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第二十五章 起死回生 Ⅰ

 リジェカはタールコに征服された。

 民族主義に目覚め反乱を起こし、新たに王となったカルイェンは焼かれるはずのない神の火によって焼かれた。

 すべてが焼き尽くされたのち、カンニバルカは広場の中心にたたずみ、周囲を見渡し民衆に告げた。

「この都では、民が殺し合っていたのだな。殺し合いが好きか。ならば、存分に殺し合え!」

 広場を囲む民衆はざわめく。

 カルイェンらが神の火によって火刑に処され、「目覚めた」人々は唖然とし、あるいは騙されたと地団駄を踏み、あるいは歎きの涙を溢れさせ言葉にならぬ言葉を発していた。

 異邦人、売国奴とされた人々は、カルイェンらの火刑に溜飲を下げたものの、それまで一方的に処刑されてきた怨みがすべて消えたわけではなかった。

 しかし、カンニバルカの「殺し合え!」という言葉に、誰しもが身体を硬くし固唾を飲んで重い空気にのしかかられるがままだった。

 まさか、占領者であるタールコから、殺し合え、などと言われるなど誰も想像しえないことだ。

「どうした。さっきの続きをしないのか! 別に止めはせんぞ」

 確かに、さきほどまで都メガリシでは異邦人、売国奴とされた民衆が蜂起し、守備兵と「目覚めた」人々と血で血を洗う争いを繰り広げていた。

 驚いたのはタールコの部将も同じだった。

 見事ドラゴン騎士団・リジェカ正規軍を破り都を制圧したことで、カンニバルカに対する信頼の度が増したのだが。まさかそんなことを言うとは、タールコの部将や将兵らも想像しえないことであった。

 都を占領したのなら、争いを鎮め統治をせねばならないのだが。カンニバルカ、何を考えているのか。

「我らがお前たちにおとなしくせよと言ったところで、素直に言うことを聞くか。憎みあっている者同士、ともに生きることができるのか。ならばよし。でなければ、どちらかが倒れるまでやるしかないのではないか」

 大剣をかついで、鋭い眼光で都の民衆を見渡す。

 誰しもが威圧されて、動けず、何も言えなかった。

 いかに憎みあっているとはいえ、タールコの監視下で殺し合いをするほど、民衆は狂ってはいなかった。

 それまでの熱狂は、今はもう覚めていた。

「どうした。やるのか、やらんのか、はっきりせい!」

 ぶうん、と大剣を横に振った。風を切る音が、民衆の耳朶にまで響くようであった。

「お待ちあれ」

 と進み出るのは、長者風の老人であった。都の名士であろうか。

「なんじゃ」

「民が争うていたのは、なにも殺し合いが目的ではありませぬ」

「そちらの事情など知ったことではないが。殺し合いをせねば気が済まぬ者も多いのではないか」

「皆がみな、争いを望んでおるわけではありませぬ。中にはこの悲劇を嘆いておる者もあることを、是非知っていただきたく」

「じいさん、あんたは嘆いたのか」

「はい、それはそれはもう、胸が張り裂けそうなほど……」

 涙を目に浮かべる老人の言い分に嘘はなさそうであった。

 が、カンニバルカは油断なく老人を見据えていた。

「ふん。ならば、メガリシの民は今後はおとなしくすると、保証できるか」

「和を以って治めていただけるならば、協力いたしましょう」

「じゃが、まことのリジェカに目覚めた者は、我ら異邦人を心底憎んでおると聞くぞ。その者らも、おとなしくさせることができるか」

「それは、必ず……」

 と言う老人の話をカンニバルカはさえぎり、

「おい、まことのリジェカに目覚めた者はまだいるか。おるならば、遠慮なく、かかってこい!」

 などと挑発的なことを言う。しかし、反応はない。

「まことのリジェカ人はタールコになど征服されぬのではないか。いまわしらが都を制しておるのを、不服に思わぬのか」

 反応はない。

 それもそうだろう。民族主義の先頭を切っていたカルイェンやヴォローゾらはただの火を神の火と偽り、それを以って、処刑の口実にしていた。これに乗じて、異邦人でも売国奴でもない者が私怨から処刑されることも多く。一部の、いや多くの者が神の火は偽りであると見抜いていた。が、「目覚めた」人々は信じていた。

 信じていた「目覚めた人々」は騙されたことを痛いほど思い知らされて、まるで魂が抜けたように呆けていた。

 騙されたことがわかって、異邦人や売国奴を狩り、処刑する理由はなくなった。無為の殺戮に加担させられていたと、身を震わせる者も多い。

 カルイェンのとなえる民族主義構想は、ガウギアオスでの勝利と帝都陥落をふいにし、味方であるドラゴン騎士団らを追い込み追い出したも同然で、それによりタールコに征服される道筋をつけたに過ぎなかった。

 結局のところ、なにもなかったどころか、カルイェンの言うことの反対の結果になってしまった。

 カンニバルカは大剣を肩にかけ、周囲を見据えまわした。

 老人は知らず後ろに三歩さがった。

「都メガリシは、リジェカはタールコが征服した。わかったか! わかったなら、跪け!」

 その叫びは人々の心臓を鷲掴みにしそうなほどに心に迫り。

 人々は我知らず、先を競うように跪いた。


 さてシァンドロスである。

 ドラゴン騎士団、リジェカと袂を別ち。そのことによって、かえって領土問題がなくなって、思うがままに諸地域に出征することができるようになった。

 ドラゴン騎士団がリジェカの反乱を制圧しにいっている間、タールコの都トンディスタンブールにて兵力の増強をはかり。

 増強した新兵を主に構成された軍勢を旧ヴーゴスネア地域のタールコ征服地に出征させた。

 大将は信頼するペーハスティルオーン。副将にイギィプトマイオス、ガッリアスネス。

 シァンドロス自身はトンディスタンブールにとどまり、帝都の隅々まで興味に任せて見てまわった。

 広い帝都である。人も多い。一日でまわり切れるものではなかったが、飽きもせず連日帝都をまわった。

 その目は子供のように輝いていた、とヤッシカッズは記している。

 無邪気であった。まだ二十を少し過ぎたばかりの若者である。この時のシァンドロスは王としての感慨を抱くとともに、ひとりの若者になっていたと言ってもいい。

「この都が、我が手に」

 帝都を見回るシァンドロスの声は弾んでいた。そばのバルバロネも笑顔が絶えない。

 人々は新たな統治者を複雑な心境で見つめていた。アノレファポリス、スパルタンポリスでの暴虐は、トンディスタンブールまでも話が届いている。もしシァンドロスが勘気を起こせば、このトンディスタンブールも破壊されてしまうのではないか、と。

 それでも抵抗が起こらなかったのは、旧タールコの臣下がよく民をなだめ、シァンドロスの統治を助けていたからだった。

 シァンドロスもトンディスタンブールが気に入っているようで、破壊の憂き目に遭うことは、まずなさそうである。

 帝都を回る間に、ペーハスティルオーン率いるソケドキアの軍勢が次々とタールコの征服地を落としているとの報せが入ってくる。

 シァンドロスは、

「よくやっている」

 といよいよご機嫌であった。王に即位して以来、ここまで機嫌がよいこともなかったであろう、とヤッシカッズは記す。

 それと同時に、リジェカがタールコに征服され、ドラゴン騎士団らはやむなくフィウメなる街に逃れた。という報せが入ってくる。

「哀れな」

 と言いつつ、ちっとも哀れそうな顔をせず、斥候の知らせを不敵な笑みで聞いていたのは、いかにもシァンドロスらしい。

 いっそこのまま、完全に滅ぼされてしまえば、何の憂いもなく己の意のままに領土を広げられるというものだ。

 リジェカは、ドラゴン騎士団は、ガウギアオスの戦いに勝利し帝都トンディスタンブールを陥落させてから用済みになったと言ってもいい。

 ただ、ニコレットを妻にすることができなかったのが心残りである。

 しかし女など星の数ほどいる。いずれ己が正妻にふさわしい女も出てくるであろう、と心の切り替えも早いものだった。

 つまらぬ恋わずらいをするようなシァンドロスではなかった。

 やがて、旧ヴーゴスネアの、旧ユオ、ダメド、エスダ、アーエイの四地域が完全に征服され。ソケドキア領となったことが報告された。

 新たに募った新兵もよく戦った、とのことだった。

「さてさて、褒美をどうわけてやるか」

 部将や側近らとともに地図を眺めながら、シァンドロスは王として、楽しく恩賞の分配に悩んでいるようであった。

 これにより、諸ポリスを擁する南方エラシア半島から、かつてのユオ、ダメド、エスダ、アーエイ、そしてトンディスタンブールまでが、ソケドキアの領土となり。

 シァンドロスは見事勢力拡大に成功し、皇帝としてタールコ以上の帝国を築きあげる夢も現実味を帯びてきた。

 まさに、神雕しんちょうは無限なる大空に羽ばたこうとしていた。

 

 敵中突破を敢行したドラゴン騎士団らは、フィウメを目指して駆けていた。

 その数は五百あるかないか。

 最初は二万の軍勢であった。しかしその数はタールコ軍に敗れたことで、減ってしまった。

 敗れるとは、そういうものだ。たとえ死を免れたとしても、臆病風に吹かれて逃げ出したものも、少なくなかった。

 この状況を見て、皆の顔は沈んでいた。しかし、本当に沈みきることもできなかった。

 太守メゲッリがよく守るフィウメがまだ残っている。そこを拠点に、また出直すしかないのだ。

 それは振り出しも振り出し、大振り出もいいところだ。

「ドラゴンの夜に戻るのか」

「いいえ、ドラゴンの夜から再出発ですわ」

 苦々しいコヴァクスを、ニコレットが励ます。我々はフィウメから出発し、リジェカを新たに建国したではないか。一度できたことだ、二度できないことはあるまい。

 ニコレットは自分に強くそう言い聞かせた。

 五百たらずの軍勢に、いつの間にかついてゆく馬が一頭。

 ソシエタスが愛馬としていた龍星号だ。

 運よく龍星号は死を免れて、かつての主であったコヴァクスの姿をみかけ、ついてきている、というわけだ。

 それを見かけ、コヴァクスはソシエタスの冥福を改めて祈るとともに、そのなきがらを連れてゆくことができないのを悔いてもいた。

 乱戦である。そんな暇はなかった。

 タールコがソシエタスをはじめとする死した騎士たちをぞんざいに扱わぬのを祈るしかなかった。

 龍菲は龍星号を見つめ、

「ねえ、あの馬に私が乗ってもいいかしら」

 とコヴァクスに問うた。龍菲も武芸をたしなむ者であるなら、馬にも興味がないわけはない。龍星号がよい馬だと思うと、自然と自分も馬がほしくなったのだった。

「……」

 コヴァクスはしばし黙っていたが、

「いいぞ」

 と龍菲に龍星号に乗ってもいいと言った。

「ありがとう」

 龍菲はコヴァクスに微笑むと、龍星号のもとまで駆けて、優雅な姿勢を見せて飛び乗った。それは白鳥が羽ばたくように。

 一瞬、コヴァクスは龍菲に見惚れてしまった。

 他の騎士や将卒らも、龍菲の優雅な動きや手綱さばきに思わず声をあげる。顔や身体のつくりの違う、はるか東方の帝国・マオ華人ファじんである龍菲は、この中では目立つ存在だった。

 出生も、なぜ大陸の中央、東方世界と西方世界の境界地域に来たのかは明かさないが、味方についてくれ、よく戦って助けてもくれるので、異質さを感じさせながらも皆から受け入れられていた。

 龍菲もまんざらではないようだ。

(自分に笑顔が向けられるなんて、こんなこと初めてね……)

 暗殺者として育てられ調教された彼女にしてみれば、コヴァクスをはじめとするドラゴン騎士団や赤い兵団に、リジェカの兵士たちが自分を受け入れてくれることは初めての経験であり。内心喜んでもいるようだった。

 だがニコレットは、龍菲とコヴァクスを好ましい眼差しで見つめていなかった。

 龍菲が兄の心を惑わし、大志を忘れさせてしまうのではないか、と内心危惧していた。

 ともあれ、それぞれが様々な思惑を胸に抱きつつ志を共有し。

 再起を賭けて、フィウメを目指していた。

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