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第三十章 獅子皇と神雕王 Ⅲ

 唸るカンニバルカの大剣。激しくイムプルーツァの剣と火花散らすほどに交える。

 カンニバルカは剛勇であるが、イムプルーツァもタールコきっての勇者である。そう簡単には押されない。

 大剣唸るをうまく受け流し、隙を見つけて鋭い刺突を見舞う。

 そんな戦いを十数合重ねているとき、ソケドキア軍は今度はシァンドロスを先頭にタールコ軍を分断せんと乱戦の中を縦横無尽に駆け巡る。

 タールコ軍はソケドキア軍を取り囲み、四方から握りつぶしにかかろうとする。

 戦況は一進一退、どちらも決定的な有利さをつかめないでいた。

「おのれシァンドロス、おのれの好きにはさせぬぞ」

 獅子皇ムスタファーは槍を振りかざし、シァンドロスを追った。そばにはエスマーイールにパルヴィーンが続く。

 イルゥヴァンの手勢とガッリアスネスの手勢もまた一進一退の戦いを繰り広げ、なかなか決着はつきそうになかった。

 そんなとき、彼方から一騎ソケドキアの騎士が乱戦の中に紛れ込み、シァンドロスを探し当てると急いで彼のもとにゆく。

「神雕王! 神雕王!」

 騎士は乱戦の喚声の中、声を掻き消されまいと大声でシァンドロスを呼ぶ。

「おう、なんぞ」

 シァンドロスも呼ばれるに気づき、騎士のもとへゆくと何かを聞き、うむと頷き。

「退け、退け!」

 と膠着状態にあった戦場からソケドキア軍を退かせた。

 退却の号令くだり、ソケドキア軍は一斉に退却をはじめ。イムプルーツァと激しく刃を交えていたカンニバルカも、

「勝負は後日!」

 と言って遠ざかってゆく。

「あ、まて。逃がさぬぞ裏切り者!」

 イムプルーツァはカンニバルカを追う。獅子皇ムスタファーも退くソケドキア軍をみすみす逃すまいと、

「追え、逃がすな! 二度とタールコに攻め入る気が起きぬほどに奴らを完膚なきまで叩き潰せ!」

 との檄を飛ばす。

 ガッリアスネスもイルゥヴァンとの手勢と渡り合っていたが、すぐさま退却しざま、しんがりにつき、追うタールコ軍を食い止めようとする。

「なんとしてもタールコ軍を食い止めろ!」

 長槍を得物とするファランクス隊を率い、シァンドロスと獅子皇ムスタファーの間に入り、タールコ軍めがけて突進させる。

 戦車隊も迫るが、ガッリアスネスは弩弓で矢をはなち飛び道具で応戦し突撃を食い止める。

「うむ、ガッリアスネスめに手柄を独り占めさせる手はない」

 ペーハスティルオーンもシァンドロスを逃がすため、手勢をもって追うタールコ軍を食い止めようとする。

「どけどけ、邪魔するな!」

 獅子皇ムスタファーにイムプルーツァ、イルゥヴァンらタールコの将卒らはそれらを突き破ろうとするも、突き破られぬよう向こうもうまく後退しつつ応戦する。まるで動く壁を押しているような手ごたえのなさのため、撃破には至らない。

 そうしているうちに、シァンドロスはバルバロネをともなってまんまと戦場を脱した。が、ペーハスティルオーンにガッリアスネス率いるしんがりの手勢はタールコ軍に立ちはだかり、追撃を許さない。

「ちぇっ」 

 ここでしんがりを撃破しようとも、総大将を討てねば意味はない。獅子皇ムスタファーはやむなく、タールコ軍にも引き下がるよう号令をくだす。

 こうして双方決着のつかぬままに退却し、神殿を間に挟んで距離をとっての両軍睨み合いの状態となった。

 というとき、タールコの騎士が息せき切ってやってきた。

「一大事にございます、獅子皇はいずこに!」

「おう、ここにおるぞ!」

「い、一大事です。バヴァロンがソケドキア軍の攻撃に遭い、陥落いたしました!」

「なんだと!」

 獅子皇ムスタファーをはじめ、そばにいたイムプルーツァにイルゥヴァン、エスマーイールにパルヴィーンをはじめとする者たちは、あまりの報せに天地がひっくり返るかと思うほどに驚いたのは言うまでもない。

 バヴァロンはトンディスタンブールから東南へ三日進んだところ、このガルオデオンの砂漠地帯から西南へ二日ほどのところにある海に面した都市である。

 それが、ソケドキア軍に攻められて落ちた、とは。

「どういうことだ、話せ」

 獅子皇ムスタファーにうながされて騎士の話すところ、突然ソケドキア軍の軍勢五万ほど現れ、猛攻撃を受けて、ついに耐え切れず陥落。バヴァロンの太守ローシラロンもよく戦ったが、戦死したという……。

「ソケドキア軍は総力をもってガルオデオンにおもむくと聞き及んでおりましたので、よもやバヴァロンに攻めてこようなど思いもよりませなんだ……」

 騎士はうなだれて、陥落のいきさつを語った。皆、沈黙していた。

(やられた!)

 シァンドロスはこのガルオデオンで総力戦をする気などなかったのだ。自身総力をもって軍勢を率いタールコに攻め入ったとされるのは、虚報であり、またシァンドロス自身が囮だったのだ。

 タールコもソケドキアが総力をもって攻め入るなら、総力をもって迎撃する。その間に、別働隊をもってバヴァロンに攻め入らせて、落す。

 やられた。完全にシァンドロスにやられたものだった。

 しかし、このガルオデオンに八万、バヴァロンに五万、となればあわせて十三万の軍勢だ。それほどまでの軍勢をもつほどにソケドキアは国力を蓄えたということか。

 これも、帝都トンディスタンブールを手中に収めたことが大きいであろう。

 獅子皇ムスタファーはトンディスタンブールの重要性を、あらぬかたちであらためて痛感させられていた。

 そういえば、シァンドロスのもとに騎士が来てなにか耳打ちして。それから退却をはじめた。ということは、バヴァロンを落としたという報せを受け、シァンドロス自身の囮の役目もまっとうして、ここで無理に戦う必要もなくなったからだというのか。

 ともあれ、バヴァロン陥落の報せはまたたく間にソケドキア、タールコ両軍に伝わった。

 ソケドキア軍は歓喜し、タールコ軍は歯噛みした。

 

 バヴァロン陥落の報せを受け、軍を退かせたシァンドロスは神殿を間に挟んでタールコ軍と睨み合いをするかたちとなっていたが。

 シァンドロス自身は一万の手勢を引き連れてバヴァロンに向かった。バヴァロンはタールコの重要都市のひとつである。今後はそこを東征の拠点にするのだ。

 残る七万弱の軍勢は、タールコ軍に備えて睨みを利かす。

 獅子皇ムスタファーは迷った。

 シァンドロスを追うか、バヴァロン奪還に向かうか。

「獅子皇、かくなるうえは……」

 イムプルーツァは、言う。シァンドロスを討とう、と。

「そうだな、ここで手をこまねていても仕方がない。奴はまだ目の前にいる、なんとしても追って、討ち取るのだ!」

 獅子皇ムスタファー、一時迷うも決断すれば早かった。総軍勢にソケドキア軍への攻撃の号令をくだした。

 バヴァロン陥落の報せを受け、動揺も見られたタールコ軍であったが、その意趣返しには、シァンドロスを討ち取るしかないと、気を持ち直し得物を握りなおし。

 ソケドキア軍向かって駆け出した。

 一万引き連れるシァンドロスとて、追撃されることは考えていた。

「走れ、疾風のごとく駆けて振り切ってやれ!」

 との檄を飛ばし、一万の手勢皆全力で駆けた。

 のこる七万弱の軍勢が、タールコ軍を迎え撃つ。

 だが数で勝るタールコ軍は獅子皇ムスタファー自ら一万ほど率いてシァンドロスを追い、イムプルーツァやイルゥヴァンらが残り九万余を率いソケドキア軍と当たった。

 シァンドロスは戦いが繰り広げられるのを背に、駆けた。ひたすら駆けた。

 獅子皇ムスタファーも追った、ひたすら追った。

 それを後ろから追う一団あり。ガッリアスネスの手勢であった。

 一旦はタールコ軍と渡り合ったソケドキアの軍勢は、目的も果たされて無理にガルオデオンにとどまることもなく、また無理に勝つことも戦うことも必要なかった。

 カンニバルカやペーハスティルオーンらが多少、タールコ軍の将兵を薙ぎ倒したところで。

「退け!」

 の号令をくだし、さっさと戦場を離脱しはじめた。

 もう状況は完全にソケドキア軍の掌の上で転がされているようなものだった。

「獅子皇。後ろからも追っ手!」

 騎士のひとりが後ろを指差し、ガッリアスネスの手勢が追っていることを知らせる。

 獅子皇ムスタファーは、

「かまうな!」

 と言い、シァンドロスを追うことで頭がいっぱいだった。

 だが、イスカンダテンに例えられるほどに迅速なシァンドロスはみるみるうちに離れてゆく。やがて、影も形も見えなくなってゆく……。

「おのれ!」

 天に向かい獅子皇ムスタファーは叫んだ。叫びざま、後ろからの追っ手を睨み。

「せめて一太刀」

 と手勢を反転させて、ガッリアスネスの手勢向かって駆けた。だがガッリアスネスもこころえたもの、獅子皇ムスタファーの軍勢がこっちに反転するとみるやさっさと方向転換して、離脱しようとする。

(ソケドキアめ、シァンドロスめ、オレをもてあそぶか)

 いいように逃げられ、獅子皇ムスタファーは歯噛みした。

 それはイムプルーツァやイルゥヴァンらもだった。

 戦おうにも、相手にその気がなく、追えども追えども逃げられてばかり。相手の目的がガルオデオンでの総力戦でなく、バヴァロン陥落であったことは、タールコは完全にしてやられたものだった。

「ええい、やむをえん」

 獅子皇ムスタファーは歯噛みしつつ、逃げ回るソケドキア軍などかまわないようにし、軍勢を一旦まとめた。

「こうなっては是非もない、バヴァロンの奪還にゆく」

 タールコ軍十万は、いいようにソケドキア軍に振り回されて、悔しさと疲労でいっぱいだった。

 こんな戦いは、タールコの戦史上なかったことであろう。それをするのが、シァンドロスのシァンドロスたるゆえんだった。

「このままおめおめとエグハダァナに帰って、泣くか。それとも、バヴァロンを奪還しソケドキアの者どもの血肉を食らいこの悔いを晴らすか。もはやこのどれかしかない!」

 獅子皇ムスタファーは叫んだ。

「バヴァロンへゆくぞ!」

 タールコ軍はソケドキア軍去ったガルオデオンの砂漠地帯に取り残されて、悔しさをにじませてバヴァロンへ向かった。

 それとともに、オンガルリ・リジェカに再び使者を送り。必ずや一戦を交え、ソケドキアから領土を奪うべしと強く要請するのであった。

 ドラゴン騎士団がどの程度戦うか、誓いを交わした以上、騎士道精神にのっとりよく戦うだろうが。獅子皇ムスタファーは、領土を奪いシァンドロスが慌てて引き返すくらいの働きをせよと、念を押すのだ。

 神殿では神官がもの言わず、だまってタールコ軍を見送っていた。

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