第二十五章 起死回生 Ⅱ
幸いタールコ軍からの追っ手もなく、フィウメに無事たどり着くことができた。
フィウメはドラゴン騎士団らが来たことで、蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
フィウメに逃れたモルテンセン王を迎えに来たのではなく、タールコ軍に敗れてやむなくフィウメに逃れたのだ。
人々はいよいよ次はここか、と怖れるのも無理はないことであった。
反乱にタールコの征服。フィウメにもたらされる報せは悪いものばかり、これで人心が整うわけもなく。
太守メゲッリのみならず、モルテンセンにイヴァンシム、そしてひとまずとフィウメにやってきたドラゴン騎士団四十七士は、郊外までコヴァクスやニコレットらを出迎えた。
「よくぞご無事で」
メゲッリとイヴァンシムは感慨深く言った。とはいえ、当初二万の軍勢がいまは五百たらずである。その惨状、察して余りある。
モルテンセンも喜びと憂いを半ば織り交ぜた表情で出迎えた。
その一方で、ドラゴン騎士団四十七士は思わずメゲッリやモルテンセンを押しのけて、コヴァクスとニコレットに駆け寄った。
「小龍公、おひさしゅうございます」
「小龍公女もご健在のご様子、我ら危険を冒し国境を越えた甲斐があったというもの」
四十七士はコヴァクスとニコレットを取り囲んで、口々に思いのたけを語った。
「ま、マジャックマジル! お前、フィウメに……」
「はい、オンガルリはタールコに征服されるも、我らドラゴン騎士団の誇りを捨てられず」
「それで、国境を越えて来たというの」
「左様でございます。それもこれも、小龍公と小龍公女とともに戦いたいがため」
マジャックマジル以下、ドラゴン騎士団四十七士は、きょろきょろと頭を振った。たしか、ソシエタスもともにいたはずであるが。
「ソシエタス殿は?」
「ソシエタスは、死んだ……」
「なんと」
マジャックマジル、言葉一瞬言葉をつまらせる。
「さぞ無念であったでしょう」
「私を逃すために、犠牲になったわ」
「いやさ、小龍公女のために死ねたのなら、むしろ本望でございましょう。このマジャックマジル、いや四十七士、皆小龍公と小龍公女のために死ぬ覚悟でございます」
「……」
今度はコヴァクスとニコレットが言葉をつまらせる。自分のために部下が死んで平気でいられるような気質ではない。
これまでの戦いで、どれほどの「戦士」たちが散っていったのであろう。
モルテンセンとメゲッリは端からドラゴン騎士団の再会を微笑ましく見つめていた。ドラゴン騎士団四十七士が国境を越えフィウメに来たときは、たいそう驚いたものだった。
当初はオンガルリのドラゴン騎士団だという確信が持てなかったが、彼らの持参していた龍牙旗を見せてもらい。それを根拠にドラゴン騎士団であるとひとまず認めた。
その四十七士は、コヴァクスやニコレットがまだフィウメにいないとなると、フィウメを飛び出し捜し求めようともしたものだった。それを、タールコ軍が来ているから、危ないから、と止めたものだった。
メゲッリの忠告を受け、ドラゴン騎士団はやきもきする思いで待っていたものだった。
その様子を見て、彼らはまことドラゴン騎士団であり、フィウメにとどめ置いても害をなすことはないだろうと居候をさせていた。
四十七士とてただで居候をしてたわけではない。飛び出したい気持ちを抑え、フィウメの警護に加わり、守備兵とともにいざというときに備えていた。
彼らの話題は常に、コヴァクスやニコレット、オンガルリの復興であった。
「話も尽きぬであろうが、ひとまずは街でゆっくりくつろがぬか」
モルテンセンはそう語りかけ、コヴァクスやドラゴン騎士団四十七士らは王の好意に従い街に入った。
そのときに、四十七士と赤い兵団のダラガナやセヴナ、リジェカにて新たにドラゴン騎士団の騎士となったジェスチネとアトインビーらは互いに自己紹介をし合った。
龍菲は控えめに、後ろの方でついていった。
太守の庁舎に入ったとき、モルテンセンの妹マイアにメイドのカトゥカ、そしてクネクトヴァもコヴァクスらの姿を見かけて歓喜して出迎え。ことにマイアはニコレットに抱きつくほど喜んだものだった。
「ニコレット! よかった、無事で」
「王女も、よくぞご無事で」
ニコレットも色違いの瞳を潤ませ、マイアを抱きしめた。大きな波乱を経ても、またこうして抱擁しあえることが、どれだけ幸運なことか。しかしその幸運もいつまで続くのだろう。
モルテンセンやコヴァクスはそれを微笑ましく見つめていた。
五百の兵であるが、彼らには宿や空き家が割り当てられ、そこが宿舎とされた。四十七士も同じように世話になっている。
街は守備兵による警備がなされ。四十七士もすぐにおのおのの持ち場に着いていった。
そのおかげで都メガリシから敵中突破をしてきた兵士たちは、ベッドでそのまま泥のように眠る者、水で濡らした布巾で身体を拭き汚れを落す者など、それぞれ思いのまま、くつろいでいた。
太守のメゲッリにモルテンセン王、イヴァンシム、クネクトヴァ、コヴァクスとニコレットにダラガナ、そして四十七士の頭領であるマジャックマジルといった主な者は太守庁舎の一室にて円卓を囲みこれまでのこと、これからのことを語りあった。
マイアはメイドのカトゥカに、赤い兵団の紅一点であるセヴナが付き添い、一緒に絵本などを読んでいる。
龍菲は、ぶらりと街を、目立たぬようにほっつき歩き。得意の体術・武功を駆使し街の片隅の家屋の屋根に、跳躍して乗り上げ、屋根に腰掛けて空を眺めていた。
円卓を囲む面々は、いまの危機的状況にあって打開策を見出せず。語れども語れども追い込まれている、というわかりきったことにいきつくのであった。
「残念ながら、我々は追い込まれた兎や狐も同然。ちょっとやそっとのことでは、この事態を切り開くことはできませぬ」
イヴァンシムは渋い顔をして言う。
モルテンセンは一同の顔を見渡す。幼さに似合わぬ真剣な表情であった。それも王であるがため。
「このままでは、いずれカンニバルカ率いるタールコ軍が来るであろう。勝てる見込みは、少ないか?」
「残念ながら……」
太守メゲッリが応える。フィウメの兵力はかき集められるだけ集めても、二千たらずである。かつてのように、攻める側に弱みがあればいいのだが、カンニバルカの勇名はフィウメにも轟いている。
「ドラゴン騎士団やリジェカ正規軍に数で負けながらも、これを負かすほどの将を相手に攻められれば、勝てる見込みは少ないどころか、率直に申し上げれば、……ありませぬ」
「そうなのか」
モルテンセンは苦々しく腕を組み親指をかむ。まだ十を少し過ぎたばかりであるのに、やけに大人びた動作であった。ほんとうなら、悪友たちとやんちゃとしたり意中の異性に胸をときめかせてもよい年頃であるのに。
王座というものは、いかに重いものか。モルテンセンを見ていると一同はその重さに胸打たれる思いだ。
「我らが不甲斐無いばかりに、面目次第もございません」
コヴァクスは伏し目がちにモルテンセンに詫びた。メガリシでカンニバルカ率いるタールコ軍を撃退できていれば。と無念が募る。
それを見ていたニコレットは、どうにかならぬか、と思いをめぐらす。
なんとしても、ここは雪辱を果たしたいところだ。
それはマジャックマジルもイヴァンシムも、ダラガナも同じだった。
クネクトヴァも神弟子として心の中で神に祈りながら、なにかの策がないか頭をめぐらせていた。というとき、
「あっ!」
と声をあげた。
「いかがした」
モルテンセンは己が親友とする従者が声をあげたのを聞き、何事かと問うた。
「はい、思いつくには思いついたのですが、わたくしの考えなど大人の皆様に比べればまさに子供だまし……。取るに足りませぬ」
「それでもよい、思い当たることを言ってみよ。遠慮はいらぬ」
「そうだ、遠慮せず言ってみるがよい。少年の思いつきだからとて、まるきり駄目とは限らぬ」
イヴァンシムもクネクトヴァに発言をうながす。コヴァクスやニコレットも同じように言うので、では、とクネクトヴァは語り始める。
「いまはオンガルリにカンニバルカはおりませぬ。ならばいま、オンガルリは攻めやすいのでは、と思ったのですが……」
「それだ!」
コヴァクスが声を張り上げた。
「追い込まれたことばかり考えて、そんな簡単なことも思い至らなかった。クネクトヴァよ、ありがとう」
「な、なんのことでございましょう?」
コヴァクスが自分の言ったことでやや興奮しているようなので、クネクトヴァはぽかんとする。
「うむ、たしかにクネクトヴァの言うとおり、いまオンガルリにはカンニバルカはおらぬ」
マジャックマジルがうんうんと大きく頷いていう。カンニバルカの人となりをなまじっか知っているゆえに、得体の知れぬものを感じていたのだが。そのカンニバルカはいまオンガルリにはいない。
ながくオンガルリにいたマジャックマジルである。ある程度国情には詳しい。征服後のオンガルリに人物といえる者はカンニバルカくらいなもので、他はいない。ということは、オンガルリはいまは多少なりとも攻めやすいとも言えるのではないか。
「やはり少年の頭は柔らかくできておる。この老いぼれもそんな簡単なことも思い浮かばなんだ。やはり年じゃのう」
「私の考えたことは、そんなたいそうなものでしょうか」
「いや、たいしたもんじゃよ」
マジャックマジルは嬉しそうに言う。そこへ、イヴァンシムが口を挟む。
「なるほどいまのオンガルリは攻めやすいでしょう。では、具体的にどのようにして、攻め込むのか。それを考えねばなりますまい。その具体性がなくば、状況を生かすことはできませんぞ。いや、水を差すようなことを言いますが、追い込まれるがゆえに安易な考えに飛びつくのも十分危険であることをご承知くだされ」
「そうね、イヴァンシム殿の言われるとおりだわ。クネクトヴァはいいことを気づかせてくれたけど、それで、どう攻めるのです?」
色違いの瞳で一同を見渡すニコレット。
言葉通り、水を差されたようにコヴァクスとマジャックマジルは腕を組んで考え込む。
フィウメの兵力は専守防衛はともかく、他国へ攻め込めるほどの数はそろえられない。
いまのフィウメは袋小路に追い込まれた鼠のようなものであった。
かといって、座して踏み潰されるのを待つわけにもいかず。ましてや降伏など、まだできぬ。
力及ばぬとて戦える状態にあるのなら、力ある限り戦い続けたい。
「そうですな、もはや最後の策と覚悟を決め、賭けに出るのもよいでしょう。ことにマジャックマジル殿によっく聞いていただきたい」
イヴァンシムが口を開く。なにかを思いついたようだ。が、イヴァンシムが最後の策、賭け、と言うことがどういうことか。
いかに危険とて、もうそれしかない、ということか。
言われてマジャックマジルはまじまじと、イヴァンシムを見据えた。
イヴァンシムはマジャックマジルはもちろん、一同を見渡し、己の考えを述べた。