についた。
思えば、いま戦っているものは、かつて味方であったはずだった。当時、いまのように激しく渡り合うなど考えたであろうか。
「御大将!」
ソケドキア兵がイギィプトマイオスを囲み鉄壁の守りをなす。それを崩さんとドラゴン騎士団に赤い兵団が迫る。
「むむ、我が軍が不利か。功を焦ったばかりに……。やむをえん、退け、退け!」
新たに馬を与えられたイギィプトマイオスは急いでそれに飛び乗り、退却の号令をくだした。このまま戦っても、完膚なきまで叩かれ壊滅してしまうのがおちだ。そうなる前に、勇気ある撤退をせねばならなかった。