第二十四章 末路 Ⅳ
ドラゴン騎士団・リジェカ正規軍と、まことのリジェカ軍。
互いに相手を倒さんと進軍し、都メガリシから西南方向に位置するタレンの平原にて相見えた。
「おお、向こうに見えるのはドラゴン騎士団ら異邦人と売国奴ども。皆の衆、いまこそわれらまことのリジェカ人の力を見せるときぞ!」
ヂシラッカが叫べば、一万の軍勢も「応!」と叫んだ。
向かうドラゴン騎士団・リジェカ正規軍二万は反乱軍と遭遇したことで、それまではちきれそうな気持ちが一気に爆発する思いだった。
「あれに見えるのは反乱軍どもか」
「さあ、いまこそ我らの正義を示すときです」
コヴァクスとニコレット叫べば、ソシエタス、ダラガナにセヴナ、ジェスチネらは意気盛んに「応!」とこたえた。紅の龍牙旗を持つ若き騎士アトインビーも旗を掲げて「応」と叫んだ。
紅の龍牙旗掲げられて、ドラゴン騎士団・リジェカ正規軍の意気はさらに高まった。
龍菲は後方で静かにコヴァクスの背中を見つめていた。彼の背中からは湯気でも立ち上りそうなほど、怒りが凝縮されているのが嫌でもわかった。
双方ともに士気は高い。
剣が、槍が、槍斧の刃が、陽光にきらりと光る。
「かかれ!」
空を揺らす掛け声、雄叫びに、地を揺らす馬蹄、軍靴の響き。双方駆けて、ぶつかりあった。
コヴァクス、ニコレットは先頭に立って剣を振るい次々と反乱軍の兵士、騎士を薙ぎ倒してゆく。もう遠慮することはない、怒りを一気に爆発させていた。
その怒りは、ガウギアオスにてタールコ軍と渡り合ったときをはるかに凌いでいた。
セヴナは紅馬の馬上、得意の弓矢をもって反乱軍の兵卒らを射倒してゆく。
ソシエタスやダラガナら赤い兵団、ジェスチネも怒りに燃えて、反乱軍とぶつかりあった。
龍菲といえば、後方で目立つことはせず、己の身に刃が振りかざされたときのみこれに抗い打ち倒すのみだった。
が、徐々に、コヴァクスとの距離を縮めていっていた。
コヴァクスのそばにはニコレット、紅の龍牙旗を掲げる若き騎士アトインビーがいる。
反乱軍は紅の龍牙旗を目印に一斉に詰め寄ろうとしていた。ヂシラッカも憎しみを込めて紅の龍牙旗を睨んでいる。
「タールコに征服されるような、無能な異邦人の旗を引き裂いてやれ!」
ヂシラッカもさるもの、カルイェンが一番信頼する歴戦の勇士であった。彼は腕力にものを言わせて得物の槍斧を振るい異邦人、売国奴どもの頭をかち割り、血祭りにあげてきながら、紅の龍牙旗に迫った。
「小龍公コヴァクスはおるか、オレはヂシラッカ! 我が槍斧でうぬを粉々に打ち砕いてくれよう!」
「おお、ここにいるぞ。やれるものなら、やってみろ!」
コヴァクス、ヂシラッカは互いに火花散るかと思うほど睨み合い、互いに迫ってゆき、一騎打ちとなった。
槍斧はうなりをあげてコヴァクスに迫る。まともに受ければ剣が砕かれてしまう。無理に受けず、あるいは剣で受け流し、コヴァクスは隙をうかがった。
その間、ニコレットは手勢を率いて、またダラガナも赤い兵団を率いて、反乱軍の中に割って入り寸断させようとする。
敵の軍容は見た感じではおよそ一万ほどか。ならば数はこちらが有利、その有利さを使わぬ手はない。
(思えば、こちらが数に勝る戦いなんて初めてね……)
ふとふと、ニコレットはそんなことを考えた。だがその相手が、反乱軍であるというのは、なんという皮肉であろうか。
セヴナは矢を射る間尺もなくなり、得物を剣に代えて反乱軍と渡り合った。若い兵士が迫るのを、剣で打ち倒そうとする。そのとき、
「なに、その顔」
と思わず口走ってしまいながら、相手を薙ぎ倒した。
「様子がおかしいわね……」
龍菲も迫る兵卒を倒しつつ、異変に気づいたようだ。
どうにも、相手の士気は高いものの、どこか戦争というものをなめきっているというか、顔にしまりがない。
若い兵士の中には、まるで物見遊山気分で戦いに来ているのか、とさえ思う者もあった。
そのことはニコレット、ソシエタスにダラガナ、ジェスチネも徐々に勘付き始めていた。
「どういうことだ?」
と疑問を抱けるほど、相手には歯ごたえがない。
さすがにヂシラッカに近しいものは実戦経験もあり、果敢に戦っている。が、それは少数で、七割ほどの兵士は素人も同然、いや、素人そのものであった。
龍菲はすぐさまニコレットのもとに駆け寄った。
「反乱軍は急づくりの軍勢ね。口ほどにもないわ」
ニコレットは無言でうなずいた。と時を同じくして、異変が起きる。
「なんだ、こいつら、強えじゃねえか」
「話が違うぜ。タールコに負けて弱ってるんじゃねえのかよ」
「オレたちゃ騙されたのか」
と、反乱軍側からそんな言葉が出始めるとともに、いちぬけたと背中を見せる者が続出したのだ。
「反乱軍は寄せ集めの烏合の衆! 一気に攻め寄せれば途端に崩れ去るわ!」
ニコレットは剣を掲げ叫んだ。コヴァクスから離れニコレットのそばに寄っていたアトインビーも紅の龍牙旗を掲げて、
「敵は烏合の衆! 勝てる、勝てるぞ!」
と叫んでいた。
そのとおり、ドラゴン騎士団・リジェカ正規軍が押せば押すほど、反乱軍は崩れ、退いてゆく。
「まったく、口ほどにもねえ!」
ジェスチネは敵を薙ぎ倒しつつニコレットに続いた。ドラゴン騎士団・リジェカ正規軍は勢いづいて、反乱軍を圧倒していた。
これに驚いたのがコヴァクスと一騎打ちをしているヂシラッカである。
「何ッ!」
自軍の軍勢が、あっという間に崩れてゆく。さすがに、ヂシラッカとて心に変化が生じざるをえない。
「うぬは、ほんとうにガウギアオスでタールコに勝ったのか!」
「そのとおり、勝った。帝都も落とした。それを、お前たちがすべて台無しにした!」
コヴァクス怒りの剣撃。驚くヂシラッカの動きが鈍くなる。それを見逃すコヴァクスではなかった。
槍斧が鼻先をかすめさったあと、一気に詰め寄り、ヂシラッカの首目掛けて剣をうならせれば。
手ごたえとともに、ヂシラッカの首が飛んで。胴は馬上から崩れ落ちる。
「敵将ヂシラッカはドラゴン騎士団、小龍公コヴァクスが討ち取った!」
剣を掲げ高らかに勝利宣言をする。
周囲で一騎打ちを見ていた兵卒は、大将が討たれたことで、わっと崩れ去ってゆく。
もうこうなれば、あとはもろいものであった。
反乱軍はドラゴン騎士団・リジェカ正規軍にされるがまま、押されに押され、総崩れの体であった。
反乱軍にしてみれば、はじめから勝ち目のない戦いであった。執拗なまでに異邦人を見下す気質からガウギアオスでの勝利、帝都陥落を信じられず、命が惜しくなった斥候の嘘の報せを信じ、それに基づいて戦おうとしていたのだ。
それこそ、打ち負かしてくれ、と言わんがばかりであった。反乱軍は絶対的な民族的な優秀性、優位性と勝利を信じて、ドラゴン騎士団・リジェカ軍を当たり、この有様である。
コヴァクスは討ち取ったヂシラッカのかばねにも目もくれず、
「止まるな進め! この勢いに乗ってメガリシに乗り込め!」
と駆け出した。
一時は自信を失いかけたドラゴン騎士団・リジェカ正規軍であったが、この勝利で自信を取り戻し、一斉に都メガリシを目指して駆けた。
彼らの目には、反乱軍から解放されて喜ぶメガリシの都民たちの笑顔が思い描かれていた。
ドラゴン騎士団・リジェカ正規軍は駆けた。反乱軍を打ち負かした勢いのまま、都メガリシ目指して駆けた。
やがて、遠めにメガリシの建造物が視界に入りドラゴン騎士団・リジェカ正規軍の心はいよいよ弾んだ。
「もうすだ、もうすぐだ」
だれしもが、そう口走っていた。
もうすぐで、都メガリシだ。すべてが、元に戻るのだ。それは振り出しに戻るだけかも知れぬ、しかしリジェカの国そのものは元に戻る、という希望が胸の中で輝いていた。
だが、その希望はあっけなく打ち砕かれることになる。
勢い勇んでメガリシに、ようやくの思いで都にたどり着いたドラゴン騎士団・リジェカ正規軍を待ち受けていたのは。
都の内乱であった。
近づくにつれて、都の人々が、互いに得物を振りかざして相争っていたのが目に飛び込む。
「これは……」
コヴァクスも、ニコレットたちも言葉にならなかった。
カルイェンの命のもとおこなわれていた凄惨な処刑に業を煮やした人々は一度蜂起し、鎮圧されたのであったが、どのみち死ぬしかないのならば、とふたたび蜂起したのだ。
それを鎮圧しようとするのは、守備兵だけではない。カルイェンに触発されて「目覚めた」都民たちまでもが、得物を携え蜂起した群集に立ち向かっていたのだ。
彼ら彼女らはカルイェンから手厚い保護を受けて、心底新たな王を慕うようになっていた。もしカルイェン王が倒されれば、自分たちはどうなるのかわかったものではない。そのため、彼ら彼女らも必死の思いで蜂起の群集と戦っていた。
それはもう、内乱であった。
カルイェンにヴォローゾ、ふたりの尼僧は城門を固く閉ざし、城内からこの様子を眺め、成り行きを見守っているのみ。
「お兄さま、ともかく争いを止めねば」
ニコレットは言うや否や都目指して駆けた。コヴァクスも駆けた。
「やめよ、やめよ!」
ドラゴン騎士団・リジェカ正規軍はニコレット、コヴァクスに続いて都へ駆け、争いを止めに入ろうとした。
だが、「目覚めた人々」はドラゴン騎士団・リジェカ正規軍を目にしてもうろたえ争いをやめようとするどころか。
「異邦人に売国奴ども、にっくきやつら、こやつらも血祭りに上げて神の生け贄に捧げてやれ!」
と、怖れるどころか逆に立ち向かってくるではないか。
「うっ……」
コヴァクスとニコレットたちは困惑した。さきほどの反乱軍であればともかく、一般の都民に刃を向けるわけにはいかない。たとえ理由はどうあろうと。
「このままでは我らも争いの巻き添えに遭い、軍容を崩されるやもしれませぬ。不本意ながら、ここは一旦退くしかないのでは、と……」
ソシエタスは苦々しそうに進言する。
たしかに、我を失い正気を失ったとはいえ都民に刃を向けられぬのであれば、ここは退くしかないようだった。
「やむをえぬ、か……」
目には、無残に打ち倒される蜂起の群集の哀れな姿が飛び込む。これらを見捨てるというのか。
コヴァクスとニコレットはいよいよ困惑した。
が、コヴァクス意を決し、
「都民たちを見捨てることは、できない。いかなることになろうとも、争いをとめさるのだ。すべての責任は、オレがとる」
そう叫んで、
「ゆけ、争いをやめさせよ。抗う者は斬ってもかまわん!」
と号令を下した。
ニコレットにソシエタス、ダラガナ、セヴナにジェスチネも不本意であるが、ここで退くことはできそうになかった。
やむなく、コヴァクスの号令に従い都に駆け出そうとしたところ。
後方から鬨の声があがった。
「なんだと」
皆、驚き後ろを振り返れば、
「あ、タールコ軍!」
誰かが叫んだ。
そのとおり、反転したはずのタールコ軍が一斉にこちらに向かっているではないか。
「馬鹿な、引き返したのではなかったのか」
ダラガナはうめく。
迂闊といえば迂闊であった。
タールコ軍が引き返すという報せを受けて以来、その動向を探ろうとしなかったが。相手はそれをいいことに、どうやら都近くに潜伏していたようだった。
前方の狂気に駆られた都民、後方のタールコ軍。
ドラゴン騎士団・リジェカ正規軍は、はからずも挟み撃ちをされる格好となった。