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第二十六章 故国奪還 Ⅱ

 ヴァラトノ革命起こる!

 その報せはまたたく間に旧オンガルリはおろかタールコを駆け巡った。

 リジェカにて壊滅したはずのドラゴン騎士団は健在で、いつの間にかヴァラトノに忍び寄り蜂起し湖の街を制圧してしまったのだ。

 代官イクズスは報せを受け、厳戒態勢を布いた。

 そのことはソケドキアにも届き、

「ほう」 

 とシァンドロスは感心して不敵な笑みを浮かべていた。リジェカがタールコに征服されたことも、そこでドラゴン騎士団が壊滅したことも知っているが。このまま潰れるコヴァクスとニコレットではないことも、知っていた。

「コヴァクスとニコレット、ドラゴン騎士団はまさに我がよき宿敵よ」

 東方遠征の準備を着々と進めながら、シァンドロスの視野にはオンガルリとリジェカも将来征服する範囲に入れられていた。

 神美帝とアスラーン・ムスタファーといえば、東方のもう一つの都エグハダァナに逃れ。やや遅れて皇后のシャムスも逃れてきた。

 東方へ逃れたことで、報せが届いたのはヴァラトノの革命が起こってから数日経ってからだった。

「やつら転んでもただでは起きぬ」

 獅子王子アスラーン・ムスタファーは報せを聞いて歯噛みしたが。それと同時に、心のどこかで安堵も覚えていた。

 アスラーン・ムスタファーはドラゴン騎士団を宿敵としていたからだ。

「さていまごろオンガルリはどうなっているでしょうな」

「オンガルリになっているであろう」

 腹心イムプルーツァの問いにアスラーン・ムスタファーは即答した。代官として派遣されたイクズスはドラゴン騎士団と渡り合える器ではないと見ていた。それ以上に、逆境をバネにドラゴン騎士団が飛躍しようとしていると思えてならなかった。

  

 ヴァラトノの革命を受けて、オンガルリの国中は騒然としていた。

 ドラゴン騎士団いまだ健在。

 ヴァラトノを征して、次に目指すはルカベストであると、公言していた。

 腕の覚えのあるドラゴン騎士団の騎士たちを選り抜き、

「国土回復のために決起し、紅の龍牙旗のもとに集まるべし!」

 との檄文を書いた書簡を託して、使者としてオンガルリの旧貴族や武将たちに派遣した。

 同時に軍勢の編成もおこなった。もとは一万五千もの数を集める軍勢だったのだ。いまでこそ数は減っているが、それでもドラゴン騎士団の騎士たちや兵卒をかき集めるだけかき集めて、その数は七千まで集まった。

 征服されていた間、彼らは安穏としてはいなかった。機会あらばタールコから国土を奪還してやりたくてたまらなかった。

 その願いが、かなうかもしれないのだ。

 そして、本家本元のドラゴン騎士団が復活したのである。

 七千もの騎士や兵卒は掲げられる紅の龍牙旗のもとに集まり、ドラゴン騎士団は燃えていた。

 ことは急を要する。

 ドラゴン騎士団の意気も盛ん。

 その決意の炎が燃え上がっているときを逃してはならない。コヴァクスとニコレットは、使者を派遣した旧貴族や武将の返答を待ついとまなどなく。

 ルカベスト向けて進軍を開始した。

 旧貴族や武将らの返答はまだ返ってきていない。となれば進軍中に返答が返ってくるのを期待せねばならない。

 賭けだった。

 が、十中八九の確信はあった。

 彼らも同じように機会あらばタールコを追い払いオンガルリを復興させたいと思っているであろう、と。

 ヴァラトノから進軍を開始し、タールコ軍の迎撃があるであろうことは覚悟していた。

 だが、進軍を開始し一日二日と経っても、タールコ軍が動く気配がなかった。その代わりのように、期待していた旧貴族や武将からの返答が返ってきた。

 ドラゴン騎士団復活したならば、我らも立ち上がらん、と。期待どおりの返答が続々と返ってきた。それとともに、都ルカベストにてお会いしましょうとの返事も添えられていた。

「勝った」

 コヴァクスとニコレットは勝利の確信を持った。

 国中の有志が立ち上がったのだ。 

 まさに革命である。一大革命がオンガルリで起こっているのである。気持ちが昂ぶらずにいられようか。

 

 ヴァラトノ革命の報せを受けて厳戒態勢を布いていたイクズスであったが。それからもたらされる報せはどれもこれも、面白いものではなかった。

 オンガルリ各地で同様の蜂起、革命が勃発し、その地域の代官が討たれたり追放されたというものばかりだったのだ。

 さらに追い討ちをかける事態が発生し、イクズスはさらに頭を抱えることになった。

 かくなるうえは軍勢をルカベストに集結させて、そこでタールコ本国からの救援を期待して篭城戦を考えていたのだが……。

「申し上げます。ファハール殿とアサデ殿が急死いたしました!」

 将校は狼狽しながら、篭城戦を指揮するはずであったタールコの武将ふたりの急死を告げたのである。イクズスの驚くさまは、天と地がひっくりかえったかのようであった。

「なんだと! なぜだ」

「わ、わかりませぬ。ただ、ファハール殿は顔面を、アサデ殿は胸を、何かによって砕かれた様子。そのために、絶命したようだと検死の医師が申しておりました」

「暗殺というのか」

「かもしれませぬが、医師によりますれば、その砕かれ様はなにかの武器でなく、素手によるものらしいのです」

「素手! まさか素手でひとの身体を砕けるものなのか」

「ありえぬことです。なぜそのようになったのか、まったく医師もわかりかね。中には、ドラヴリフトとエルゼヴァス夫妻の呪いではないかとささやく者も出る始末でございます」

「呪い……」

 ドラヴリフトはクンリロガンハの地で。その妻エルゼヴァスはこの、ルカベストの王城で死んだ。聞けばエルゼヴァスは魔女であったという噂が公然の秘密として城内に都に広がっていた。

 とはいえ、ドラヴリフトとドラゴン騎士団の功績は大であり、エルゼヴァスもドラヴリフトの夫人としてふさわしい内外の美しさを備えていた。そしてそれを懐かしむオンガルリの人々の心境によって次第にエルゼヴァスは、

「魔女は魔女でも、よい魔女、白い魔女であったのであろう」

 と噂されるようになっていた。

 オンガルリ人にとってエルゼヴァスはよい、白い魔女かもしれない。しかし、タールコ人にとっては、悪い、黒い魔女であった。

「ドラヴリフト、エルゼヴァス夫妻は悪霊なってタールコ人を呪っているというのか。そんなことがあるのか」

 イクズスは頭を抱えた。

 頼りにしていた武人ふたりに一度に死なれ、その後継を決めねばならぬが。その後継もまた呪いによって死んでしまうのではないか。

 言いようのない恐怖が、イクズスの心を捕らえてはなさない。

「して、呪いの話は城内にどのくらい広まっておる」

「まだ一部の者しか呪いの話をしませぬが、おふたりの指揮官の急死は隠して隠しきれるものではございませぬゆえ……」

「ならば、いずれ城内の者すべてに伝わるであろうな」

「おそれながら、緘口令かんこうれいを布いたとしても……」

 これからドラゴン騎士団やオンガルリ人と戦わねばならぬというとき、このようなことが起こってしまうとは。

 イクズスは苦悶するようになっていた。

 神美帝よりこのオンガルリの地を預けられ、その期待に応えようと彼なりに努力し治めてきた。

 暴政は布かず、人民の心を落ち着け徐々にでもタールコに従属するように仕向けていたのだが。

 それでも、オンガルリの復興をあきらめぬ勢力があって。それがついに牙を剥いた。どころか、呪いとしか思えぬ指揮官ふたりの急死。

 事態はタールコに悪い方向にばかり運ばれていた。

「わしはどうすればよい。神美帝のご期待を受け、オンガルリを治めてきたというのに。おめおめと帰れるものであろうか」

「……」

 将校は言葉もない。

 こうしている間にも、ドラゴン騎士団は迫ってきているのだ。

 苦悶するイクズスであったが、ふう、と大きく息を吐くと。

「篭城はやめじゃ」

 と言う。

「では、どうなさいますので」

「わし自ら軍勢を率いて、ルカベスト郊外にてドラゴン騎士団を迎え撃とう。こうなれば、是非もない。誰でもない、わし自身が戦いタールコ人の意地を見せるまで。勝敗は、この際問わぬ」

 神美帝にオンガルリを任されるだけあって、イクズスもそれなりの人物であった。

 観念して、すべてをタールコの神に託そうとしていた。

 

 紅の龍牙旗掲げてドラゴン騎士団進めば、志を同じくし立ち上がったオンガルリ旧貴族や武将らの率いる軍勢と合流し、その数は進むほどに増えていって。

 ついには、軍勢は二万五千となった。

 二万五千の軍勢は、紅の龍牙旗にいざなわれたという思いも強かった。また、神と、天上に昇ったであろうドラヴリフトとエルゼヴァス夫妻の加護が、我らを紅の龍牙旗のもとに集わせた、という運命と使命感をも感じていた。

 そう、これは運命の決戦なのだ、故国奪還という重大な使命ある戦いなのだ、と。

 それも、紅の龍牙旗があればこそであった。

 度重なる試練に襲われ、それを乗り越えねばならぬコヴァクスとニコレットは運命や使命感というもの以上の、ごうともいうべき目に見えぬなにかの力が自分たちを動かしていると思えてならなかった。

 この、あとに退けぬオンガルリでの戦いの勝敗如何で、自分の運命が決するのだ。いや、自分だけではない、モルテンセン王にその妹マイア王女にイヴァンシム率いる赤い兵団やリジェカで再編されたドラゴン騎士団。

 そしてリジェカの国。

 さらに、オンガルリの王族は無論のこと、オンガルリの国そのものの命運を。そして父と母の仇を、すべてのありとあらゆるものを担い、そのために戦っていた。

 それは、業を使命に変える戦いであった。

 業に翻弄されるのではない、強い心を持って業に立ち向かい、業、すなわち使命へと転換するために、戦うのだ。

「父上、母上、どうか我らをお守りください」

 コヴァクスとニコレットは天上を見上げて、亡き父と母に祈った。

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