第三十章 獅子皇と神雕王 Ⅱ
ソケドキア神雕王シァンドロス率いる神雕軍八万、獅子皇ムスタファー率いるタールコ軍十万。ガルオデオンの砂漠地帯にて対峙す。
それを遠くから、ガルオデオンの神殿が見守る。
獅子皇ムスタファーはガルオデオンの神殿を指差し、
「この戦い、神も見守っておられる。タールコの勇士として恥ずかしくない死に方をせよ!」
との檄を飛ばした。
神の見守る中で勇敢に戦って死ねば、天上の世界に導かれる、ということだ。だから思い切り戦え、と。
兵士たちは喚声を轟かせて、獅子皇ムスタファーに応えた。
その様を見据えるソケドキア神雕軍も負けてはいない。シァンドロスは叫んだ。
「我らがタールコの地を征するのは、神のさだめたもうた運命である。ソケドキアの勇者たちよ、恐れるな。この戦いに勝てば、富も名誉も思いのままであるぞ!」
それに応えて、ソケドキア神雕軍の兵士たちは喚声を轟かせた。
両軍の喚声は天にも轟き、揺らすかと思えるほどガルオデオンの砂漠地帯に響きわたった。
「かかれ!」
という号令がくだれば、両軍駆けて、刃ひらめかせてぶつかり合った。
獅子皇ムスタファーにイムプルーツァ戦場を駆け巡り、ソケドキア軍の騎士、兵士を薙ぎ倒してゆく。それと入れ違いに傘を差していたエスマーイールにパルヴィーンは後方に下がって、戦況を見守った。
勝つのは獅子か、神雕か。
両軍入り乱れて、獲物を狩る野獣のごとく敵兵を打ち倒す。
シァンドロスもバルバロネ、ガッリアスネス、パーへスティルオーンらとともに戦場を駆け巡った。
後方ではヤッシカッズが戦況を見守り、戦いの様子を書き記している。
神雕王、一度ならず二度までも数にまさるタールコの軍勢に立ち向かえり、と。
両軍入り乱れるほどに砂塵が舞い上がり、砂塵舞い上がる中、血は流れて砂漠の砂にしみこんでゆく。
勇敢さ、果敢さは互角。獅子皇率いるタールコ軍の数に利ありといえど、ソケドキア神雕軍は一歩も退かぬ戦いぶりを見せた。
無論、ただ正面からぶつかり合うだけではない。
「我に続け!」
イムプルーツァは二万ほどの手勢を率いて、一旦戦場を離脱し、ソケドキア神雕軍の背後に回りこもうとする。
数の利を生かし、前後挟み撃ちにしようというのだ。
「うむ、ガッリアスネスよ、あやつらを阻止せよ!」
イムプルーツァ率いる二万の手勢が背後に回りこもうとするのを見て、シァンドロスは惜しげもなく兵力を割いてそれを阻もうとする。
「承知!」
ガッリアスネスは一万ほどの手勢を率い、背後に回りこもうとするイムプルーツァの手勢の脇を突く。
「小癪な!」
イムプルーツァは舌打ちし、部将イルゥヴァンと手勢を半分に分け合い。自身は背後に回り、イルゥヴァンはガッリアスネスの手勢と当たった。
その反対側で、同じように部将ヨハムド、ギィウェンが手勢一万五千を率いソケドキア神雕軍の背後に回りこもうとする。
「味な真似を」
シァンドロスは戦場で剣を振るいながら戦況を冷静に見据え、
「突っ切れ!」
と自ら先頭に立って中央突破を試みようとする。中央突破をすれば、包囲から抜け出せる、と踏んだのだ。
ソケドキア神雕軍はひと塊になって、タールコの中軍向かって駆け出す。
中軍には獅子皇ムスタファーがいた。
「やつら包囲から逃れようとするか」
させるか、と手勢をまとめシァンドロスの突破を阻もうとする。
双方激しくぶつかり合い、乱戦となった。
神殿では、神官らが神にタールコの勝利を祈りながら戦況を見守っていた。
「神よ、どうか我らがタールコに勝利をもたらし。不遜なるソケドキア神雕王に罰をくだしたまえ……」
縄を剣で斬るなどといった行為は、神への冒涜そのものであった。神官はそんなシァンドロスをとうてい許す気にはなれないのは言うまでもなかった。
「獅子皇となれりムスタファーよ。勇気があればわがシァンドロスの首を獲ってみよ!」
遠めに獅子皇ムスタファーを見つけたシァンドロスはことさらに挑発し、愛馬ゴッズを駆けさせた。
「おう、自ら首を捧げにきたか。貴様の首をもって神の供物に捧げてくれる」
獅子皇ムスタファーは槍を掲げ、愛馬ザッハークを駆けさせ立ち向かってくるシァンドロスの挑戦を受けようとする。
そばには、ペーハスティルオーンにバルバロネもおり。ふたりもシァンドロスの露払いと勇戦し、敵兵を薙ぎ倒していた。
それを見かけたエスマーイールにパルヴィーン、いてもたってもいられず、傘を従軍する文官に押し付け、剣を抜いて戦場に向かい駆け出す。
乱戦の中敵味方の将兵を掻き分け、神雕王シァンドロスと獅子皇ムスタファーはついに一騎打ちをするにいたった。
双方激しく得物をぶつけ合い、戦うこと十数合におよぶ。その周囲では、ペーハスティルオーンとバルバロネが駆け回って、タールコの兵士を打ち倒していた。
そのふたりに、乱戦の中へ飛び込んだエスマーイールとパルヴィーンがソケドキア兵を剣で薙ぎ倒しつつ、迫ってくる。
「お前は、いつぞやの傘差し女!」
バルバロネはエスマーイールとパルヴィーンをみとめた。ペーハスティルオーンも迫るふたりの女を目にし、
「これは面白い!」
とバルバロネとともにエスマーイールとパルヴィーンに立ち向かった。
エスマーイールはバルバロネと、パルヴィーンはペーハスティルオーンと激しくぶつかり、刃を交えた。
一方ではガッリアスネスとイルゥヴァンの手勢もまたはげしくぶつかり合っていた。
その間に、イムプルーツァとヨハムド、ギィウェンの手勢がソケドキア神雕軍の背後についに回りこんだ。
シァンドロスは中央突破を試みる最中、獅子皇ムスタファーとの一騎打ちに興じ、手勢の統率が取れぬかと思われた。しかし、ソケドキアの部将のひとりが、うまく軍勢をまとめ、大将同士の一騎打ちを横目に中央突破を敢行しようとする。
その部将は大剣を得物に、立ちはだかる敵兵を薙ぎ倒しタールコ軍に風穴を開けようとする。
これなん、なんとかのカンニバルカであった。
この男、リジェカにおいてドラゴン騎士団との戦いに敗れたあとソケドキアに落ち延び。新兵募集に志願したのであった。
その際、
「我に一軍を預けたまえば、きっと神雕王のお役に立ちタールコ攻略もたやすくなりましょうぞ」
などとのたまい、面接に当たった将校を呆気に取らさせたものだった。カンニバルカといえば、かつてタールコに仕えていた男ではないか。
たしかに噂どおり容貌魁偉にして、人を威圧するものを持っていた。
しかし本物かかたりか。いぶかしがる将校は確認とこらしめのつもりで、十名の兵士と戦わせてみれば。カンニバルカにいなやはなく、こころよく十名との対決に臨み。ひとりで、その十名の兵士を打ちのめしたではないか。
これには面接の将校も驚かざるを得なかった。その話はシァンドロスの耳にも届いた。
「面白い男だ。希望どおり部将にとりたててやろう」
とカンニバルカの経歴などおかまいなく、一軍を率いる部将の立場を与えて採用したのであった。無論裏切ればそれなりの制裁をくわえるつもりだ。
リジェカでの戦いにおいて龍菲に負傷させられたはずであったが、その傷はもうなおっていた。
そのカンニバルカが大剣を竜巻を起こすかのように振り回し、タールコ中軍に風穴を開けようとしている。
「あ、あれはカンニバルカ!」
カンニバルカを知っている兵士が声をあげた。その兵士はオンガルリ、リジェカに派遣されかつてカンニバルカの下で戦っていた者であった。それが、なんでソケドキア軍にいるのか。
シァンドロスと激しく刃を交える獅子皇アスラーンは事態の変化を肌で感じ取り、何事かと思ったものの、シァンドロスの剣撃激しく、その場から離れることはできなかった。
バルバロネ、ペーハスティルオーンとやりあうエスマーイールにパルヴィーンも事態の変化を察した。
「これはいけない」
エスマーイールはバルバロネを捨て、カンニバルカを追った。パルヴィーンも同じくペーハスティルオーンを捨てカンニバルカを追った。
「待ちやがれ、この傘射しのあばずれ女!」
バルバロネは罵声をはなちエスマーイールを追うが、むこうは聞く耳もたずだ。
タールコの部将が一騎カンニバルカに挑む。だが、風の前の塵のように吹き飛ばされてしまった。なんという剛勇であろうか。
ソケドキア軍の背後に回りこもうとしていたイムプルーツァ、ヨハムド、ギィウェンの手勢は中軍破られそうなのを見て、ソケドキア軍にぶつかり、突き抜けようと戦場を駆け抜ける。
「うむ、おのれ」
シァンドロスと渡り合う獅子皇ムスタファーは、自身もカンニバルカを追って駆けたい衝動にかられ。やむなくシァンドロスを捨てカンニバルカを追った。
「逃げるか、獅子皇の称号が泣くぞ」
シァンドロスはしめたと、すこし獅子皇ムスタファーを追ったが、すぐに止まり雑魚を数名払いのけ。事態を静観する。
回り込んだイムプルーツァらの軍勢はそれぞれ背後からソケドキア軍にぶつかるり、分断するかのようにまっすぐにタールコ中軍目掛けてまっしぐらに駆けた。
少し離れたところで、ガッリアスネスとイルゥヴァンの手勢が渡り合っている。
「それ、タールコ軍を散り散りにしてやれ!」
ついにカンニバルカの剛勇はタールコ中軍に風穴を開けた。そこから突破するかと思われたが、ぐるりと引き返し、乱戦の中を縦横無尽に駆け巡った。
「ひるむな! あやつを討った者は褒美は思いのままだぞ」
獅子皇ムスタファーはカンニバルカを追って乱戦を駆けた。そのとき、
「あれは、かのカンニバルカです!」
と伝える者があった。
「なに、あれがカンニバルカか! おのれ裏切ったな!」
カンニバルカの顔は知らずとも、その名は聞いている。リジェカでドラゴン騎士団に敗れて以来行方知れずであったが、まさかソケドキア軍にいようとは。
そんな男を使うシァンドロスもシァンドロスだ。自分ならまず使わない。
しかし経過はどうあれ、カンニバルカはやはり剛勇の士であった。大剣の前には誰しもが風の前の塵同然であった。
戦況は徐々にソケドキア神雕軍有利に傾いてゆく。二万ほどの数の有利さも、意味をなさなかった。もともと数を頼みとするような大将ではいとはいえ、獅子皇ムスタファーはこの事態に歯噛みすることしきりであった。
「どけどけ! 裏切り者はどこだ!」
乱戦を駆け抜け、イムプルーツァがカンニバルカに迫る。
彼もまたカンニバルカがソケドキア軍にありと聞き。怒り心頭、疾風のごとく剣を振るってカンニバルカに迫った。
「恩知らずめ、このイムプルーツァが成敗してくれる!」
竜巻のごとく暴れまわるカンニバルカに向けて、イムプルーツァは剣を振るった。
「おう、イムプルーツァ、その名は聞いているぞ。オレの手柄になれ」
カンニバルカはイムプルーツァからの挑戦を受け、激しく刃を交えて渡り合った。