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第二十六章 故国奪還 Ⅰ

 代官はもろ手をあげて、

「降参だ。タールコへ帰る!」

 と訴えながら庁舎を出てコヴァクスの前に姿を現した。

 降参という代官の言葉を聞き、警備兵はあっけにとられたが、もう街中がドラゴン騎士団になったかのような状況になっていては、抗うところで結果は目に見えている。

 警備兵らは代官が降参というので、憮然としながらも武器を捨てた。

「潔いことだ。ならば今日中に、ヴァラトノを出よ」

 コヴァクスは喜色を浮かべて代官に言った。

 街のところどろこでドラゴン騎士団の騎士と警備兵が渡り合っていた。が、それもやまった。

「万歳、ドラゴン騎士団万歳、オンガルリ万歳!」

 どこからともなく、万歳の声がこだまする。それに唱和するように、次々に、万歳の声が夜空に轟いた。

 革命はなった。

 だが、犠牲がないわけではなかった。

 やはり警備兵と渡り合って、討たれた者も十名ほどいた。その中には、レリアスもいた。

 だが彼の顔には悲壮さはなく、むしろドラゴン騎士団の騎士として闘えたという満足感に溢れていた。

 他の者たちも、勇敢に戦って散っていった。

 時は経ち、朝日が昇る。

 コヴァクスは革命に散った者たちの冥福を祈り、手厚く弔うよう指示した。

 代官らタールコ人たちは、身支度を整えると、飛ぶようにヴァラトノを去ってゆく。かくして、ヴァラトノはタールコ領でなくなった。

 コヴァクスとニコレットは入れ替わるように「我が家」に入った。

「長かった」

 コヴァクスは柱や壁を撫でながら、ヴァラトノ奪還の感激にひたっているようだった。調度品などは入れ替わってはいたが、内装自体は変わっていない。

 そこへ、王族をともなってニコレットが庁舎に入ってきた。

「お兄さま、戦いははじまったばかり……」

 ひたるコヴァクスをいさめるように、ニコレットは言うが、自身も久しぶりに帰る「我が家」にいて、感激を抑えられず色違いの瞳は潤んでいた。

(たしかにそうだ)

 コヴァクスは気を持ち直し、ニコレットにともなわれてきた王族四人に跪く。

「おひさしゅうございます。お元気そうで、なによりでございました」

「小龍公、コヴァクスですか。そなたも、達者でありましたか」

 女王ヴァハルラは、憂いを含んだ目で、コヴァクスを見つめていた。

 革命なって喜んでいるであろうと思っていたコヴァクスは、ヴァハルラに喜色なくむしろ憂いを帯びていることが、やや不思議であった。

(女王は、どうされたのであろう)

 深夜突然の革命、きっとそれで驚き疲れているのかもしれない。コヴァクスはそう思った。

「まずは、こちらへ」

 ニコレットはヴァハルラを広間へ導き、一段高いところにある領主用の椅子に座らせた。王女と王子たちは、一緒に来たメイドたちとともに二階の寝室へゆき、そこで休んだ。

 領主の椅子に腰掛けるヴァハルラの前には、コヴァクスとニコレットに、マジャックマジルら他数名の騎士が跪いている。

「長らくお待たせいたしたことと存じます。我ら兄妹きょうだい、昨年、逆賊イカンシに謀られはからずも国を出て、異郷にて戦う日々を過ごしてまいりましたが。ようやくこうして、わが故郷ヴァラトノを奪還し。さらに王国の復興の狼煙を、このヴァラトノより上げることとなりました」

「……」 

 ヴァハルラはコヴァクスの言葉を黙って聞いている。兄に続きニコレットが、口上を述べる。

「こうして女王を頂き、王国復興のために戦えること、騎士としてこれ以上の名誉はありません。かならずや、都へ女王、王女、王子をお連れいたします」

「そうですか、頼みます」

 ヴァハルラは口数少なく、そう言ったのみ。どうにも、乗り気ではないようだ。

(女王はお疲れのご様子。今日はお休みいただいて、我らの志をお伝えするのは、明日にしよう)

 コヴァクスとニコレットは互いに目配せし、

「それでは、また明日お目にかかります」

 と言って、他の騎士とともにさがってゆく。ヴァハルラはメイドに伴われて、二階の寝室へゆく。

 部屋で一人になると、ベッドにたおれこみ、精霊にいざなわれたかそのまま泥のように眠りについた。

 

 夜になって、夜食となり王族四人は一階の食堂に出た。

 子どもたちは空腹だったようで、たらふく食事を食したのだが、ヴァハルラはあまり口をつけず。何も言わずに、二階の寝室にゆきベッドに腰掛けると、メイドに命じてニコレットを呼びにいかせた。

 ややあって、メイドにともなわれてニコレットがやってきて、跪く。ヴァハルラはふたりだけで話がしたいと、メイドを部屋から出した。

 ちなみにコヴァクスとニコレットはベッドの並んだ一階の召使用の大部屋で他の騎士たちとともに過ごしていた。

「何用でございますか」

「それですが……」

 憂いを見せるヴァハルラをニコレットは心配していた。

 何が女王を憂えさせるのだろう。

「わたくしは、もう、まつりごとにかかわりたくありません」

「え……」

 思わぬ言葉が女王から出て、ニコレットはやや困惑した。女王には是非とも都に戻って、オンガルリを治めてもらわねばならないと思っていただけに。

「ここでの、ヴァラトノでの平穏な生活にわたくしは満足しています。都へ戻る気は、ないのです」

「ですが……」 

 言葉をつまらせるニコレット。

 なぜ女王はそのような気持ちを持つにいたったのだろう。それが気がかりだった。

「昨年、わたくしはイカンシに騙されていることに気づき、さらに王に去られて、ひどく胸が痛かった。それとともに、政にかかわることが、そういうことだと思うと、もう」

「……」 

 ニコレット、言葉もない。

 たしかに政は負担が大きい。相当な胆力がなくば、重圧に押し潰されてしまうであろう。

 ヴァハルラとて、女王としてのつとめをよく果たしてきた。しかし昨年、なにもかもがひっくり返ったような衝撃に襲われて、気力が相当萎えたと見える。

「お気持ちはわかりますが、王が行方知れずのいま、女王が国を治めずに誰が国を治めるのでございましょうか」

「わかっています。だからこうして悩んでいるのです」

 ヴァハルラはいまにも泣き出しそうだった。これでは、たとえオンガルリの復興がなっても、治める者がいない王座空席という事態になってしまう。

 バゾイィー王が見つかればよいのだが、どこでなにをしているのやら。クンリロガンハにてイカンシにたぶらかされていたことを知った王はそのことをひどく悔いて、タールコに向かって以来行方知れずである。

 なんと言えばよいのか、ニコレットが考えあぐねているとき、寝室のドアが強くノックされる。

「お母さま、アーリアでございます」

「アーリア……」

 女王は立ち上がってドアを開けようとしたが、

「わたくしが」

 とニコレットが進み出てドアを開けた。途端にアーリアはニコレットの横を駆け抜け、母である女王にだきついた。

「お母さまがいやなら、私がかわってオンガルリを治めます。ねえニコレット、それでいいでしょう」

 なんとアーリアはドア越しに話を聞いていたようだ。いてもたってもいられなかったことは、その様子を見ればよくわかる。

「王女、国を治めるにはまだ若すぎるのでは」

 アーリアはまだ十一になったばかりだ。国を治めるには早すぎると思わざるを得ないのだが、勝ち気な性格の王女はゆずらない。

「リジェカの王だって若いって聞いたわ。たしか私とそんなに年が変わらないのでしょう。なら、いいじゃない。オンガルリは私が治めるわ」

 いよいよニコレットは返答に詰まった。まさかこんな成り行きになろうとは。

「アーリア、無理を言うものではありません」

「でもお母さま、女王がもういやなのでしょう。それなら、お母さまの苦労を私がかわって引き受けますわ」

 アーリアは向こう見ずにも、母親にかわって自分が女王の役割を果たそうと思っていた。

 なんと親孝行な王女なのだろうと、ニコレットは感激を覚えたが。困惑も覚えた。

 復興の戦いの象徴として、大義名分として、女王が必要であった。それが、本人がそれを拒み、娘が担うというのでは……。

(いや、私は女王を利用しようとしているのではない)

 戦いに大義名分は必要だが、そのために女王を利用するのでは、イカンシと同じではないか。

 葛藤が芽生えた。

 本人にその意思がないなら、無理に引き受けさせず、アーリアの言うとおりに王女を立てるか。

(どうしよう)

 さすがにこれはニコレットひとりでは決めかねる。

「わたくしひとりでは決めかねますので、兄やマジャックマジルたちと相談をした上で決めたいと思いますが、よろしいでしょうか」

「相談なんかする必要ないわ、私がやると言ったらやるの!」

 アーリアは引き下がらない。

「これ、アーリア。ニコレットを困らせてはいけません。小龍公女、ニコレットよ、無理を言いますが……」

 重い空気がのしかかり、誰もが無言になった。

「では、失礼いたします」

 ニコレットは一礼して、部屋を退出した。


「困ったものだな……」

 ニコレットからことの次第を聞いたコヴァクスはため息をついた。

 さあ、これからが本番だと気合をいれていたところを、水を差されたようだ。

「しかし女王は、ひどく気落ちなされていたのですな」

 ヴァラトノでの生活ぶりを思い出し、マジャックマジルも嘆息する。まさかその生活に満足して、政にかかわりたくなくなっていたとは。

「無理もないわ。イカンシに騙されて、そのために国が滅んだのだもの」

「その滅んだ国を復興させるために、オレたちは戦っている。だが女王があの有様では、先が思いやられるというものだな」

「しかしアーリア王女はまた勝ち気なものですなあ」

 これには、マジャックマジルにコヴァクスも感心しているようだ。

 リジェカのモルテンセン王を例に出してまで、自分が母に変わって国を治めるというのだ。親孝行であるが、それ以上に勝ち気で向こう見ずなところがある。

「困ったことだが……。女王を説く時間はない。明日から支度を整え、一刻も早くルカベストを目指さねばならんのだ」

「ならば、王女の言うとおりになさりますのかな」

「そうね、時間が惜しいいまは」

「やむをえませぬか」

「ルカベストを征すれば、女王も考えをあらためられるかもしれん。それに賭けるしかない」

 コヴァクスは観念して、ルカベスト攻略に専念することにした。ニコレットも同じだった。

 翌朝、ニコレットは相談したことを女王と王女に告げた。女王は安堵し、王女は無邪気に喜びを見せた。

 その一方で、ルカベスト出征の支度が着々と進められていた。

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