第二十七章 国を越えて Ⅲ
さてカンニバルカ。
フィウメとアウトモタードロム要塞のあるグロヴァーニク地方を除く各地域を、睨みを利かせながら軍を率いて巡回したものだった。
おかげで、いまのところ国は落ち着いたものだった。
その間にオンガルリのことを聞いたが、リジェカから出ようとしなかった。
「オレの留守を突いて、革命を起こし、オンガルリを取り戻したのか。やられたもんじゃのう」
さすがのカンニバルカも、そこまでは読めていなかったらしく。珍しく悔しさをにじませたものだった。
リジェカを平定、征服したことで部将たちもカンニバルカを信頼するようになり。オンガルリの革命、再興を聞き、部将たちはカンニバルカに判断を仰いだ。
「将軍、これからどうなさいますか」
「どうもこうもない。下手に動けばソケドキアがリジェカを狙おう。ここは、都メガリシにとどまり、いつでも戦ができるよう軍容を整えて待つしかないわい」
「仰せのとおり」
部将たちや兵卒らはカンニバルカの判断を受け、軍勢は巡回をやめ都メガリシにとどまり、相手の出方を待つことになった。
リジェカとタールコ本国は、オンガルリ再興によって、分断され飛び地となってしまった。孤立してしまったといってもいい。となれば、本国がオンガルリをまた征服するのを待たねばならない。
が、それはいつのことであろうか、それまで持ちこたえられるだろうか。
西と南の国境を接するソケドキアの存在が、かたちとしてカンニバルカを、リジェカを挟み撃ちにしていた。
内乱、征服の間にソケドキアはリジェカを除く旧ヴーゴスネア地域を征服したのだ。無論そこで止まるつもりはないだろう。
斥候を放ってソケドキアの動向をうかがえば、シァンドロスは将来的にリジェカはおろかオンガルリまで版図に組み入れる意図があるというではないか。
「シァンドロスの若造は、えらく『太い夢』をもっているもんだのう」
カンニバルカもさすがにシァンドロスに感心したものだった。
トンディスタンブールを制圧し、都をそこに遷すとも聞いている。東征をおこない、タールコを征し。さらにタータナーノ、昴にまで版図を広げる大帝国を築き上げるのが、神雕王の遥かなる夢だという。
(シァンドロスは、馬鹿か)
とも思うが、実際に戦争も強く、馬鹿と思っても馬鹿にできたものではない。その反面、面白い男とも感じられた。
ソケドキアはヴーゴスネア内戦の折りに独立したが、それを思えばシァンドロスは乱世が生んだ男とも思えるのだった。
だが、ソケドキアに関しては焦る必要はなさそうだ。シァンドロスの関心はあくまでも東方にあり。反対側であるリジェカ、オンガルリは、後回しにされる可能性もある。
当面の敵はオンガルリである。
動向をさぐるうち、再興を果たしたオンガルリからドラゴン騎士団が出陣し、フィウメに来たという。
「やはり来たか」
カンニバルカはにやけた。
謎に包まれたとはいえ、ひとつ確かに言えるのは、戦いの好きな男であるということだった。
動かぬと思われたカンニバルカであったが、都メガリシ郊外に駐屯していた一万の軍勢でもって、フィウメへと攻め込む決意を固めた。
黙っていても、やがては攻め込んでこよう。ならばこちらから出向いて、追い払ってやろうということだった。
部将たちも、信頼するカンニバルカの指示である。否やはなく、よく兵をまとめ進軍させていた。
その報せがフィウメにもたされる。
「動いたか!」
油断ならぬ強敵を相手に、しばし様子見を決めて動かなかったドラゴン騎士団であったが。カンニバルカ動くの報せを受け、コヴァクスとニコレットは迎撃のため、こちらも出撃をすることになった。
フィウメは騒然とする一方、ドラゴン騎士団がカンニバルカをやっつけてくれるだろうという期待も込めていた。
アウトモタードロムの要塞から百騎ほど引き連れて王に出撃前の挨拶に赴いたコヴァクスとニコレットは、不安と期待をないまぜにした街の人々の視線を痛いほど感じたものだった。
「そうか、むこうから動いたか」
「は、あのカンニバルカが動く以上、勝つとの見込みあってのことでしょう」
コヴァクス、ニコレットと面会した王は、太守庁舎の太守の座を仮の王座として座していた。そばには、侍従のクネクトヴァとイヴァンシム、そして太守のメゲッリがうやうやしく控えている。
「そなたたち、勝てるか」
「勝ちます」
即答だった。
なにも見栄や捨て鉢になってのことではない。勝たねばならない、という決意が、コヴァクスとニコレットに、即答をさせたのだった。
「そなたらが勝てると言うなら、勝つであろう。だが、犠牲も大きかろうな」
「その憂いはご無用でございます。ドラゴン騎士団の騎士たちは、一騎当千のつわものぞろいというだけでなく、戦う以上、常に覚悟をもって戦います。無論、わたくしたちも同じように」
ニコレットは笑顔で王に応える。
モルテンセンは笑顔のニコレットの色違いの瞳をまじまじと見つめていた。瞳は輝いていた。
「リジェカの問題を、オンガルリに解決させようなど。まことに、王として面目ないと思っていた。だが、そなたにそう言われて、少し気が晴れた」
「これはリジェカ一国の問題にあらず。オンガルリの問題でもあります。いま、時代は大きく動いています。もはや国一国だけの問題など、ないでしょう。ならばこそ、リジェカのこともオンガルリのことであると同じもの」
ルドカーンから学んだことを、コヴァクスは語った。モルテンセンは頷きながら聞いていた。
「たしかに、いま時代はめまぐるしく動いている。一国になにかあれば、他の国ににもそれは響くのだろう」
「はい。ソケドキアの勢力拡大も侮れず、このリジェカを虎視眈々と狙っていることでしょう。またタールコも敗れて黙ったままではありますまい。この二国間に挟まれた状況で、リジェカ、オンガルリのいずれにも何かあれば、連鎖的にことがおよぶでしょう」
王の言葉に、イヴァンシムが補足を入れる。
「ならばこそ、リジェカとオンガルリの二国間同盟が重要になってくるのだな」
「左様にございます」
イヴァンシムが補足を入れてくれたおかげで、王は同盟の意義を深く理解したようだ。
「もっとも、まだ正式に二国間で調印したわけではない。そなたらが我らを思って、オンガルリのドラゴン騎士団を動かしてくれている状態だ。ほんとうに、そなたたちには感謝をしてもしきれぬ」
「なんの、我ら騎士なれば」
騎士なれば。
誇りをもって、コヴァクスとニコレットはモルテンセンに笑顔を向けた。
王との面会を済ませたコヴァクスとニコレットは、アウトモタードロムの要塞から出発したドラゴン騎士団と合流した。
街からリジェカドラゴン騎士団と赤い兵団も加わり、オンガルリドラゴン騎士団と合流した。
フィウメの兵力は、あくまでもフィウメの守備兵であるからと、コヴァクスとニコレットの方から丁重に加勢をことわり、守備に専念してもらうことにした。
リジェカドラゴン騎士団と、赤い兵団が加わったといっても、双方で五百たらず。加勢らしい加勢ではないが、彼らはどうしてもともに戦いたいと、オンガルリドラゴン騎士団に合流したのだった。
その心意気をコヴァクスとニコレットは嬉しく思い、カンニバルカとの戦いに向けてともに進軍をする。
紅の龍牙旗は、リジェカドラゴン騎士団のアトインビーが掲げる。
アトインビーは紅の龍牙旗を掲げることを、なによりの誇りとしていた。
数こそオンガルリドラゴン騎士団が圧倒的に多いが、この軍勢は実質的にオンガルリ・リジェカ連合軍であった。
それからしばらく後ろを、龍菲はとことこ歩いて後をつけていた。この戦いでコヴァクスはどのように戦うのだろうと、それが楽しみだった。
進軍中、ドラゴン騎士団もこちらを目指して向かっているとの報せを受け、カンニバルカは、
「来るか」
と嬉しそうに言った。
部将のひとりが、ドラゴン騎士団の方が数が多いことに不安を覚え、カンニバルカと馬をならべて、
「どのように戦うのでござるか」
と問うた。
問われたカンニバルカは、
「正面からぶつかるのよ」
ふふ、と不敵な笑みを浮かべて応えたものだった。
「正面から、真っ向勝負でございますか」
「そうだ。策などない」
「それは、あまりに無謀では」
「それしかないわい」
部将は唖然とする。出撃する以上、なにか策があってのことだろう、と思っていただけに。実際、ドラゴン騎士団を挟み撃ちにして粉砕したあの手並みに、部将はいたく感心したものだった。
「それで、勝てる見込みはあるのでしょうか」
「お前たち次第だ」
「そんな……」
カンニバルカは部将をじろりと睨んだ。
(負けた)
と思った。オンガルリが革命により復興したことで、本国から分断された不安はカンニバルカの予想通りというべきか、大きいものだった。そのため、なにもかも、カンニバルカに任せようとしていたのを察した。
下の者が上の者を信じるのはよいが、信頼することとすがることは似て非なるものだ。
リジェカの混乱に乗じてカンニバルカはイクズスを説得し兵力を与えられて攻め込み、見事征服をなしとげたものの。それと入れ替わりに、オンガルリで革命が起こるなど、さすがに想像もしていなかった。
報せによれば、リジェカにいたはずの小龍公と小龍公女がオンガルリからドラゴン騎士団を率いてきた、というではないか。どうやら小龍公と小龍公女は敗残の身を引き摺りながらでもオンガルリに潜入し、革命を起こしたのだろう。
(まったく、たいした度胸というものだ)
期待していた小龍公と小龍公女だが、逆境に負けず期待以上の働きをしたものだった。
(それに比べてうちの部将ときたら)
彼らもタールコの勇士である。だが本国から分断された不安は大きい。
カンニバルカはとくになんとも思わない。それも、タールコが故郷ではないからだった。その違いは、あまりに大きい。
泰然自若とするカンニバルカの余裕を、部将や兵卒は何か勝てる策があるからだと考えて。知らず知らずのうちに、すがるにも似た心境になってしまった。
(さてさて、負け戦とて、どうせ戦うなら楽しく戦いたいものじゃな)
カンニバルカが考えるのは、いかにして勝つかということより、いかにして楽しむかであった。
それが、カンニバルカという男でもあった。