第二十七章 国を越えて Ⅰ
ヴァラトノに赴いたコヴァクス、ニコレット率いるドラゴン騎士団一万は王族のヴァハルラ、アーリア、オラン、カレルに会い。都ルカベストに帰られるよう告げた。
女王ヴァハルラは乗り気ではなかったが、オンガルリ王国の復興なされるのならばと、重い腰を上げて用意された馬車に子どもらと乗り込み。
ドラゴン騎士団とともに都を目指した。
アーリアとオラン、カレルはルカベストに戻れると嬉しそうだったが。ことに一番喜んだのは、長女のアーリアであった。
「お母さまのご気分がすぐれないのなら、わたくしが女王になって、お母さまを休ませてあげますわ」
などと、無邪気に語っていた。
ヴァハルラは馬車に揺られながら、我が子の無邪気さを笑顔で見つめていた。気分こそ乗らないものの、都ルカベストにはルドカーンもいる。
彼の助言を受けて、どうにか女王の座にはつかねば、と思っていた。それでもだめなら、そのときはそのときのことだし。
それこそルドカーンの助言を仰げばよい。
女王は馬車の窓越しに見える景色をながめながら、一抹の心細さを抱えながら今後のことを思案していた。
一番思案するのは、再びイカンシのような奸臣が出ないかどうか、である。権力は人を魔物にする。その魔物から、自分自身はもちろん、子どもたちを守らねばならないのだ。
(国の頂きにあるというのは、なんとも難儀なものね)
世が安穏としていればよいが、今は乱世である。穏やかな母親であるヴァハルラには、この乱世は荷が重かった。しかし、世は人の心などお構いなく変貌し、人を翻弄する。
それがヴァハルラのもっとも怖れるところだった。
王族をともない都を目指すドラゴン騎士団は、ゆく先々で熱烈な歓迎を受けた。それは都奪還へ向かうときを凌ぐものだった。
それもそうだろう。オンガルリ王国はタールコの支配下から抜け、王族が都に帰るのだ。その日をどれほどの気持ちで待っていたことだろう。
中にはあきらめていた者もあったが、そのあきらめは希望へと変わり。とおり行く馬車に向かい、
「万歳!」
の合唱がはなたれるのであった。
アーリアは機嫌をよくして、馬車の窓から身を乗り出し、満面の笑みで大きく手を振った。
ヴァハルラは、馬車の中から愛想を振りまく程度だった。オランにカレルも、群集の万歳に気圧されたか、中から小さく手を振る程度だった。
それを思えば、アーリアは万歳の合唱を受け止めるばかりか、まるで独り占めしているようにも見える。
コヴァクスとニコレットはそれを微笑ましく見つめていた。
(国が元に戻るのだ)
という感慨が胸につまっていた。
ついに都入りしたドラゴン騎士団と王族を、都の民衆たちは万雷の拍手と万歳の合唱で出迎えた。
王族は国の象徴である。その王族があるべき場所に戻るのだ。それはオンガルリの復興の始まりであった。
都中、人でごった返しているといっても、言い過ぎではない。それほどまでに、民衆は王族の到着を心待ちにしていたのだ。
「王族が都に戻られた」
「これでオンガルリ王国も安泰じゃ」
「万歳、オンガルリ王国、万歳!」
人々は大きく口を開けて、喜びの言葉を語り合った。王こそいまだに行方知れずである、しかし残る王族が都に帰ってきたことは、人々に復興が始まったことを物語った。
王の捜索はこれからである。
王族を乗せた馬車は、王城に入ってゆく。その間、人々は万歳を繰り返し繰り返し送り続けていた。
王城からはタールコ人は引き払い。いるのはオンガルリ人の官人や給仕、メイドたちである。
それらは、王城入りした王族を、涙を流して出迎えた。
クンリロガンハの事変からタールコの支配下に置かれ、王族が王城から出てゆくのを悲しい涙で見送ったものだった。それがいま、嬉し涙をもって出迎える日がこようとはと、万感胸に迫る思いであった。
ヴァハルラは宮殿に入り、女王の座についた。同行しているコヴァクスとニコレットは、込み上げるものを覚えながら、うやうやしく跪く。
王女と王子は、急遽用意された座席に座る。王座は、空席のままだ。
「正直、またこの座につくとは思いませんでした」
周囲を見渡しながら、ヴァハルラは言った。
「そなたたちの働きのおかげで、オンガルリ王国が再び興りましたこと、女王として礼を言わせてもらいます」
女王の座につき、ヴァハルラの顔に赤みがさす。王城でのことを、思い出しているのであろう。
「かくなるうえは、わたしくも女王としての務めを果たしましょう。それで、よいですね。小龍公、小龍公女」
「はい」
コヴァクスとニコレットは深々と頭を下げた。女王の気落ちが心にひっかかって、心配していたが、こうして女王の座に戻ってくれたことで、ふたりは安堵した。
これで、オンガルリ王国の復興は進められる。それと並行して、王の捜索もされる。
オンガルリに関しては、ひと段落ついた。となれば、次は……。
「ところで、そななたちの、リジェカでの働きは聞いておりますが。オンガルリが済めば、次はリジェカですか」
「はっ……」
心はオンガルリの臣下なれど、二国に忠誠を誓っているのはたしかなことである。それを女王に聞かれて、ふたりはやや気が咎めるのであった。
「できればずっと、オンガルリにいてほしいのですが。そうもいきますまいか」
「は、二国に忠誠を誓うは騎士道に外れるようでございますが……」
女王の言葉に、コヴァクスは気が咎めるのを禁じえず、言葉につまる。しかし、ゆかねばならないのだ。ニコレットは色違いの瞳を女王に向ける。
「ルドカーン筆頭神父様は、我ら兄妹には、国を越えた使命があると仰せられました。神のお導きなれば」
「神のお導き、ですか」
女王も信仰心が厚い。コヴァクスとニコレットが、ルドカーンからそう言われたのなら、引き止めるのは難しいと思ったことだろう。
「いま、時代は乱世です。もはやことはオンガルリ一国のみにとどまらず。リジェカもまた復興をさせねば、オンガルリに真の平和と安穏はないかと思われます」
ニコレットはルドカーンの受け売りながら、思ったことを語る。
「リジェカには、カンニバルカなる強敵があります。それを破り、リジェカを復興させ、オンガルリとよき同盟国としてともに手を携えあうならば、タールコの脅威を退けるも容易なると思われます」
「リジェカと……」
言われて見れば、たしかに時代は大きく動いている。ことはオンガルリ一国では済むまい。タールコはオンガルリから去ったといっても、その脅威がなくなったわけではない。
神美帝はいうまでもなく、獅子王子・ムスタファーもタールコの大帝国を担うに足る人物である。それが、負けたまま黙っていようか。
「そして、新たに興ったソケドキアも、新たな脅威となります。この二国が手を結ぶことはないでしょうが、隙あらばリジェカを、そしてオンガルリを先のタールコのように征服せんと手を伸ばしてくることでしょう」
「そうでしたね、ソケドキアなる国も興っているのですね」
「国王シァンドロスは油断のならぬ人物。はからずも一時手を結んでいたときもありましたが、己のためなら利用できるものは利用し、約束さえ反故にします。それでいて戦上手となれば、これは、タールコ以上に脅威になるのではと」
女王ヴァハルラは、めまぐるしく変わる情勢に、頭がついてゆかぬという風に、困惑の色をたたえていた。
「要するに、ことはオンガルリ一国では済まぬ、ということですね。たしかに、リジェカを復興させて、二国間で同盟を結び脅威にそなえるのが、賢明かもしれません」
それが、ヴァハルラの考えられることの精一杯のことだった。
ドラゴン騎士団には、オンガルリにとどまってほしいと思っていたが。時代がそれを許さないというのか。
王女と王子は退屈そうに大人たちの話を聞いていたが、ひと段落ついたころ、アーリアは立ち上がり。
「カンニバルカを、やっつけにいくのね!」
と声を大にして言った。
「は、かなりの強敵でありますが。それでも倒さねばならぬ敵、試練でございます」
コヴァクスの応えに、アーリアは興奮を隠さない。
「わたし、カンニバルカなんて、だいっきらい。いっつもえらそうにしてて、私たちのことを馬鹿にしているようだったわ。リジェカでドラゴン騎士団がやられたって聞いたとき、私、とても悔しかったわ」
カンニバルカは、ヴァハルラら王族をかたちのうえでは保護していたが。かといって、大切に扱ったわけでもなく。放任していたといっていい。
アーリアの様子から察するに、たまに会うことがあっても、尊大な態度でのぞんでいたようだ。
「これ、アーリア」
ヴァハルラがたしなめるも、アーリアはお構いなしだ。
ぷりぷりと、カンニバルカのことを思い出しては怒りを覚えている。
「私からもお願いするわ。あなたたちの力で、カンニバルカをやっつけてちょうだい!」
力むアーリア王女に、コヴァクスとニコレットは苦笑をこらえていた。まさか王女にそこまで言われるとは思ってもいなかった。
なんとも勝ち気な王女だ。
だが、王女の一存では、ドラゴン騎士団は動くことはできない。
「戦争は好みませんが、避けられないものなら、止むを得ないでしょう。小龍公、小龍公女よ、あなたたちのお好きなようになさい。きっとそれが、オンガルリのため。神のお導きなのでしょうから」
「ありがたきお言葉。我ら必ずや、女王に勝利のご報告ができるよう、精一杯戦います。そして、リジェカとの共存共栄の道を切り開きましょう」
コヴァクスとニコレットはそう言いながら、深々と跪き。宮殿をあとにし、戦支度をはじめるのであった。