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第三章 クンリロガンハのわかれ Ⅵ

 クネクトヴァは、あわわ、と身動きできないものの。

「カトゥカは」

 と首を左右に振って赤毛の少女の姿をさがせば、白馬を駆るニコレットの背中にしがみついているのが目に入った。そのカトゥカの背中には、長箱がくくりつけられている。赤い龍牙旗の長箱だ。さすがに長箱をもって馬を駆り混戦を抜け出すのは容易ではないので、カトゥカに託したというわけだ。

 その白馬を駆るニコレットは他に二頭曳いていた。兄とソシエタスの愛馬だ。

「お兄さま、ソシエタス!」

 と叫び馬に乗れとうながせば、コヴァクス素早く駆け出し馬に飛び乗る。ソシエタスはクネクトヴァを担いで駆けて、馬に飛び乗った。

「ゆけ!」

 父は叫んだ。ふたりの子は名残惜しそうに、動きが鈍る。そこへソシエタスが、剣の横っ面でそれぞれの愛馬の尻をたたく。

 馬はいななきをあげて駆け出し。

「小龍公と小龍公女に続け!」

 とソシエタスはわめきちらしながら、ふたりの後を追った。

(あとを、たのむぞ!)

 遠ざかる子らを見送りつつ、ドラヴリフトは心で叫んだ。

 その間にも、攻め手はひっきりなしに向かってきて、剣や槍をかわしながら相手を無手で投げ飛ばし、決して剣では斬ろうとはしなかった。

「なんたる男よ」

 フェニックス騎士団の鉄壁の守りに囲まれながら、かつてドラゴンのごとしと賞賛したドラヴリフトに、王は心を射抜かれる思いであった。

 圧倒的多数の王の軍勢に襲われながらも、無手で抗い、決して相手をあやめない。

 だが、さすがに無傷というわけにはいかず、無手で抗うごとに傷ついてゆく。傷つきながらも、

「王よ」

 とドラヴリフトは叫んだ。

「我らは反逆者にあらず、誰かは知らぬが、奸臣の言葉に踊らされたもうな」

 叫び声とともに、血も吐いた。言葉通り、血を吐く思いでドラヴリフトは王に訴えていた。

「我が命を所望されるならば、喜んで捧げよう。されど、若者たちは、どうか」

「戯言を抜かすな!」

 ドラヴリフトの叫びを遮断するイカンシの叫び。壊滅状態のドラゴン騎士団の龍牙旗は地に捨て置かれ、土と泥と血にまみれていた。さらにそれを踏みしだきながら、王の軍勢はドラゴン騎士団の騎士たちを討ち取ってゆき。

 ドラヴリフトに群がった。

 これがイカンシの指示なのは言うまでもなかった。

「ドラヴリフトを討ち取った者には、ドラゴンスレイヤーの称号を与えるぞ!」

 イカンシは周囲にわめきちらした。騎士に称号を与えることは、王が決めることなのだが、少しでも早くドラヴリフトを討ちたい焦りから独断先行で、称号を叩き売りしだした。

 もっとも、肝心の王はドラヴリフトの迫力に圧倒されてそのことに気付かず、呆然としていたので、イカンシを叱り飛ばせなかった。

 またこれをいいことに、野心溢れる騎士たちは雄叫びあげてドラヴリフトに群がり、その、王への訴えは掻き消されてしまった。

 称号を与えられるということは、名誉は無論のこと、将来の保障ともなるからだ。


 無数の剣と槍がドラヴリフト一人に繰り出される。それをかわしていたドラヴリフトだったが、もはや命運尽きたと観念し、動きを止めた。とともに、巨躯を貫く剣、槍。

 天を見上げて、かっと吐血し。血涙を頬にしたたらせた。

(エルゼヴァス、いまゆくぞ)

 エルゼヴァスはドラヴリフトにとって、四十五年の人生の中で、我が身に華を飾ってくれた唯一の女性であった。だがその彼女は、先に天国へ逝ってしまった。

 婚礼の際、願わくば死するときは同年同月同日を望まんと、神に祈ったのだが。祈りはかなわなかった。祈りは妬みの心によって、へし折られた。

 天国のエルゼヴァスが見えるのか、ドラヴリフトは天を仰いだまま、巨躯に剣と槍を貫かせたまま、身動き一つしない。

 ドラヴリフトは、仁王立ちのまま息絶えていた。

 これには誰しもが息を呑み、思わず後ずさってドラヴリフトを遠巻きに見つめた。さすが大龍公よ、という声も聞こえた。

 そこから、ひとり馬を降りて抜け出した男は、剣を閃かせて何のためらいもなく、ドラヴリフトの首を剣で刎ねた。

 ようやくその巨躯は崩れ落ちるようにたおれ、地に横たわった。そばでは、男がドラヴリフトの首を掲げ、王やイカンシに見せつけ。

「フェニックス騎士団の騎士にしてドラゴンスレイヤーのカンニバルカ、逆賊ドラヴリフトを討ち取った!」

 と誇らしく宣言した。

 王は、こくりと頷いた。


 まわりを騎士に守られながら、ドラヴリフトの首を掲げるカンニバルカを、バゾイィーは呆然と眺めている。

 ドラゴン騎士団の将卒らは、団長、大龍公と仰ぐドラヴリフトが討ち取られてしまい、

「もはや、すべてが終わった」

 と奈落の底へ突き落とされる絶望感に襲われ、残りの勇気も遺言もなにもかもが風に吹き飛ばされる霧のように、ちりじりばらばらに逃げ惑い。

 そこには、かつて王国最強とうたわれた面影はなく、完全な敗残兵としての惨めさしかなかった。

(ドラヴリフトは確かに、すぐれた男であった。だが、それゆえに、ドラゴン騎士団の連中はドラヴリフトになにもかもを頼りすぎていた)

 と、カンニバルカは思った。掲げるドラヴリフトの首の、なんと重いことよ。

 その重心を失って、ドラゴン騎士団は雨散霧消するのみ。

 無論、王の軍勢、フェニックス騎士団がこれをみすみす逃すわけもない。残党狩りと、ドラゴン騎士団の将卒らは背中から斬り払われて、討ち取られてゆく。

 ドラゴンスレイヤーと言いながらも、どっちがドラゴンだと言いたくなりそうなほど鋭い眼光。岩を顎にしたように思えるように顔面は強張り、また鼻も形がよいながらも岩を突き崩しそうな張りのよさである。

 鎧兜に覆われていても、その巨躯は筋骨たくましい様を想像させ。右手に握る剣、身にまとう鎧兜は朱に染まり。顔面もまた返り血にぬれ、まるで血涙を流したかのように昂ぶって真っ赤になった顔の上にまた赤が上塗りされている。

 剣も主に劣らず赤く染まって、斬ったのはドラヴリフトひとりではないことを物語っていた。

 吹き付けるような豪傑の風情が、カンニバルカの四肢から熱風のように発せられるようで。

 まさに、容貌魁偉ようぼうかいい

 騎士としての総合的な能力はともかく、剛毅さにおいてはドラヴリフトをも上回るのではないか。

(こんな豪傑が、オンガルリにいたのか)

 バゾイィーは、夢の中にいる心地だった。

 これなんカンニバルカ、見つけ出したのは他ならぬイカンシであった。

「よくやった、よくやった」

 と上機嫌で馬を駆ってやってくる。

 もとはイカンシの治めるオンガルリ北方の、チュラヴァカイア地方に流れてきた流浪の旅人であるが、氏素性は語らないのでわからない。

 彼はある日、チュラヴァカイアの中心都市プラティシェヴァナに流れてきて。自慢の怪力をもって土木工事や荷役などの力仕事をしてその日稼ぎの日雇い労働者として生活していた。

 容貌魁偉であるため、近づきがたい雰囲気はあるが、真面目に働くので周囲の評判もよかった。

 その生活が一変した。酒に酔ったイカンシ配下の騎士が、仕事仲間を、肩がぶつかっただけのことで激情し、酔った勢いに任せて斬り殺し。

 これに激怒してカンニバルカは騎士を殺してしまった。素手で、殴り殺したのだ。

 理由はどうあれイカンシの領土内で平民が騎士を傷つける、あるいは殺す行為は反逆罪として死罪であった。駆けつけた数名の騎士により、ようやく押さえつけられたカンニバルカは死罪を決する裁きの場に引き出されようとしていたが、運命のいたずらか、たまたま近くを通りかかったイカンシは、そのカンニバルカのただならぬ雰囲気を察して、

「まて」

 と引き止めて、その容貌をしげしげと眺めて、

「これは、面白そうな男だ。どうだ、わしに仕えてみぬか」

 と仕官をもちかけてきた。さすがにこれには、死を覚悟したカンニバルカも驚いたが、死罪から一転騎士になれるのを、なんで断る理由があろう。

「はい」

 と素直に答え、イカンシの部下となった。

 氏素性の知れぬ身で居ながら、剛毅な骨柄。不気味に思う気持ちもあったが、イカンシなりに利用価値を認めたのだろう。王に捧げる騎士団、フェニックス騎士団を結成した際にも、カンニバルカはそれに編入された。

 そして今、ドラヴリフトの首をかかげている。そう、これが一番の目的であった。カンニバルカを求めた理由の。

 たとえ返り討ちになっても、もともと捨て駒、惜しくもなかったが。並大抵の者に、ドラヴリフトは討てない。しかし並大抵でない者なら、あるいは、という期待は大当たりだった。


 カンニバルカは、周囲が呆気にとられるのもかまわず、寄ってくるイカンシをじっと眺めていた。

「まだそんな怖い顔をしておるのか」

 にこにこ顔で、イカンシは馬から降りて、もろ手を広げて、抱きつかんがばかりにカンニバルカに歩み寄る。

 イカンシの近習がカンニバルカに駆け寄り、ドラヴリフトの首をあずかる。

 それを見てイカンシはもうご満悦であった。

(これで一番の邪魔者は失せた。さあ、いよいよわしの時代のはじまりじゃ)

 様々な思惑が脳裏を駆け巡る。イカンシには野望があった。オンガルリ王国の王になる、という野望が。そのためには、宿敵タールコと手を握ることも辞さなかった。

 ヨハムドが攻め込んできたのをドラゴン騎士団が迎え撃つ。それとは別口からタールコの皇帝ドラグセルクセスが攻め込み、これを国王が追い返す。

 すべては示し合わされたことであった。

 王は英雄願望が強かった。そこにつけこみ、

「ドラヴリフトが王に内政に専念せよと言うのは、あるいは王を取るに足らぬと軽視するためでござろう」

 と言えば簡単に、

「言われてみればたしかに」

 と納得するものだから、次から次へと、根拠のない憶測を吹き込んだ。ニコレットが戦場に出るのは、王に心を寄せていながら、王はめかけを持たぬ主義ゆえに想いを果たせず。あてつけに、女を捨てて剣を握っているのだ、ということまで信じた。

 そして、とどめとばかりに、

「あるいは、反逆を企てておるのやもしれませぬ」

 と言ったとき。

「確かに。あやつの言動は、裏があってのことか」

 と、王はドラゴン騎士団を反逆者と簡単に決め付けてしまった。

(なんとも、御しやすい王よ)

 と小躍りする気持ちだった。そこへ、タールコからの密使。いわく、我らと手を握り、ともに栄耀栄華を味わおう、と。そのために、まずドラゴン騎士団を倒す。それから、オンガルリを攻め、占領し、バゾイィーを廃してイカンシを王に立てる、と。

(わしが、王に)

 それは刺激的にして甘美な誘いで、考えただけで空飛ぶ絨毯で冒険旅行をするような爽快感があった。

(そうだ、たかがバゾイィーごとき男の下にはいつくばる人生に、なんの面白みがある)

 いっそのこと、王になってやれ。

 野望は決定的なものとなった。

 ダノウ川の戦いで王は自信をつけ、ドラゴン騎士団を必要としなくなった。しかしこれは、偽りの勝利であった。もともと、王を偽りの勝利により偽りの自信をつけさせた滑稽な人物にするため、タールコは負けたふりをして引き返したのだ。

 そしてヨハムドは予想通りドラゴン騎士団に敗れたが、討ち取られはしなかった。無理をするな、という皇帝の言葉どおり、無理を悔いて逃げ去ったのだ。おかげで、ドラゴン騎士団に疑惑をひとつ上塗りさせることができた。

 そしてついにドラゴン騎士団は、ドラヴリフトの死によって壊滅した。ふたりの子は逃げたようだが、父を見捨ててさっさと逃げるなど、たかが知れた若造どもで、放っておいても害はなさそうだった。とはいえ、念には念で、指名手配は怠らないつもりだ。

 我が子に抱擁するように、イカンシはカンニバルカに歩み寄っていた。

 王を無視して。

 バゾイィーもこの時になってようやく異変に気付いた。イカンシはドラヴリフトを討った者にドラゴンスレイヤーの称号を与えると言ったが、それを決めるのは王であり、イカンシではない。なのに、イカンシは勝手にそんな約束を騎士にした。

 ドラヴリフトを討ったカンニバルカという騎士もまた、王のゆるしもなく、勝手にドラゴンスレイヤーを名乗った。

 これは、どういうことか。

 ドラゴン騎士団を反逆者と見抜いた忠臣は、今、戦勝祝いの一言もなく、王を無視している。

(まさか)

 はっと、閃いた。と思ったときであった。

 カンニバルカの眼光鋭い目が、かっと見開かれたかと思うと、剣風唸りをあげて。

 イカンシの首を跳ね飛ばした。

 絶頂にあってか首を刎ねられたことに気付かず、その顔は上機嫌に笑っていて。

 イカンシの笑顔は、鈍い音を立てて地に落ちた。

 またそれを、カンニバルカは蹴飛ばした。

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