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第三十章 獅子皇と神雕王 Ⅰ

 神美帝ドラグセルクセス死す!

 この報せはまたたく間にタールコはおろか周辺諸国を駆け巡った。

 死因は心不全とされた。ほんとうの死に様は、さすがに秘された。

 皇后シャムス以下百人の側室と、アスラーン・ムスタファー以下二十人の子女らが先頭にたって、神美帝の国葬の段取りに当たった。

 都エグハダァナは神美帝の崩御を悲しむ民衆が宮廷に集まり、天を仰いでドラグセルクセスの冥福を祈った。

 オンガルリ・リジェカ両国とタータナーノは神美帝崩御の報せを受け、弔問の使者を派遣し。友好の態度をしめす。それと対照的に、ソケドキアからは、何の音沙汰もなかった。

 神美帝ドラグセルクセスの国葬は宮廷において大々的に三日三晩、神官の祈りをもって執り行われた。

 遺骸は北方ハシャラ山に葬られることになった。ハシャラ山は北方の国境沿いにそびえる山々で古来タールコ人の祖先たちはこの山を越えてタールコに国を建てたとされる、記念碑的な意味合いがあった。

 そのため、ハシャラ山は代々の皇帝が眠るタールコ皇族の墓所とされ。幾多もの墳墓が並んでいた。

 

 神美帝ドラグセルクセスが崩御し、帝位継承の問題が持ち上がった。が、それは前々から継承者と目されていたアスラーン・ムスタファーをおいて他になしと、満場一致で決まる。

 国葬の次は、即位式である。

 即位式も国葬と同じように、王宮にて大々的に執り行われ。神官は神の神託を受け、ムスタファーが帝位につくことを宣言し、獅子皇ししおうという尊称で呼ばれることになった。

 獅子皇となったムスタファーは、タールコの若き皇帝として、帝国を背負うことになった。

 臣下たちは一様に獅子皇ムスタファーに忠誠を誓った。

 その即位式で、獅子皇ムスタファーは、

「神美帝崩御の弔問の使者を送らぬばかりか、我が国土をうかがうソケドキアに鉄槌を下すべし。皆の衆、いかがか!」

 と問うた。

 即位して早速、ソケドキアを攻めようというのだ。これには臣下たちも度肝を抜かれる思いだった。が、その意気やよしと万雷のごとく、

「異議なし」

「ソケドキアにタールコの怒りを」

「獅子皇のお力をもって、トンディスタンブールを奪還しよう」

 などなど、叫びが湧き起こった。

 いつかソケドキアと戦わねばならぬのだ、ならばこちらから機先を制し戦いを仕掛ける。

 いつまでも父の死にくよくよする獅子皇ムスタファーではなかった。いやむしろ、神美帝崩御という事態になったればこそ、意気消沈せぬために、宿敵であるソケドキアと戦うのだ。

 即位式が済むや否や、すぐさまソケドキア攻めの準備が進められた。

 エグハダァナ郊外には、次々に軍勢があつまり。その数は十万を越えた。 

 熱気がエグハダァナ周辺を包む。

 その最中、ソケドキアがついに挙兵し、タールコに攻め込んだという報せが飛び込む。

「来たか!」

 やはりソケドキア、シァンドロスは黙っていなかった。神美帝崩御という一大事が起こればタールコは沈み、意気も落ちるであろうと踏んで攻め込んできたのだろう。

 だがそうは問屋が卸さない。

「獅子皇の言われるとおり、戦の準備をして正解でしたな」

 イムプルーツァは獅子皇アスラーンの先見の明を褒め称えた。もし喪に服するとして、おとなしくしていれば、それこそソケドキアにつけこまれるかたちになるであろう。

 機先を征し、こちらから攻め込むという段取りこそ損ねたものの。ソケドキアに攻め込もうと騎士や将卒らは意気軒昂であった。

「来るなら来い。返り討ちにしてくれる」

 十万の軍勢はエグハダァナを発って、ソケドキア軍迎撃に向かった。それと同時に、オンガルリ・リジェカに向けて、ソケドキア軍タールコに向かえり、約束どおり貴国らも戦うべし、という旨を告げる使者を送った。

 間者の報告によれば、ソケドキア軍はこちらよりやや少ない八万ほどの軍勢であるという。

 それでも、国が興ったときに比べればかなり軍勢の数を増やせるようになったものである。やはりトンディスタンブールを手中におさめ、都にさだめたことが大きかったか。

 ともあれ、ソケドキア侵攻を絶好の機会ととらえ、タールコ軍は進軍した。


 トンディスタンブールを都にさだめたソケドキアは、東征のための準備を着々と進め、軍備の増強をはかった。

 そんなときに、神美帝崩御の報せが飛び込んできたのだった。シァンドロスは、

「今こそタールコへ攻め入る好機である」

 と判断し、軍勢をすぐに集めて、タールコへ進軍した。

 両軍ともこの戦いにおいて互いが好機と見た。

 自ら神雕王しんちょうおうを名乗るシァンドロス率いる神雕軍しんちょうぐん八万は、タールコに伝わる疾風の勇者イスカンダテンを髣髴とさせる進軍速度でタールコ領内を駆け、通り過ぎる街や村落を瞬時に制圧し、エグハダァナへの距離を縮めているという。

 斥候や間者はその速さに驚き、うかうかしているとエグハダァナの手前までがソケドキアの領土にされてしまうと、驚きと焦りを持って獅子皇ムスタファーに伝えた。

「やるな……」

 ソケドキア神雕軍の進軍速度は知らぬでない。しかし、いざ対峙することになると、その迅速を尊ぶシァンドロスの戦いぶりには感心せざるをえない。

 斥候や間者がソケドキア軍を見たのは、シーレアという、トンディスタンブールから出立して二日ほどのところである。

 それから引き返しエグハダァナを発ったタールコ軍にまでことの次第を伝えるのに二日ほど要している。つまりソケドキア軍はもっと先へと進んでいると見てよいだろう。

 動かずに待ち受けるか、とも考えた。しかしソケドキアを勢いづかせることになるまいか。

「進むぞ!」

 獅子皇ムスタファーは決断した。

 いかに相手が速くとも、じっと敵を待ち構えるなど、悠長なまねはできない。

 動きを止めれば、それだけ戦意に隠されていた神美帝崩御の沈んだ気持ちが顔を覗かせそうであった。

 これは、獅子皇となって初めての戦いである。

 敗北は許されなかった。

 それはシァンドロスとて同じ。トンディスタンブールを手中におさめて初めての戦だった。この戦いに勝利し、さらにソケドキアの国土、国力、国威を強めなければならないのだ。

 こちらが仕掛ければオンガルリ・リジェカ両国が西方からソケドキアを攻めるという不可侵条約の条件は承知の上である。ならばこそ、歴戦の勇将であるイギィプトマイオスを配して守りにつかせた。

 イギィプトマイオスはかつてのヴーゴスネアの都であったべラードを拠点とし、オンガルリ・リジェカに睨みを利かせている。

 ソケドキア、シァンドロスの手強さは獅子皇ムスタファーも承知している。先の戦いにおいて大敗を喫し、ソケドキア征服をあきらめざるを得なかった苦い経験がある。

 かたわらにて傘を差すエスマーイールは、獅子皇ムスタファーの横顔を、心配そうに見つめていた。

 負けても、己の身で慰めることはできるかもしれない。しかし、獅子皇としての誇りがどこまでそれに耐えうるだろうか。

 むしろ勝って自分を抱いてほしかった。

 

 タールコ軍、ソケドキア軍は距離を縮め、ついにガルオデオンの砂漠地帯にて対峙した。

 この砂漠地帯の中央には神殿があり、タールコの神々が祀られていた。

 先にガルオデオンに入ったのはソケドキア軍であった。さすが獅子皇ムスタファーをしてイスカンダテンのごとしと呼ばれるだけはあった。

 そこでシァンドロスはタールコ軍が来るまでの間、ちょっとした余興に興じた。

 側近や兵士を連れて畏れもなく神殿に入り、神官の心胆を寒からしめた。

 この神殿には、独特の占いがあるという。それは、神官の結んだ縄をほどけば吉兆が訪れるというものであった。しかし結び目は複雑に結われ、ちょっとやそっとではほどけず。いままで解いた者はいないという。

「それは面白い!」

 興味をそそられたシァンドロスは戸惑う神官に命じ、縄を結ばせた。

 複雑に結ばれた縄を目の前にし、シァンドロスは不敵に笑うと。剣を抜き、縄の結び目のところで一途両断にしてしまった。

 縄はばらばらと、床に落ちた。

「な、なにをなさる!」

 神官がたいそう驚いたのは言うまでもない。結び目を斬るなど、前例がない。しかしシァンドロスは不敵な笑みのまま。

「己の命運は己で切り開く。それだけのことよ」

 唖然とする神官を尻目に、シァンドロスは神殿を出た。

 

 トンディスタンブールを発って、四日経った。

 この四日で進軍した範囲を、タールコから奪いソケドキアの領土とするとシァンドロスは宣言した。

「これは、神がソケドキアに与えたもうた土地である。神は我シァンドロスに、東へ向かうべしと告げている!」

 全軍に向けてシァンドロスは叫んだ。

 八万の神雕軍の意気も盛んだった。

 ガルオデオンの神殿の占いでのことを根拠に、シァンドロスはますます東征の意志を燃え上がらせるのであった。

 タールコ軍がガルオデオンの砂漠地帯にたどり着いたのは、そんなときであった。

 斥候、間者を放ってタールコ軍の動きを探っていたシァンドロスは、ここガルオデオンが戦場になるであろうと踏んでいた。

「ついに来たか」

 向こうから、大軍の到来をつげる砂埃が高々と舞う。

 ギヤオゴズィラ二の舞にしてくれんと、シァンドロスは不敵な笑みを浮かべて、タールコ軍を見据える。

 獅子皇ムスタファーが、そのギヤオゴズィラの雪辱を果たそうとしているのは言うまでもない。

 しかも、敗れたのは一度ではない、二度目はガオギアオスの戦いにおいてリジェカ・ソケドキア連合軍に背を見せねばならなかったのだ。

 雪辱を果たす気持ち、並大抵のものではない。

 

 タールコ軍がガルオデオンの砂漠地帯に入ったとき、ソケドキア軍が待ち構えているのが向こうに見えた。

「止まれ!」

 獅子皇ムスタファーは一旦軍を止めた。

 十万の軍勢は整然とならび、陣列を組み、いつでも突撃ができるよう構えられた。

(シァンドロスめ、今度こそ……)

 獅子皇ムスタファーは、激しい眼差しでソケドキア軍を睨んだ。

 タールコ軍は、タールコの象徴である鷲の旗とともに、獅子皇の象徴である獅子の旗がはためき。

 ソケドキア軍は神雕王および神雕軍の象徴であるとともにソケドキア国旗にさだめられたくまたかの旗がはためく。

 旗さえもが、互いの敵を見据えてはためいているようだった。

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