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第三章 クンリロガンハのわかれ Ⅲ

 そして、それを問答無用で押し通すことの出来る人の心の移り変わりの怖さも思った。

 なきがらは、マーヴァーリュ教会が引き取り、手厚く弔うよう段取りが進められている。

「これには、大事なことが書かれてある。ドラゴン騎士団は、センナピクエト山を越えたクンリロガンハの地にて宿営しておるらしい。さあ、ことは急を要する。王が先かお前が先か。ゆくがよい」

「は、はい……」

 と言いつつ、やはり名残惜しいか、その動きはなんだかにぶい。それを見て、「おお、そうであった」と机の引き出しから、短剣を取り出し、手渡す。

 それは職人の手作りによる小奇麗な装飾がほどこされて、値が張りそうな代物だった。

 それでいて、柄はもちろん鞘もとてもにぎりやすい。手に、肌にじっくりとなじんで、まるでにぎっただけで短剣と一体になれるようだ。

 抜いてごらん、と言われ短剣を抜けば。きらりと輝く刃が、クネクトヴァの瞳を映し出す。

「これは……」

 その短剣のかもし出す輝きに、えもいわれぬ雰囲気に、少年はやや気圧されているようだ。

「これは私がお前ほどのころにもちいていた短剣だ。これをお守りにあげよう」

 手入れはされているが年季の入った短剣で、ずしりと重みが少年の手にかかる。その重みが、ルドカーンのクネクトヴァに託す気持ちなのだと、思えてくる。

「クネクトヴァよ、そなたは内に大器を秘めておる。その大器を開くのは、教会では狭い。広い世界に出て、大きく羽ばたくがよい。それでこそ、神もお喜びになるであろうし、師匠としてお前を育てた甲斐があるというものだ」

「……。はい、いってきます!」

 意を決し、クネクトヴァは行った。

 羊皮紙の手紙を懐にしまい。用命を果たさんと、いざクンリロガンハと都を駆けた、が。

「あ、クネクトヴァ!」

 と呼び止める声。なんだと思って振り向けば、赤毛の少女。それは幼馴染のカトゥカであった。

「大事な用事があるんだ。あばよ!」

 と振り切ろうとするが、カトゥカは追いかけてくる。

「なんだよ、ついてくんなよ。大事な用事があるって言ったろ」

「その大事な用事ってなに?」

「言えるわけないだろ!」

「じゃ言わなくてもいいけど、あたしついていくもんね」

「ええー」

 もう、とやむなく立ち止まる。カトゥカはクネクトヴァの気など知らず、お気楽ににこにこしている。かと思えば、腰帯に短剣をさしているのに目をつけるや、

(あら、生意気に)

 といたずら心が湧いて、さっと素早い動きで短剣の柄をつかんで抜き放った。

「あ、こら!」

 しまった! とクネクトヴァはカトゥカに掴みかかろうとするが、さらりとかわされた。

「へへーんだ。悔しかったら取り返してごらん」

 短剣を手に、カトゥカは逃げ出し。クネクトヴァは顔を蒼白にして追いかけるが、追いつけない。

 カトゥカは幼馴染であるとともに、一緒につるんで遊んだ餓鬼大将のひとりでもあり、また教会管理の孤児院で暮らす孤児仲間であったが。今は成長して、ある商人のもとで住み込みの奉公をしていた。

 彼女もまたクネクトヴァとつるんで遊んだだけあって、男勝りなおてんばな性分で、喧嘩で男の子を泣かせたことも一度や二度ではなかった。

 が、短剣の柄の手触りが手に馴染むにつれて、かなり高貴なものであることがわかり、その高貴さが怖く感じられた。

(まさか、どこかの貴族から盗んだの? クネクトヴァって、そんな大胆なことを!)

 下手をしたら自分も連座で罪を問われる。冗談じゃない、と急に立ち止まるものだから、クネクトヴァはその背中にどかんと勢いよくぶつかってしまい、ふたりそろって転んでしまった。


 人々が呆れて見る中、きゃあきゃあとふたりは騒ぎながら立ち上がり。その直前、クネクトヴァはカトゥカから短剣を取り返し、無事鞘におさめる。

「まったく、急いでいるのに、この、泥棒!」

「泥棒はあんたでしょ、その短剣をどこで盗んだのよ」

「盗んだ? 人聞きの悪いことを言うな。これはルドカーン様からいただいたものだ」

 と言いながら、しまった、余計なことを言っちゃった、と慌てて。「じゃあな!」と背中を向けて走り出そうとするが、咄嗟に手を掴む手。言うまでもないカトゥカだった。

「何があったの、教えて、教えて」

 と瞳を輝かせて興味津々だ。が、大事な秘密の用事を簡単に言えるわけがない。なにより、下手をすれば死ぬのだ。

「やめとけ、オレに関わると死んじゃうかもしれないぞ」

 と言うが、

「どうせ親もない身だし、奉公先もいつクビになるかわかんないし、関係ないわよ」

 と素っ気ない。本気にしているのかどうかは別として。だが無駄に時間を食うわけにはいかない。仕方がない、と。

「急ぐんだ。行きながら話すよ」

 と駆け出せば、わかったわ、とカトゥカもついてくる。道中話を聞き、それは大変! と突然何か使命感にとらわれてか、クネクトヴァとともにクンリロガンハを目指した。話をして、怖がって別れられればよかったのだが、なぜかそうはいかなかった。

 勇敢なのか鈍感なのか。

 ともあれ、センナピクエト山を越えねばならない。

 主要道は、王自ら率いるフェニックス騎士団をはじめとする親征軍がいるのでつかえない。やむなく、裏道をつかって、山越えをせざるを得なかった。

 気がつけば夜のとばりは落ちて、闇夜があたりを包んで視界が悪い。それでも、カトゥカとクネクトヴァは若さにものを言わせて目を凝らして、山の夜道を手探りでゆっくりゆっくりでも進んでいった。

 少年の手は、短剣の柄を握りしめていた。そうすると、闇夜も怖くなく、勇気が湧いた。

 夜空は漆黒の闇に覆われて、月も星もない。

 が、目が闇夜になれるに従い、センナピクエト山の姿が影絵のように浮かび上がってくる。

 その太古の昔、勇者センナとピクエトがこの地で覇を競い合ったという伝説が残っている。

 クンリロガンハの地は、ともにセンナとピクエトの故郷であった。勇者が同時に二人も出たわけだが。両雄並び立たず、同郷の勇者二人は、どちらが強いのか戦って決着をつけたいという欲求から逃れられず、激しくしのぎを削りあった。

 それは故郷を二分し、同じ故郷で暮らしていた人々がわざわざ同郷の人から他者を見出して、センナとピクエトの側に立って、兵火をまじえて争いあった。

 その結果、土地は荒れて農作物は育たず。家も焼かれ人も住めなくなった。それでも人々は争い、ようやくピクエトが勝利をおさめたものの。心身ともに疲れ果て、また宿敵をなくして気が抜けたのか、センナのあとを追うようにして死んだ。

 争いがおわって、人々に残されたものは、廃墟となった故郷と、悲しみと憎しみ。

 やがて人々も、新たな糧を得るため廃墟を捨てて新天地を求めて旅立ったという、戦いの空しさを伝える伝説が、残っていた。

 センナピクエト山はそのふたりが、まだ仲たがいする前によく武術の修練を積んだ地で、それを記念してふたりから名前を拝借したのだという。


 だが、辛気臭い話だ。今いるところに、そんな伝説があるなんて気分のいいもんじゃない。

 コヴァクスはその辛気臭さを振り払うように、剣を素振りしていた。

 平服のズボンにブーツ以外は身にまとわず、鍛えられた身体を夜の冷たい空気にさらし、汗をかく。

 いったい、いつまでここでじっとしていなければいけないのだ。

 王は何を考えているのか。

 脱落した者は、ここにとどまっている間に人をやって連れ戻していた。帰ってきた者は、ただ死ぬのではない、国のための尊い犠牲になるのだ、と自らに言い聞かせてそのわびしさを堪えていたという。

 その者たちの、安堵の笑顔をみて、申し訳ない気持ちと、理不尽に感じる王命に憤りを覚えていた。

 周囲ではかがり火をたいて騎士団の将卒らが輪になってカードゲームをしたり酒を酌み交わしながら暇を潰している。

 コヴァクスも一時はその輪の中に入っていたのだが、そのうち剣の素振りをするようになった。

「やっておるな」

 と言うのは父ドラヴリフトであった。

 幕舎を出て様子見の見回りをしているようだ。

「や、父上」

 コヴァクスは剣を背中に回して跪く。夜の冷たいはずの空気が、父が現れたとたんに、温度が上がったように思われた。

「丁度よい。私も、剣を振るいたいと思っていたところだ。コヴァクス、相手になるぞ」

「望むところ。いざ」

 ドラヴリフトは帯剣を抜き、コヴァクスも父の方に剣を構え。両者視線をまじえ、剣先を向け合う。

 大龍公と小龍公が稽古で剣を交えようとしているのを見て、周囲の者たちは遊びを中断し、ふたりに熱い視線をそそぎ。稽古のことが、騎士団の将卒たちにたちまちのうちに広がり。ニコレットはそれを聞きつけ、自身も剣を片手に駆けつければ、父と子は、激しく剣をまじえていた。

 かがり火は暗夜からドラヴリフトとコヴァクスをすくい出す様に照らし出し、握られる剣もまたかがり火の火に照らされて輝き。時折双剣まじわれば、暗夜の中で光る火花を散らす。

「やっているわね」

 とニコレットは微笑んで、勝負の行く末を見守るようなおとなしさは見せず。

「お兄さま、助太刀!」

 と叫んで、父と子の間に割って入り。ドラヴリフトと剣をまじえる。

「こら、オレと父上の試合に割り込むな」

 コヴァクスは小言を言うが、ニコレットは、お兄さまのけち、と言うだけで聞きやせず、構わず父に剣を繰り出す。

「よい。ふたりでかかって来るがよい」

 ドラヴリフトは娘のお転婆さが、いとおしく感じられるものの。甘やかさず、その剣技は笑顔とは違い鋭い。剣光の閃き、兄と妹の剣の間を行き交い、翻弄する。

 コヴァクスに来た、と思えばニコレットにゆく、と思えば急に返してコヴァクスの剣を打つ。

 剣は真剣、一つ間違えば、命に関わる。が、父はふたりが成長し実戦に出てからこの真剣での稽古試合をとってきた。

 いついかなるときも、身も心も戦場にあると心得よ。それはすなわち、いついかなることで命を落すかもしれないから、それをしかと心がけよ、という父からの厳しい教えだった。

 コヴァクスとニコレットは、父からの教えを受け止めようとし、またせめて一撃でもと剣を繰り出すものの、ことごとく父の剣に弾かれる。

 剣と剣が触れるたびに、まるで自分の剣ではないような衝撃を受けていた。

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