第二十七章 国を越えて Ⅱ
王族が都ルカベストの王城に入ってから、早翌々日にドラゴン騎士団の軍勢一万二千はリジェカへ向けて発った。
紅の龍牙旗は、フィウメに着くまでコヴァクス自身が掲げる。
人々は、軍容を整え勇ましく出陣するドラゴン騎士団を熱いまなざしをもって見送った。
ヴァハルラとアーリア、オランにカレルも、みずから城門まで出向きドラゴン騎士団を見送った。
ここ数日、都が静まることはなかった。人々が静まらせなかった。まるで大きな祭りであるかのように。
ドラゴン騎士団のリジェカゆきは、その祭りの総仕上げのようなものだったかもしれない。
老騎士マジャックマジルはルカベストに残り、王族につきそった。ほんとうならドラゴン騎士団にはオンガルリにとどまってほしいと、女王は思っている。その女王を安堵させるために、頼りになるマジャックマジルが急遽近衛師団長の任を受け。
またバゾイィー王捜索の任もかけもち、その全責任を担うことになった。
やはり、バゾイィー王がいなければオンガルリ復興は完成されないのだ。生きているのか死んでいるのか。王はどこでなにをしているのか。
それとも、すでに土にかえってしまったか……。
ともあれ、ドラゴン騎士団は進軍した。騎士や兵卒ひとりひとりの顔は輝き、栄光への門出のようでもある。
おそらく、ここまで嬉々と期待に胸はずませて出陣をしたことはながらくなかっただろう。
戦争にゆくのだ。たとえ勝つにせよ、犠牲は免れず。ともすれば、その犠牲になるかもしれない。
命を賭けて戦うからには、それ相応の見返りや大義が必要だった。
ドラゴン騎士団を率いるコヴァクスとニコレットは、騎士や兵卒に見返りと大義を与える存在だった。
コヴァクスの掲げる紅の龍牙旗ははためく。風のみならず、ドラゴン騎士団の騎士や兵卒の期待をも受けているように。
出陣から数日して、ドラゴン騎士団はフィウメに着いた。
フィウメの人々は、ドラゴンの夜の革命で中心的役割を果たしたコヴァクスとニコレットの「凱旋」を喜んで出迎え。
オンガルリドラゴン騎士団を熱く出迎えたのだった。
出迎えには、太守のメゲッリはもちろんイヴァンシムにダラガナら赤い兵団、王のモルテンセンと王女のマイアに、クネクトヴァとカトゥカ。
そしてリジェカドラゴン騎士団らが、コヴァクスとニコレット、ドラゴン騎士団を郊外まで出迎えたのであった。
すこし離れて、龍菲の姿もあった。彼女はルカベスト郊外の戦いにおいてイクズスをたおそうとしたが、コヴァクスに止められて。そこから、そのままフィウメに帰ったのだった。
軍勢が見えはじめた時点で、人々は喚声をあげて。紅の龍牙旗が見えるようになると、天にも轟くほどの万歳の合唱がはじまったほどだった。
「コヴァクス、ニコレット。見事オンガルリを取り戻したのだな!」
モルテンセンはドラゴン騎士団の凱旋を我が事のように喜び。紅の龍牙旗を掲げるコヴァクスのもとまで、自ら馬を駆けさせた。
「これは、王自らのお出迎え、痛み入ります」
ニコレットはモルテンセンが馬を駆けさせて自分たちのもとにやってきたことに、馬上で一礼をした。
モルテンセンがゆけば、アトインビーにジェスチネらリジェカドラゴン騎士団の面々に赤い兵団らも駆けつける。マイアはセヴナの紅馬に同乗していた。
オンガルリドラゴン騎士団は歓迎されて、嬉しくないわけがない。自然と笑みをこぼし、互いに自己紹介をし合い、どちらからともなく、ともに戦おうぞと語り合っていた。
「コヴァクス、ニコレット、予はそなたたちを信じていた。きっとオンガルリを取り戻し。フィウメに凱旋するであろうと」
「浅からぬご寵愛を受けた身なれば、ドラゴン騎士団は国の垣根を越えて、王のためにも働きましょうぞ」
コヴァクスもニコレットも、モルテンセンやマイアらの笑顔を見つめて。自分たちの背負っているものは重いものであるが、同時に身命を賭けるに値するものだと、思っていた。
コヴァクスとニコレットにとって、リジェカは第二の故国だった。
「わたしも、助言した甲斐があったというもの。まったく、お見事なものですな」
あの気難しいイヴァンシムが珍しくドラゴン騎士団、コヴァクスとニコレットを讃えた。彼にとっても、コヴァクスとニコレットの働きは会心事であろう。
「さて、オンガルリドラゴン騎士団ですが、アウトモタードロムの要塞をお使いなさるがよろしいでしょう」
太守メゲッリの言うとおり、オンガルリドラゴン騎士団は街から少しはなれたところにあるアウトモタードロムの要塞を拠点にして、駐屯することとなった。
ドラゴンの夜、ひいては新生リジェカ樹立は、すべてこの要塞から始まったといってもいい。
「ありがたく使わせていただきます」
コヴァクスは謝辞を述べる。
そのそばにアトインビーが来て、手を差し伸べる。
「旗をお持ちします!」
リジェカにおいて、紅の龍牙旗を掲げるのはアトインビーの役割であった。旗を持てば剣を振るうに不便であるが、ドラゴン騎士団の象徴である紅の龍牙旗を掲げるのは、それ以上に名誉な役割である。
「うむ、頼む」
コヴァクスはアトインビーに紅の龍牙旗を手渡す。オンガルリ人のコヴァクスからリジェカ人のアトインビーに紅の龍牙旗が手渡される様は、紅の龍牙旗がドラゴン騎士団の象徴というだけでなく、オンガルリとリジェカの同盟の象徴のようでもあった。
オンガルリドラゴン騎士団は一旦アウトモタードロムの要塞に赴き。要塞を中心に駐屯地の設営がおこなわれていた。
コヴァクスとニコレットは設営を部下に任せ、王の招きに応じてフィウメの街に赴く。
フィウメに入ったとき、龍菲が不意に姿を現した。コヴァクスとニコレットは、悪びれる様子もなくあまりにも颯爽と姿を見せた龍菲に、あっけにとられた。
「龍菲、お前オンガルリに来ていたのか」
「そうよ」
悪びれる様子もなく、そっけなく、笑顔で応える。コヴァクスは、やや戸惑う。なぜか、胸が弾むのを覚えるのだった。そう、龍菲はまるで雲のようにつかみどころがない。が、そこに惹かれているようだ。
ニコレットは呆れた表情を見せた。
「勝手なまねをされては困るわ」
「どうして。私は言ったわ、あなたたちに着いてゆく、と。着いてゆく以上、なにかの役に立ちたかったのよ」
「龍菲、その気持ちだけで十分だ。オンガルリばかりは、オレとニコレットの手で決着をつけないといけないことだったから」
「そう……」
喜んでくれると思っていたのか、龍菲は少し肩を落す。意外に素直なところがある。
だが、コヴァクスの瞳を見つめると、なんでもないように笑顔になった。いままで見たことのない、目の色。単純に瞳が黒いことをいうのではない。黒い瞳の奥の、さらに奥底に潜む色。そんな色を見せた人物は、コヴァクス以外になかった。
龍菲は、そんなコヴァクスに興味をしめしていた。
ニコレットは龍菲と、コヴァクスとを交互に見据え、複雑なものを感じた。
(お兄さまは、龍菲に恋しているわ! 龍菲もお兄さまに、恋しているようだわ!)
勘違いであればよいのだが、どうにもふたりの様子を見ると、そうとしか思えない。
「話はここまで。これから大事な用があるから」
ニコレットは馬を進めた。
コヴァクスは、
「それじゃあ」
と言って、やや慌ててニコレットを追って馬を進めた。
あとに残された龍菲は無言でコヴァクスの背中を見送ってから。街の隅の家屋の屋根にあがり、気ままに空を見上げたのであった。
太守庁舎にて皆で円卓を囲み、これからのことが語りあわれていた。
「調べによれば、カンニバルカは都メガリシを制圧してのち軍を率いて、ここフィウメのあるグロヴァーニク地方を除く各地域をまわり。タールコのリジェカ支配を徹底させているようでござる」
メゲッリがこれまで調べてきたことを一同に語る。イヴァンシムやダラガナはずっとフィウメにいたのでわかっているが、コヴァクスとニコレットがこれを聞くのははじめてなのはいうまでもない。
「手こずるところは後回しにして、抑えられるところから抑える。まあ、賢いと言えば賢いやり方ですな。もっとも、こちらのことも手抜かりなくうかがっていることでしょうが」
「メゲッリ殿の言うとおり、フィウメのことをうかがっているのなら、ドラゴン騎士団がフィウメに到着したことも知られているであろうな」
とコヴァクスは言う。
カンニバルカがいかに強敵か、先に渡り合って思い知っている。
「しかし」
イヴァンシムが口を開く。
「カンニバルカとは、何者であるか。こればかりは、調べがついておりませぬ」
カンニバルカ。この男はクンリロガンハの事変から急に姿を現した。その素性はようとして知られていない。
「カンニバルカの素性に関心がないわけではないが……。それよりも、いかにして倒すかが問題だ」
モルテンセンは一同を見渡して言った。たしかに、カンニバルカの素性がどうというよりも、それを倒すことが問題である。
オンガルリより赴いた一万二千の軍勢も遊びにきたのではない。カンニバルカを倒し、リジェカをタールコの支配下から抜けさせ、二度目の新生をなすためにきているのだ。
とはいえ、モルテンセンは、二度目の新生リジェカ樹立はともかく、それからがカンニバルカを倒すよりも難しいと見ていた。
なにせタールコに征服される前に、国に反乱が起きそれによって国がわかれ、国民同士が憎みあう事態にまで発展したのだ。カンニバルカは反目しあう国民を強引にねじふせて、リジェカを統治しているようであるが。
それもカンニバルカならばこそだろう。そこから統治者がモルテンセンにかわったとき、国民は若き王の統治を受け入れるかどうか。
若き王を侮って。目覚めた人々の、ねじ伏せられた民族意識が再び起き上がり、独立を叫んで反旗をひるがえすかもしれない。と、イヴァンシムは憂いも込めてモルテンセンに助言したものだ。
「そういう意味では、カンニバルカは、不本意ながらよき手本を示しておりますな」
とも、イヴァンシムは言ったものだった。
要は、力だ。
いかに王として正義をいだこうとも。力を以って正義をおこなわねば、所詮無力な正義である。無力な正義は、どこまでも無力なのが現実であった。
では何を以って力となすのか。そう、ドラゴン騎士団である。カンニバルカをたおしたあと、リジェカドラゴン騎士団が力と範とを以って、その存在感を示さねばならないだろう。
(しかし、リジェカはオンガルリ以上に復興の道のりは険しいのかもしれないわ……)
かつて虹の国と言われた多民族国家ヴーゴスネアから、リジェカは内乱勃発の折りに独立したが、その中でも内乱が起こった。
虹の色はひとつにあらず、そしてその姿も現すときとないときとがあった。まったく、リジェカという国は、虹のようにめまぐるしくその存在が変わるものだった。
さて、大きく時代が動くいま、リジェカの存在そのものを不動不変のものにできるかどうか。
気がつけば、カンニバルカよりも、そんな、リジェカの国としての業の方がよほど強敵であると思わざるを得なかった。