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第二十五章 起死回生 Ⅳ

 どうにか人目を避けて、四十九騎はヴァラトノに入った。

 小高い山の道なき道を、馬を曳きながら歩く。山から見える、ヴァラトノ湖や、その周辺の建物たち。

「おお」

 思わず、コヴァクスとニコレットは声をあげた。

 故郷だ。故郷ヴァラトノに帰ってきたのだ。

 が、帰るのが目的ではないのだ。これは戦いの始まりなのだ。

「レリアスを覚えておいでですか。まず彼の家にゆきましょう」

 マジャックマジルは言う。もちろん、四十九騎でおしかけるのではない。コヴァクスとニコレットと、マジャックマジルの三人で夜密かに訪れるのだ。

「レリアスか、覚えているとも」

 コヴァクスとニコレットは頷き、レリアスを思い出す。

 陽が落ち深夜になるのを待って、コヴァクスとニコレット、マジャックマジルは馬を置いて密かにレリアスの邸宅へ向かった。

 レリアスの邸宅はヴァラトノの街の中にある。静まり返って眠りに着いた街の中で、三人は気配を殺してレリアス宅に向かった。

 幸い、誰にも見つからず邸宅につき、ドアをノックする。

 眠りについていたレリアスはこんな時間に誰だと思いつつ、はっとする。マジャックマジルら四十七人の騎士は、ヴァラトノを発つ前にレリアスに告げた。

「もしなにかで帰る機会があれば立ち寄るゆえ、そなたはヴァラトノに残り、我らを待っていてくれ」

 と。

 まさか、と思いつつ、ドアまでゆき、小声で、

「マジャックマジル殿ですか」

 と問えば。

「左様。小龍公に小龍公女もご一緒じゃ」

 小声の、確かにマジャックマジルの声の返答に、レリアスは心臓が飛び出すほど驚き。思わず声を上げそうになって、慌てて口をつぐんだ。

 小龍公と小龍公女がご一緒だと!

 これはまさに、予想外のことだった。

 そっとドアを開ければ、確かにマジャックマジルとともに、コヴァクスとニコレットがいるではないか。

「ささ、中へ」

 素早く三人を中に入れ、ランプの火を灯す。

「おお、小龍公に小龍公女。よくぞ……」

 レリアスは感激で声と身体を震わせていた。

 黒髪に黒い眼、堀の深い顔立ちの、二十八歳になるレリアス、ドラヴリフトありしとき、タールコとの戦いで足を負傷して、以来歩くときに足を引きずるようになっていた。

 しかしそれでも前線にて騎士としてよく働き、周囲の評判はよくドラヴリフトの覚えもよかった。

 あのとき、クンリロガンハの戦いでドラヴリフトが死に。王も国を出てゆくのを見て、そしてオンガルリがタールコの支配下に置かれて、ヴァラトノをカンニバルカが治めて。それ以来、彼の心にぽっかりと穴があいたような失望感が芽生えて。

 騎士の身分を捨てて、若いながら隠棲生活を送っていた。

 が、その失望感は、四十七士が国を出ると聞いたときに消えて、希望が胸に蘇り。自分も是非ゆきたいと強く思ったものだった。しかし、足が不自由では……。

 やむなく言いつけを守ってヴァラトノに残り。マジャックマジルを待っていたのだが、まさかコヴァクスとニコレットまでもがやってこようとは。

「久しぶりだな、レリアス」

「はい」

「昔話に花を咲かせたいところだけど、いまはそれどころじゃないから、単刀直入に言うわ」

 ニコレットは、静かに、だが力強く、ヴァラトノで蜂起しオンガルリをタールコから取り戻す旨を語った。

 レリアスは驚き呆然としながら聞いている。

「蜂起する以上、まとまった数の兵力がいる。ドラゴン騎士団の騎士たちに、そのことを伝えてほしい」

「やりましょう」

 即答だった。

 ドラゴン騎士団による蜂起。

 革命である。

 革命を起こすのである。

 そもそも、このヴァラトノを治めていたカンニバルカは、ドラヴリフトの首を刎ねた男である。同時にイカンシの首も刎ねているのだが、ドラヴリフトはすでに死したところを首刎ねられたのである。それは亡きドラヴリフトを辱めることだと、内心誰しもが思っていた。

 だから、ヴァラトノの人々はドラゴン騎士団ならずともカンニバルカに好印象を持っていない。

 できることなら反乱でも起こしてやりたかったが、カンニバルカは抜け目のない男である。起こしたところで負けは目に見えている。だから起こすに起こせず、複雑な気持ちを抱え、ことにドラゴン騎士団の騎士たちは、悶々と日々を過ごしていた。

 それを晴らす機会が来たのだ。

 カンニバルカはリジェカに出征し留守。そこへコヴァクスとニコレットがやって来た。

 まさに、時機到来である。

 レリアスは足を引き摺りながら、立ち上がって、外へ駆け出そうとしていた。

「いまからでも、同志たちのもとへゆき、このことを伝えにまいりましょう」

「いや、まて」

 マジャックマジルは急くレリアスを慌てて止める。

「夜中にうろうろしていれば、タールコの警備兵に怪しまれよう。ここは、茶でも飲みにゆくように、白昼堂々同志を訪れたほうがよかろう」

「うむ、確かに」

 レリアスは心焦ることを苦笑し照れ、恥じた。

「我らも必要以上に外に出るわけにはいかぬゆえ、悪いがここに泊まらせてもらうが、よいか」

「はい、是非とも使ってください」

 レリアスは興奮を隠し切れない様子だった。長い闇夜が終わり、ようやく陽の光が射すような開放感を感じていた。

 レリアスはコヴァクスとニコレットに寝床を提供しようとしたが、あいにく寝床は一つしかない。ということで、コヴァクス寝床を妹に譲り。ニコレットも好意に甘えた。男三人は床に転がって寝た。

 それでも、コヴァクスとニコレット、マジャックマジルは残りの四十六騎に申し訳ない気持ちだった。彼らは野宿なのである。しかしまた外にでて戻ろうとしたところで、警備兵に見つかるようなことはあってはならないので、やむをえなかった。

 ともあれ、朝も待ち遠しく、四人は眠りに着いた。


 朝が来るとともに、レリアスは同志のもとへ遊びにゆくような気楽さを装い赴き。コヴァクスとニコレットがヴァラトノに戻って革命を起こそうとしていることを告げた。

 訪問を受けた同志は、たいそう驚き、感激し、やろうではないかとレリアスと硬い握手をかわす。

 それから、二人はそれぞれ同志のもとを訪れては革命を告げて。それから、四人がそれぞれ同志のもとへ赴き、そこからまた八人がそれぞれの同志のもとへと赴き、という風に、ドラゴン騎士団の騎士たちに話は早く伝わっていった。

 陽が沈むころには、百八人に話が伝えられた。

 レリアスは帰宅し、そのことをコヴァクスとニコレット、マジャックマジルに興奮気味に語る。

「百八人か。我ら四十九騎と合わせれば、百五十七名。うん、これくらいでいいだろう」

 コヴァクスは手ごたえを感じているようだった。ニコレットも笑顔だった。

「よくやってくれたわ、ありがとうレリアス」

「なんの、それがしは騎士としての役目を果たしたまで」

 四人の心では、闇夜に朝日が昇っていた。

「ドラゴン騎士団が、復活するのね」

 ニコレットは、感慨深く語り。三人は大きく頷いた。


 夜も更け、コヴァクスとニコレット、マジャックマジルは来たときと同じように人目につかぬよう闇夜に紛れて、山に戻った。

「あと一日待ち、明日の深夜に、我らは下山しまっしぐらに庁舎を目指す。そのときに、かねてから打ち合わせていた同志も立ち上がる」

 マジャックマジルは計画を語る。いまゆくのではなく、一日待つのは、同志に準備する時間を与えるためだ。

「話の及んでおらぬ者たちも、我らを見て立ち上がるであろう。そうなれば、タールコの者どもを追い払うこともできようて」

「ヴァラトノにてドラゴン騎士団が革命を起こしたとなれば、他の地域でも同じように革命に立ち上がる者が続出するであろう。これは賭けではあるが、もしそうなれば勢いをつけて都ルカベストにも進出できる。みんな、心してかかってくれ」

 コヴァクスは闇夜の中でも光る騎士たちの目を見ながら語った。

 だがしくじれば、敵国の真っ只中である、確実に討たれて、死ぬであろう。誰も口にしないが、それは覚悟の上だった。

 所詮、袋の鼠のような状況。どうにかしてでも、袋を噛み破らねばならぬのだ。死を恐れてできることではなかった。


 陽が昇り、四十九騎は夜をひたすら待った。

 離れた場所では、龍菲は木の枝に横たわりのんきに昼寝をしていた。

 待っているときは、時間がゆっくりすぎてゆくように感じるものだ。四十九騎は早く沈めと、時折陽を見上げて見据えていた。

 待って待って待って、ようやく陽が沈み。夜の帳が落ちて、太陽に代わって三日月と星たちが天に昇った。

 それでも深夜まで時間がある。

 あせる心を抑え、もうすぐ、もうすぐとてぐすね引いて深夜を待った。

 山からは、地上の星のように、街の灯火が灯っていた。その灯火も、ひとつ、またひとつと消えてゆき。ついには、街は闇に飲まれるように夜闇に消えた。

「よし、ゆくぞ」

 四十九騎は馬を曳いて山を下った。

 昼から寝通しだった龍菲は気配を察して目を覚まし、距離を置いて四十九騎を追う。

 山を下りると、皆一斉に馬に乗った。マジャックマジルは紅の龍牙旗を掲げている。

「抜剣!」

 ニコレットの号令が下り、皆一斉に剣を抜く。

「かかれ!」

 闇夜に馬蹄を響かせ、四十九騎は一斉に駆け出した。

 眠りについていた街は、突然の馬蹄の響きに驚き飛び起きる。警備兵は槍をかまえ、騎馬隊が街に向かってくるのを見て。

「反乱だあ」

 と叫んだ。

 その叫びが終わるころ、剣がひらめき警備兵はたおれた。

 時を同じくして、四十九騎を待っていたレリアス以下、百八人の騎士たちも武装し剣を掲げて打って出た。

 騎士といっても、騎士の身分を捨てていた者もいるので馬はなく徒歩立ちで駆けた者も少なくない。しかし気持ちは騎士そのものだった。

 総勢百五十七名の騎士たちは、たちはだかる警備兵を押しのけ薙ぎ倒しながら、まっしぐらに庁舎に向かった。

「あ、紅の龍牙旗!」

 話の及んでいなかった騎士たちは、紅の龍牙旗を掲げた騎馬隊が街を駆け抜けるのを見て咄嗟に、

「ドラゴン騎士団が革命を起こしたのだ!」

 と直感し、急いで武装し騎馬隊の陣列に加わろうとした。

 そればかりか、非戦闘員である庶民の中からも、棒切れなどをかついで、

「ドラゴン騎士団が復活したぞ」

 と叫んで、陣列に加わろうとしていた。一旦眠りについたヴァラトノは、あっというまに目覚めて、まるでひとつの大きな生命体が声をあげるように、喚声につつまれた。

 ドラゴン騎士団は、紅の龍牙旗はそれほどまでに人々の心に刻み込まれていたのだ。

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