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第二十四章 末路 Ⅶ

 ドラゴン騎士団は、赤い兵団は、駆けた。ただひたすら、タールコ軍中を駆けた。

 それを阻まんとするカンニバルカであったが、ドラゴン騎士団らが敵中突破しか考えていないのを見て、

「無理に阻むな。我らは都を目指すぞ」

 との号令を下す。

 どこへ逃げようというのか、だいたいの予想はつく。フィウメのことは調べがついているのだ、おそらく、敵中突破をしたあと、ドラゴン騎士団らはフィウメを目指すであろう。

 ならば、都を制圧してのち、フィウメを目指せばよい。

 とはいえドラゴン騎士団を討ち倒せば、相当の手柄となる。功名心に駆られた者は、コヴァクスやニコレットに向かうが、これことごとく討ちかえされてゆく。

 城からもその様子が見える。

 カルイェンは拳を握りしめ、目を見開き凝視し。ふっとほくそ笑んだ。

「やつら敵中突破をはかるつもりか」

 無駄なことを。ドラゴン騎士団は敵中に突っ込んで、自ら討たれる気か。

 それはそれで、カルイェンの望むところではある。

 あとは、優秀なまことのリジェカ軍がタールコ軍を追い払うであろう。

「おお、神よ、どうか我ら忠実なるしもべたちを守りたまえよかし……」

 ヴォローゾやエトゥチニコ、シチェーニェは天を仰いでひたすらに神に祈りを捧げていた。さて、奇跡は起こるのであろうか。

 その、奇跡ともいうべきことは、起こるには起こった。

 ドラゴン騎士団らは無謀な敵中突破を敢行し、その勢いすさまじくタールコ軍中を駆け抜けてゆく。

 それに対するタールコ軍は、無理にドラゴン騎士団を討とうとせず。都メガリシの守備兵に全力を傾けているようだ。

 アトインビーの掲げる紅の龍牙旗が倒れそうな様子はない。むしろ、カルイェンらやタールコ軍に見せ付けるように、堂々とそびえ立って、タールコ軍中を駆け抜けている。

 コヴァクスらはカンニバルカの判断に半ば助けられた格好となった。

 カンニバルカという男、普通の考え方をまずしない男である。

(敵中突破とは面白いことをする。ここで無理に討つより、あとあと生かしておいた方が面白いことになりそうだて)

 もし見逃してやったにもかかわらず、ここで死ねばそれまでである。

 だが今は都だ。ドラゴン騎士団を討つも手柄は大きいが、損害も大きくなるだろう。それより、目の前まで迫った都に入り制圧をした方がはるかに得るものが大きいのだ。国一国を制することになるのだ。

 コヴァクスらはもう、無我夢中だった。

 四方をタールコ軍に囲まれて、逃げ場がなさそうな中を無理矢理でも逃げ道をこじ開けて突破しようとする。

 そんな中でも、やはりタールコ軍の動向に気づかぬはずはなかった。

 カンニバルカの下した号令が部将たちによって兵卒らに伝えられ、それが耳に入る。

(オレたちよりも、都を目指すか……)

 道理で、タールコ兵や騎士たちが徐々に自分たちの相手をせず素通りすることが多くなったわけだ。

 それが賢明な判断というものだろう。

 もう十中八九タールコ軍の勝ちが、都メガリシの、リジェカの制圧が決まっているのだ。ここで無理に雑魚同然のドラゴン騎士団を相手にするより、一刻も早く都を制圧したほうがいいに決まっている。

(メガリシ、落つ、か……)

 つい先日、自分たちはタールコの帝都トンディスタンブールを落とし制圧したというのに、それが、今はどうだ。

「この無念、きっと晴らしてくれるぞ」

 コヴァクスは歯噛みし、咆え叫んだ。

 そして駆けた。

 無我夢中に駆けた。

 やがて自分たちに立ちはだかるタールコの兵卒も少なくなり、敵中を突破し、一気に視界が開ける。

「フィウメにゆくぞ!」

 リジェカの残存勢力地帯となり、モルテンセン王のいるフィウメへ。

 ドラゴン騎士団らは、休むことなく駆け続けた。


 ドラゴン騎士団が敵中突破を果たすとともに、タールコ軍は守備兵と当たった。

 カンニバルカは自ら先頭にたち、大剣を振るい守備兵を薙ぎ倒してゆく。大将の働きに触発されて、タールコ軍の部将や兵卒らもよく戦った。

 数の上でも有利。赤子の手をひねるようなものだった。

「馬鹿な」

 カルイェンはぽそっとつぶやいた。

 窓越しにありえぬ光景が広がっている。

 優秀無敵なはずのまことのリジェカ軍が、タールコ軍に押されているのだ。

 神は我らの祈りを聞き届け、奇跡を起こす、という期待もあった。しかし、カルイェンの望む奇跡は起ころうとしない。

 ついには守備兵は完膚なきまでに叩きのめされ、タールコ軍はメガリシに突入し。人々は争いをやめて我先に悲鳴を上げてにげだした。

 メガリシは壁に囲まれた城塞都市ではない。王城は都市の中央に位置する平城であり、二重の堀を設けているだけの簡素なつくりの城だった。それはかつてメガリシが一国の首都でなく、旧ヴーゴスネアの都市のひとつにすぎなかったことを意味していた。

 タールコ軍は王城を包囲した。

 城内のカルイェンはもう顔面蒼白である。

 自分の思惑、まことのリジェカ人によって真にリジェカの繁栄と光栄を築き上げるはずが。それとは逆にタールコ軍に城を包囲されて、危機的状況にある。

 神父ヴォローゾの祈りも、神には届いている様子にない。

 周囲から壁越しにタールコ軍の喚声ばかりが聞こえてくる。

 一緒に、城門が打ち破られる喧騒も聞こえてくる。

「じょ、城門が打ち破られました!」

 近衛兵が息を切らして報告する。

 思えば、二度目の蜂起が起き、二度目の蜂起とときを同じくしてドラゴン騎士団とタールコ軍が同時にやってきた。それを城内から高みの見物を決め込んでいた。勝利を確信し、避難などしなかった。

 奇跡は起こらなかった。

 奇跡とするものがあれば、ドラゴン騎士団らの敵中突破だろう。よくぞ討ち果たされずに突破できたものである。

 が、それが何を意味するのか。

 城外から壁越しに聞こえていた喚声が、城内にもこだまするようになっていた。

「に、逃げましょう」

 ヴォローゾが言う。

 その頬に、カルイェンの平手打ちが飛んだ。

「神の祈りをおこたった罪だ」

 近衛兵に囲まれて、カルイェンはどうにか脱出を試みようとする。ヴォローゾはほったらかしで、見捨てた。

 が、城内にタールコ軍なだれ込み、とても逃げられる状況ではなかった。城を守る守備兵はごくわずか。城を落としてくれと言わんがばかりである。それも、守備兵のほとんどを外に出し、破られてしまったために。

 大剣を担ぐタールコの将軍らしき男とばったりと出くわし、近衛兵は勇を鼓して立ち向かったが、これことごとく討たれてしまった。

「む、むう……」

 カルイェンは振り返って駆け出そうとするが、それよりも早い動作で大剣を担ぐ将軍に追われ、首根っこをつかまれてしまう。

「お前か、カルイェンとかいう王は」

 近衛兵の護衛を受けていたところを見て、カンニバルカはこの男こそ、と思ったのだが。それは当たった。

「いかにも、私がカルイェンだ……」

「そうか」

 カンニバルカは首根っこをつかんだまま、兵士のもとへ放り投げ、

「ひっ捕らえよ!」

 と言えば、転がるカルイェンはあっという間に兵士に捕縛されてしまった。そこへ、他の兵士に捕縛されたヴォローゾとエトゥチニコ、シチェーニェも曳き出されて来る。

「城を落とし、王を捕らえた。リジェカは征服したぞ!」

 カンニバルカの勝利宣言、タールコ軍の兵卒らは、わっと喚声をあげておおいに勝利の快感に酔い痴れた。

 カルイェンらは、捕縛され身を震わせ喚声の中に身を置くしかなかった。タールコの兵卒からの視線が、肉と骨を貫くほどに痛く感じる。

「将軍、これが神の火です」

 と、兵士がひとり大理石でできた手燭をもってきた。手燭には、火がともっている。

「ほう、これが噂の、神の火か。まことのリジェカ人ならば、焼かれぬという」

 カンニバルカの視線が、カルイェンらの恐怖をあおった。

「オレは、人が火に焼かれぬというのを見たことがない。是非、お前たちで見せてくれ」

 そう言うや、準備も早いものだった。 

 兵士たちによってカルイェンらは城外に曳き出されれば、かつて神の裁きをおこなっていた広場では、磔台が四つ築かれていた。

 その足元には、薪がくべられて、火刑の準備が着々と進んでいた。

「なにを怖れている。お前たちはまことのリジェカ人であろう」

 カルイェンらは、わなわなと震えていた。

 神の火など嘘であり、異邦人や売国奴とした人々を処刑するための方便であるのは、彼らが一番わかっているからだ。

 そんな嘘をついてまで、カルイェンやヴォローゾはまことのリジェカ人を正当化したかったのだった。それはもう、偏執狂の域に達していたと言ってもいい。

 広場の周辺には都を制圧したタールコ兵が得物をもってたたずみ。また「目覚めた」人々やそうでない人々がない交ぜになって広場周辺にあつまり、ことの成り行きを見守っていた。

「ありえぬ、ありえぬ。これは夢だ、そうだ夢に違いない」

 カルイェンはぶつぶつとつぶやく。優秀な、まことのリジェカ人がタールコごときに敗れるはずがない。そうだ、これは悪い夢を見ているのだ。

 ぶつぶつとつぶやきながら、気がつけば磔にかけられて。

 油をかけられた薪に、神の火がつけられる。

「これは夢だ。夢である」

 と言いながら、老人と女の悲鳴が聞こえてくるが、これは夢であろう。足元が熱い。これも夢であろう。

 そう、すべては夢なのだ。目が覚めれば、まことのリジェカ人によって築かれたまことのリジェカの繁栄と栄光が。まことのリジェカ人の幸福な笑顔が、王を讃える賛美の声が、もたらされるであろう。 

「これは夢である。夢の中で火に焼かれたところで、なにほどのことがあろうか。はっはっはっはっは」

 磔にかけられ、煙に撒かれたカルイェンは高らかに笑っていた。やがてその笑い声も、悲鳴とともに消え。

 火はすべてを焼き尽くしていった。

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