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第二十七章 国を越えて Ⅵ

「お兄さまを助けねば!」

 ニコレットは剣を振るって囲みを破ろうとする。ドラゴン騎士団一丸となって、コヴァクスを救出しようとするが。みるみるうちに囲まれた人数は減ってゆき、ついに十を切った。

 囲みを破れないことはないだろうが、その前にコヴァクスが討たれそうだ。

 コヴァクスは槍斧ハルバードを振るい、迫りくるタールコ兵を薙ぎ倒すが、いつまでもつか。

 カンニバルカは大剣を掲げ、周囲の兵卒をどかしコヴァクスに迫る。

「小龍公! 足掻け、足掻くがよい!」

 カンニバルカは叫び、馬を駆けさせコヴァクスに大剣を振り下ろす。

 それに気づいたコヴァクスは槍斧をぶうんと振るい、カンニバルカに叩き付けようとする。が、カンニバルカもさるもの。伊達に大剣を得物にしておらず、強力ごうりきをもって大剣を振るい槍斧を弾き返す。

 それから、激しい一騎打ちとなった。

「おおッ!」

 コヴァクスは一喝し、なんとしてもカンニバルカをしとめようと槍斧を叩きつける。だが大剣は迫る。

(こいつはソシエタスの仇! 負けるわけにはいかん)

 忠実な副将のことを思い、コヴァクスは歯を食いしばって大剣の攻めを弾き返し、斧をたたきつけようとするが。ことごとく弾き返され、大剣に迫られる。

 もう何合渡り合っただろうか。

 カンニバルカの剣撃激烈にして、槍斧で受けてもその衝撃は大きく。少しでも気を緩めれば槍斧を落とされそうだった。

(なんという男だ!)

 カンニバルカは大剣を得物にするということで、それに対抗するために槍斧を得物として戦ったのだが。実際に渡り合ってみれば、押され気味ではないか。

 一騎打ちとなって周囲の兵卒は手を出そうとしない。もしこれで数に任せて攻められれば、コヴァクスは討たれていたろう。

 だが囲みの外側は必死になってドラゴン騎士団の攻めに耐えている。カンニバルカも考えたものだ。正直に敵軍全部を相手にせず、大将に的を絞って討つことを考え。コヴァクスが敵中突破を血気に逸って追ってきたことを幸い、それだけをぐるりと取り囲んでしまった。

「なかなかやるな、だがいつまでもつか」

 一騎打ちの最中、カンニバルカはにやりと笑った。それに対するコヴァクスには、笑うような余裕などない。

(もはやこれまで)

 限界が近づく。もはやこれまでかと思われた。 

「お兄さま!」

 ニコレットも囲みを破ろうと奮闘するが、間に合いそうもない。

 その時。

 わっ、という喚声があがったと思えば。

 白い影が囲みの兵卒らをすり抜け駆け抜けてゆく。

 それは龍菲だった。下馬し、槍を手にして、駆けながら槍で立ち塞がるタールコ兵たちを薙ぎ倒してゆく。

「小癪な、とめろ!」

 タールコの部将は龍菲をとめようとするが、刃も人も馬も、するりとかわし。邪魔な者は槍でなぎ払う。

「むっ!?」

「う、お」

 ついに囲みを突破した龍菲は、その勢いのまま一騎打ちをするカンニバルカに槍の穂先を突き出した。

「小癪な!」

 大剣で槍を叩き折る。穂先はあらぬ方向へとび、地面に突き刺さった。

「龍菲!」

 コヴァクスは驚き、馬を退かせ咄嗟にカンニバルカとの距離をとった。

 龍菲は柄を捨て、コヴァクスとカンニバルカの間に入り、武功ウーコンの構えをとる。

「何奴!」

 大剣を構え、カンニバルカは龍菲をにらみつけた。普通の者ならそれだけで力萎えて腰を抜かしそうな威圧感があるが、龍菲は動じない。

「私は龍菲。コヴァクスを討たせはしないわ」

「うぬは、遠い国から来た異邦人のようだな。なにゆえあってドラゴン騎士団に肩入れする」

 さすがのカンニバルカも、明らかに遠方の者で、見慣れぬ容姿の龍菲には、やや驚きを示す。しかもかなりの手練れと見た。

「あなたに言う必要はないわ」

「龍菲、ここはオレとカンニバルカの勝負だ。手出しは無用!」

「でも負けそうだったじゃない」

 そう言われて、コヴァクス返す言葉もない。

 周囲は突然の龍菲の出現に騒々しくなる。あれは何者だ、と。

「また、龍菲……」

 ニコレットは囲みを破ろうとしながらも、抜け駆けされたことが面白くなさそうでもある。しかし、確かにこのままではコヴァクスは敗れていたろう。

「まあええわい。異邦人といえど討つには惜しい美しさ。だが容赦はせぬぞ」

 カンニバルカは間髪いれず大剣を龍菲めがけて振り下ろした。だが咄嗟にかわしざま、掌でしたたかに手首を打った。

「むぅ!」

 腕がしびれ、あろうことかカンニバルカは大剣を落としてしまった。それにしてもなんという身のこなし。

 だがカンニバルカもさるもの、咄嗟に馬から飛びおり、しびれの残る腕で大剣を拾い上げると、龍菲めがけて竜巻のごとく大剣をうならせ迫った。

「龍菲、気をつけろ」

「承知!」

 コヴァクスの言葉に龍菲は素早く反応し、また同じようにカンニバルカの繰り出す大剣をかわしていた。

(やるわね)

 大剣を軽々と振るうカンニバルカの力は龍菲も認めざるを得なかった。

「小龍公、お前も遠慮せずにかかってきてもよいのだぞ!」

 龍菲を相手にしながら、カンニバルカは叫んだ。二対一の戦いになってもかまわないなど、なんという余裕であろうか。それにくわえて、とても楽しそうだった。

 この男は戦いそのものを楽しんでいるようだった。

「お前たち、ぼさっとしとらんで働かんかい!」

 カンニバルカは呆然と一騎打ちを見守っていた兵卒にも叫んだ。

 タールコ軍の兵卒ははっとして、わっと駆け出す。囲みの中には、コヴァクスと龍菲を含めて八名。それが数に任せた攻めを受け、ひとりまたひとりと討たれてゆく。

「くそ!」

 コヴァクスはカンニバルカをしっちゃかめっちゃかだと心の中で罵倒しつつ、迫りくるタールコ兵を槍斧で薙ぎ払った。

 そのころにはニコレットらや赤い兵団も迫り、囲みを破ろうとしていた。もう戦場もしっちゃかめっちゃかの様相を呈する乱戦になっていった。

 カンニバルカと戦う龍菲だが、背後からタールコ兵が斬りつけてくる。それを咄嗟に振り向いて、掌打しょうだをくらわしたおす。

 そうすれば大剣が頭上めがけて振り下ろされる。それを風切り音で読み切り、カンニバルカに背を向けたまま避けざまにふりかえり、掌打をはなつ。 

「うむ」

 掌打はしたたかにカンニバルカの肩にあたった。

 カンニバルカはうしろへのけぞり、大剣をかまえなおす。効いているようだが、倒すまでにはいたらない。

「あなたかなり頑丈ね」

 龍菲は構え、カンニバルカを見据える。肩は鎧越しなのでやむをえないが、露出している手首に掌打を打っても効き目が薄いとは。

 とはいえ、

「不可思議な体術を使いおるわ小娘め」

 カンニバルカは武功には驚き、用心深くなっているようだ。さっきのように剣を振るい迫ろうとしない。

 そのうちじわじわと、手首と肩が熱くなってくる。骨に来たようだ。頑丈なだけに、一気に来ずにじわじわと来るのだろう。

「どけ龍菲!」

 槍斧を掲げ、コヴァクスはタールコ兵を蹴散らしながらカンニバルカに迫る。

「ちぇ」 

 舌打ちして、カンニバルカは振り向いて駆け出す。逃げようというのか。

「あ、待て!」

 囲みを突破したニコレットにダラガナ、セヴナらもカンニバルカを追う。もちろん龍菲も追う。

 ジェスチネとアトインビーはコヴァクスのそばによって、タールコ兵を払いのけ援護する。

 カンニバルカは素早く馬に飛び乗り、戦場を脱しようとする。その様子を見て、タールコ軍の間に動揺が広がる。

「カンニバルカ殿はどこへゆかれるのか」

 まさか自分たちを置き去りにするつもりか。一旦厚く信頼していただけに、いまの、この行為にはおおいに失望させられるものがあった。

「逃げるか!」

「おうさ、逃げるとも!」

 追うニコレット向けて、大剣を放り投げる。

 大剣はうなりをあげてニコレットに迫った。

「あッ!」

 速度はやく、ニコレットはよけようとするが、よけられそうになかった。

(もうだめ)

 思わず目を閉じる。小龍公女、ニコレット殿、という悲鳴にも似た呼びかけが一瞬のうちにたくさん耳に飛び込んでくる。が、前方でなにかを打ち付ける音がしたかと思うと、風切り音と大剣のうなる音がして、それから地面に落ちる音がした。

「おお、龍菲殿、お見事!」

 龍菲は素早くニコレットの前に駆け、飛び蹴りで大剣を地に落としたのだった。

「龍菲が?」

 ニコレットが目を開けると、笑顔で龍菲が微笑んで。その足元には、大剣。

「助けてくれたの」

 その言葉に、龍菲は笑顔で頷いた。

「くそ!」

 カンニバルカは歯噛みし、手首と肩の痛みをこらえながら戦場を脱した。

 大将が戦場を脱すれば、あとはもろいものだった。

 失望したタールコ軍は戦意をなくし、次々と得物を捨てて、

「降伏する!」

 と自ら投降し、あるいはカンニバルカのように逃げる者と、戦局は一気に変わった。

「よし、逃げる者は逃げ、降る者は降れ!」

 コヴァクスは槍斧を掲げて、タールコ軍に呼びかけた。

 そうすれば、半数は逃げ、半数は武器を捨てて降った。

 それを龍菲は喜ばしそうに見つめていた。それにコヴァクスが寄り添うように近づき、馬から降りる。

「すまなかったな。また助けてもらった」

「そんなことないわ。あなたを助けられるのが、私は嬉しいから」

「……」

 コヴァクスは龍菲の言葉を耳にし、言葉もなかった。複雑そうな顔をするニコレットも下馬し、

「私も、助けられたわ。ありがとう」

 と言った。もし龍菲が大剣を蹴り落さねば、ニコレットは貫かれていたはずだ。

 龍菲は兄と妹に対し、終始笑顔だった。

「戦いに勝ったなら、都を目指せるわね」

「そうだな。君のおかげだ。なんと礼を言えばよいのか、感謝してもし切れるものではない」

「いいえ、さっきも言ったとおり、私はあなたとともに、義のために戦えるのが嬉しい。武功を使いながら、こんな晴れ晴れとした気持ちになったのは初めてよ」

 龍菲は昴の作法である包拳礼を見せた。コヴァクスは笑顔でその礼に応えていた。ニコレットも助けられて、龍菲に対する複雑な気持ちが解きほぐされつつあるようだった。

「小龍公!」

 ジェスチネと、紅の龍牙旗を掲げるアトインビーだ。ふたりは会心の笑みを見せている。いや、皆、会心の笑みを見せていた。

「戦いは我が軍の大勝利! さあ、都にゆきましょう。リジェカを取り戻しましょう!」

 勝利に興奮し、ふたりは顔を紅潮させていた。

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