追放された氷冷の聖女は、南国でしっぽりやる
※8/26 ドラゴンの名前が間違っていたので修正しました。
「アルマナ、お前との婚約を破棄する!」
夜会の最中、国王となったばかりのラルジュ陛下が第二聖女である私に向けて、その言葉を発した。
続けて、陛下の隣に立つ現在の第一聖女であるルシア・オランジュベールが口を開く。
「アルマナ様、後のことはお任せください。私の力で、この王国をもっと繁栄させてみせますわ」
聖女ルシアは新たな国王と腕を組み、見つめ合って笑っている。
ルシアが現れたのは2年前だった。
ラルジュ様とルシアはすぐに親しくなった。
その後、ラルジュ様が国王になると、すぐに私は第二聖女へと降格させられる。
ルシアが張った結界の方が、私の張った結界よりも優れているというのがその理由だ。
私の張った『幸せの結界』は、自分でいうのも何だけど、王国全土を覆う巨大なものだった。
でも、この10年の間に当たり前のものとして忘れられてしまったようだ。
ルシアの張った結界こそが、真の聖女の力なのだと、皆がそう言った。
ルシアは、人目につくところだけを選んで小さな結界を張っていた。
『幸せの結界』が二重にかかるので、ルシアの方が良い影響を与えているように見えるのは当然だろう。
街の人も喜んでいたし、それはそれで良いけど……。
いや、もう良いんだ。
もう私は……。
◇
私はこのフレイス王国で生まれ育った。
身寄りも名もなかった私に、孤児院の院長が『アルマナ・シトロンルージュ」という、かつて世界を救った英雄が由来の名をつけてくれた。
8歳になる頃、聖女としての素質を見出された私は王都へと招喚される。
そして、その日から王国のために毎日祈りを捧げた。
そんなある時、ラルジュ様の父であるロワール陛下からこう告げられた。
「そなたの聖なる力をもっと高める方法がある。やってみてはくれないか? もしやってくれるというのなら、ラルジュの婚約者として迎えよう」
私は、王子妃になるなどという大それたことは考えていなかったけれど、自分の生まれたこの国の役に立ちたい一心で承諾した。
それに、誰かから必要とされることが嬉しかったのだ。
王の言う方法とは、氷の精霊と契約し、氷女となることだった。
聖なる力を高めると、体内温度が上昇する。
人間の耐えられる体温の上限が、聖女が出せる力の限界を決めていた。
しかしこの方法なら、氷女として体を冷却できるので、何百倍もの力を発することができた。
氷の精霊との契約が成功し、私はフレイス王国全てを覆う巨大な結界を張ることができるようになった。
ロワール陛下からは、
「かつて存在したどの聖女にも成し得なかった偉業だ。よくやった」
と褒められた。
失礼なことかもしれないが、ロワール陛下を父のように思っていたので、とっても嬉しかった。
それから、私の張った『幸せの結界』によって、寒冷地方にあったフレイス王国は、温暖な気候へと変わり、作物も良く実るようになった。
商人の間でも「訪れると商運が上がる」との噂が広まって、瞬く間に王国は栄えていった。
そうして10年が過ぎた。
5年前にロワール王が亡くなり、王子が成人となるまでの間を引き継いだ王妃も今年病で亡くなった。
そして、ラルジュ様が正式な国王となる。
◇
「そなたがいると国そのものが冷えるようでかなわん。3日以内に荷物をまとめて出て行くのだ」
ラルジュ陛下に無表情で見おろされる。
私はそれを見返した。
「わかりましたわ、ラルジュ国王陛下。私は聖女としての職を辞し、この国を出させて頂きます」
言い終わって思ったことは、「声が震えなくて良かった」だった。
ショックを受けているとは思われたくなかった。
きちんとした礼をして、夜会を後にした。
◇
私は氷女なので、周囲の温度を冷やす。
おまけに常に白い息を吐くので、みんなからはバケモノ扱いされた。
ロワール王が亡くなられてからは、それはさらにひどくなった。
侍女たちも凍傷になっては辞めていき、ついでとばかりに事実無根の噂話を面白おかしくばら撒いた。
「氷の聖女は、夜になると牙が伸びて誰彼構わず襲いかかる」
「気に食わない侍女を氷づけにしたのを見た」
そんなことが続いて、誰も私には近付かなくなっていた。
孤児院で仲の良かった子は、他国の家へと引き取られて行ってしまって、友達もいなかった。
それでも結界を維持するため、毎日祈りを捧げ続けた。
◇
三ヶ月ほど前。
国教の神殿から家に帰る途中、傷ついた真っ赤なドラゴンが倒れているのを見つけた。
「何これ!? でかっ! どういうこと!? って、まずは治療しなくては!」
ドラゴンは賢い生き物であり、暴れたりすることは滅多にない。
ひどい怪我で、このままでは死んでしまうのではないかと思われた。
尻尾の長さを入れても私を縦に4人並べた程度の大きさだったので、小柄な体格のドラゴンと言えた。
「ギリギリ家に入るかしら」
人々から邪険に扱われているとはいえ、第一聖女であった私の屋敷は大きい。
第二聖女に降格させられた時に、小さい屋敷に変えられる予定だったが、第一聖女となったルシアは王宮に住むことになったので、そのまま大きな屋敷に住める事になった。
「バケモノが使っていた屋敷になんか住みたくない」
ルシアがそう言ったという噂が聞こえてきたが気にしない。
聖なる力で泡を作り、ドラゴンをその中に入れて浮かせると、屋敷へと連れ帰った。
「なんとか入れたわね」
使われていない部屋に布団を敷いて、ドラゴンを寝かせる。
傷に治癒魔法をかけ包帯を巻いてやった。
ドラゴンは途中意識を取り戻したが、動揺することなくおとなしくしていた。
私の手で触って凍らないかな? と思ったが、ドラゴンは冷気耐性を持っていたようで何も問題はなかった。
それから三ヶ月が過ぎた。
来た当初は、あまり感情を見せず、アルマナの様子を伺っていたドラゴンだったが、次第に元気を取り戻し、食欲も旺盛になって懐いてきていた。
◇
夜会で国を出ていくように言い渡された後、私は屋敷に戻った。
そして、ドラゴンがいる部屋へと向かう。
「フレーズ、包帯を変えましょうか」
私が部屋へと入るとドラゴンは嬉しそうに鳴いた。
スライスしたイチゴのような鱗を身に纏っていたので、私はドラゴンのことを、苺という意味の名前をつけて呼んでいた。
「ふふ、もうだいぶ良くなったわね」
近づくと頬を寄せてくるフレーズ。
私は手を添えてそれを受けた。
「あと3日でここを出ないといけないのだけれど、明日にも出られそうでよかったわ」
フレーズは言葉の意味がわかったのか、嬉しそうに2回鳴いた。
その後、私の頬から顔を離すと、一瞬こちらを伺うように見た。
そして、私の顔をペロペロ舐めてきた。
「ちょ、ちょっとやめて」
私は少し笑いながらそう言った後、フレーズの胸へ顔を埋めた。
涙が止まらなかった。
泣き声が溢れる。
フレーズはそんな私を羽で優しく包んでくれた。
しばらくそのままでいた。
◇
「よーやくこの王国とおさらばできるわ!」
翌日、私は立ち直っていた。
私の生家であった孤児院も、5年前、院長が亡くなってから閉鎖され、良い思い出の残る場所はこの国には一つも残っていなかった。
フレーズが一回鳴いて、羽ばたきを見せる。
「なに、背中に乗せてくれるの?」
そして私の服を咥えて、その大きな背中へと誘導する。
「はは、わかったわかった、じゃあ乗せてもらうね」
わずかばかりの荷物を背中に背負うと、フレーズの背中に乗り、首に腕を回した。
それを確認した赤く美しいドラゴンは、バッサバッサと音を立てて飛び上がった。
「しゅっぱ一つ!」
思わずその声を上げると、フレーズも合わせて唸り声をあげた。
◇
「ねえ、フレーズさん? ここはどこなのかしら?」
私を乗せたフレーズはものすごいスピードで飛翔し、北方にあるフレイス王国から、暖かい南方の地域へと移動していた。
わずか半日足らずで気温が変わるほど南へ移動している。
そして目の前には、フレイス王国とは比較にならない大都市が広がっていた。
空から眺める街はどこも活気で溢れている。
カラフルな家が立ち並んでいて気分が高揚した。
そして、その中心部にあるお城に着地しようとするフレーズ。
「ええ!? ちょっと、こんなところに勝手に降りて大丈夫なの??」
動揺する私を気にもせず、フレーズは城の中腹にあるスペースへと降り立った。
衛兵が即座にやってきた。
「何者か!」
衛兵は槍を私に向けた。
そりゃあ警戒されるよね。
私だってドラゴンに乗った女が急に現れたら、ヤバい奴がきたと思うもん。
「あ、あの敵ではありません。この子が勝手に降りてしまって、すぐに出ますので」
笑顔を作り、手をあげて害意がないことを示す。
フレーズも2度鳴いた。
「そのドラゴンから離れろ」
衛兵は私を見据えて言った。
彼らを刺激しないように、言うとおりに背中から降りる。
フレーズが少し威嚇するように鳴いた。
「とりあえず神獣を檻へと移すぞ。それから、あなたには詳しく話を聞かせてもらはないといけません」
いきなり牢屋生活かと思っていたけど、衛兵の様子からまだ弁解のチャンスがありそうだと思った私は、気を引き締めた。
そして衛兵に連れられ、詰所へと向かった。
◇
「ドラゴンがひどい怪我を負っていたので、手当てをしました。そしたらここへ案内されたといいますか……」
私がそんなことを話していると、外から別の衛兵が入ってきてリーダー格の衛兵に何やら耳打ちした。
「そうか、わかった」
リーダー格の衛兵が私に向き直る。
「確認が取れました。ドラゴンを助けていただいたというのは本当のようですね。ありがとうございました。あのドラゴンは我が国の神獣なのです。尋問のようなことをしてしまい失礼しました。きちんとした部屋へご案内させていただきます」
少し態度が柔らかくなった衛兵に連れられ、私はさらに別の場所へと移動した。
◇
ゆったりとした広さの、とても豪華な客間へと案内されてしまった。
部屋に置かれた調度品はどれも洗練されていて、昨日完成したばかりのような光沢を放っている。
ソファーも、フレイス王国では座ったことがないほどフカフカで、自然と笑みが溢れてしまった。
窓から外を見てみると、美しく整えられた庭園が見えた。
「わあー、綺麗」
思わず声が漏れてしまう。
街も城も内装も、どれもこれも瀟洒な造りで、もっさりした服装の私はなんだかとても場違いな気がした。
とても落ち着く部屋だけど、なんだかソワソワして落ち着かないなー、などと思っていると、ドアがノックされた。
入室の許可を求める男性の声が響いた。
「は、はい。どうぞ」
慌てて返事をした。
開いたドアの方を見ると、端麗な容姿の、同年代と思われる執事さんが立っていた。
目つきはとても鋭い。
髪型も服装も完璧に整えられていて、いかにも仕事ができそうな雰囲気が溢れている。
「アルマナ様ですね。私、執事長のギャレット・ポルトサイダーと申します。本日は我が国の神獣の命を救っていただきありがとうございました」
ギャレットさんは、美しい姿勢で礼の言葉を述べた。
「この城の主も直接お礼の言葉を伝えたいと申しております。ご予定などなければ今晩夕食を共にしたいとの事なのですが、いかがでしょう」
ギャレットさんの問いかけに、
「今晩は、な、何も予定はありませんし、そちらがよろしいのであれば、ご厚意に甘えさせていただきたいと思いますわ」
私はなんとか場にふさわしそうな言葉を捻り出して、答えた。
「ありがとうございます。この度は急にお誘いしてしまった為、ドレスをこちらで用意させていただきました。もしご不快でなければご着用いただければと思います。複数種類ご用意しておりますので、お好みに合わせてお選びいただけます」
私はちゃんとドレスを着たことがなかった。
着たことは一応はあるものの、侍女がいないせいで全部自己流だ。
舞い上がっていて忘れていたけど、そういえば私、氷女だし、どうしよう……。
「ドレスは……、その、凍傷に……」
私はうまく言葉にできなかった。
「アルマナ様のお体のことは神獣の方から念話で聞いておりますので、ご心配は無用です」
懐から薄手の手袋を取り出し、手にはめるギャレットさん。
「ちょっと失礼」
そして私のほっぺを両手で挟み込む。
「うにゅ」
変な声が漏れてしまった。
「ちょ、ちょっと、離れてください。手袋をしたって凍りますよ」
慌てて離れる。
「いいえ、ご安心ください。この通り、何も問題はありません」
ギャレットさんは、微笑みながら凍っていない手袋を見せた。
「このクリスタリージュ王国では、さまざまな種族が暮らしています。中には炎や冷気や稲妻を発する方もおらますので、それに対応した装備品がございます。ですのでお気になさらず」
そういうと、ギャレットさんは行く先を案内するように手を差し示した。
「そ、そうなんですか。でも、びっくりしたなー、もうほっぺたを挟むのはやめてくださいね」
驚きのあまり普段の口調で喋ってしまう。
でも、なんだか少し緊張がほぐれた気がした。
「ええ、大変失礼いたしました」
謝意を示すギャレットさんに連れられて、私は衣装部屋へと向かった。
◇
「うわー、こんなにたくさん」
衣装部屋には縁に精緻な細工が施された巨大な鏡と、大量のドレスが掛けられていた。
そして、笑顔の侍女さんたちに迎えられる。
「この中から選んでいいのですか?」
ギャレットさんの方へ振り返った。
「はい、サイズは魔力で合うように作られていますので、どれをお選びいただいても大丈夫です」
その言葉で再びドレスへと視線を向ける。
「どれにしましょう……」
どれも素晴らしく見えると同時に、どれを選べば良いのかわからなくなった。
仕方ないので、なんとなく地味で茶色っぽいドレスを選ぶ。
鏡の前で合わせた。
「うーん」
これでいいのかな? 悪いのかな? などと思いながらギャレットさんをチラチラ見てみる。
しかし、彼は私を見たまま何も反応しない。
あまり選ぶのに時間をかけても悪いので、まあこれで良いかと決めようとした。
すると、端麗な執事長がドレスを選び出した。
「そちらも悪くはないですが、私の見立てですと、アルマナ様は栗色のお髪と翡翠色の瞳をお持ちですので、その美しさを引き立たせるこちらのお色などいかがでしょう」
淡いピンク色のドレスを取り出して見せてくれた。
あまり派手なのはちょっとなー、と思ったが見てみると程よい感じのデザインだった。
「あ、可愛い、……これに、これにします」
私はギャレットさんを見て言った。
「では、このドレスで準備させていただきます」
ギャレットさんは微笑んで言った。
続けてジュエリーを選ぶ。
選びながら、こんなに良くしてもらっていいのかな、などと思っていた。
あとで何かお礼を考えようと決意する。
そんなこんなで、衣装が決まった。
◇
侍女さんたちに着付けをしてもらった。
その後、食堂へと案内される。
新しく貸してもらったドレスに合う靴も、魔法の素材でできており歩きやすい。
食堂の扉がガチャリと重厚な音をたてて開かれた。
大きめのテーブルの上に豪華な食器が並んでいるのが見える。
正面に座っているのがこの城の若き主人、ルシエル・オブスキュリテ陛下だった。
陛下よりも周りの調度品や、飾られた花の豪華さに目がいってしまう。
しばしそれを堪能した後、はっと我に帰ると、私は慌てて挨拶をした。
「この度は、このような食事の席にお招きいただき感謝いたします陛下」
ドレスを少し持ち上げ、軽く目を伏せお辞儀をする。
「感謝したいのはこちらの方だ。神獣の命を救ってくれた事、礼を言わせてもらう。それから、急な誘いであったのに受けてくれ嬉しく思う。今夜は楽しんでくれ」
侍女さんに案内され陛下の正面の席へと座る。
改めてルシエル陛下の顔を見る。
「え!?」
見覚えがあった。
びっくりして思わず声を上げてしまった。
似てる人かとも思ったが、よく考えたら声まで同じだった。
「先ほどは失礼したな」
ルシエル陛下は、自分のほっぺたをポンポンと叩きながら言った。
ギャレット執事長とルシエル陛下は同一人物だった。
聞けば、王宮で暇を持て余すあまり執事長をやるようになったとのこと。
執事長をやる時は、子供の頃好きだった物語の登場人物の名前を使っているのだとか。
「先ほどは色々とありがとうございました。粗相などありませんでしたでしょうか?」
国王に、偉そうに接してしまったかもしれなかった。
そんなトラップがあるなんて聞いていない。
「大丈夫、何も問題はなかったよ」
ルシエル様は笑顔でこちらを見た。
悪意は感じないのだが、何だか遊ばれてる感がある……。
そうこうしているうちに食事が運ばれてきた。
一品目はスープだった。
うーん、やっぱりこうなるよね。
私は食事が苦手だ。
暖かいスープもスプーンで掬うと硬めのシャーベット状になり、ザクザクと音をたてて噛んで飲み込むことになる。
フレイス王国ではそれでよく笑われた。
スープを凍らせたら笑われるだろうか……。
ためらいながらもスプーンをもちスープを掬う。
あれ、凍らない?
食器が冷気を通さない素材なのかスープが凍らなかった。
食材も冷気に強いものが選ばれていたのだろうか、いつもは凍って味などほとんどしないのに、そのスープの濃厚な味を味わうことができた。
「美味しい!」
思わず大声を上げてしまう。
「そんなに喜んでくれるとは、招待した甲斐があるというもの」
ルシエル様が嬉しそうに笑った。
「本当に、こんな美味しい料理は食べたことがありませんわ」
私は心からの笑顔で言った。
そして、たわいもない会話をしながら食事を口に運ぶ。
どの料理も冷気で凍ることがなかった。
久しぶりに純粋に食事を楽しむことができた。
◇
食事が終わり紅茶が運ばれてくる。
どうなっているのか、凍ることがなく私にも飲める紅茶だった。
「アルマナ、衛兵から聞いたが君は聖女らしいな。丁度今この国には聖女がいないのだ。君が良ければこのクリスタリージュ王国で働いてみないか?」
ルシエル陛下は優雅に紅茶を飲むと言った。
「え、良いのですか? それはとても嬉しい申し出でございますわ陛下。ぜひお願いいたします!」
陛下にすっかり心を許していた私は、素直に答える。
それを聞いた陛下も笑顔を返してくれた。
◇
翌日。
お城の中をルシエル陛下に案内してもらった。
あの後、ルシエル様の姉君であるフレア・オブスキュリテ様がいらっしゃって、私に神獣の命を救った礼を言った。
そして、
「明日は、弟に城を案内させましょう」
と言われたので、恐れ多かったがお願いすることにした。
案内が一段落したので、見晴らしのいい場所で立ち止まる。
「君の聖なる結界で、神殿の保護を願いたいのだが……。あれを見てくれ」
陛下の差し示した方向に、フレイス王国の宮殿より大きな神殿が見えた。
「結界で保護するには、ちょっと大きすぎるかな」
陛下が伺うように私を見た。
鋭い目つきが和らぎ、一瞬優しいものに見える。
昨日よくしてもらったお礼を寝る前に考えたが、実は何も思い浮かばなかった。
しかし、これこそがお返しのチャンスだと思い私は気合を入れた。
「試してみます」
そう言うと、胸の前で手を組み祈った。
力の発現と共に体温が上昇する。
それが冷気で抑え込まれると、水蒸気が辺りを包んだ。
驚きの表情で私を見つめるルシエル陛下。
私の周囲で、霊力と水蒸気と魔力がキラキラと煌めいて、パシャーン! と音がした。
次の期間、広大なクリスタリージュ王国を覆う結界が現れた。
「は……?」
ルシエル陛下が目を丸くした。
「あ、いけた」
自分の張った結界に、自分で驚いてしまう。
今まで私は、フレイス王国がそれほど大きな国ではなかったこともあり、全力で祈ったことはなかった。
しかし今回は全力の祈りだ。
この広大なクリスタリージュ王国を覆えるか不安もあったが、うまくいったようで良かった。
「できました。陛下」
にっこり微笑み陛下を見る。
「あ、ああ……」
呆然とする陛下。
「なんだこの結界は!! どこぞの魔王の攻撃か!?」
フレア様が慌ててやってきた。
「あ、これは私が張った結界です」
「はあーーーー!!!???」
フレア様も大層驚いた様子だった。
◇
二人が落ち着くまでしばらくかかった。
「はっはっは、いやー、しかし君はすごいな、こんなにも広大な結界は見たことも聞いたこともない」
愉快そうにそう言うルシエル陛下。
「ただものではないと思っていたけれど、ここまでとは思いませんでしたよ」
フレア様が何故か誇らしそうに私を見る。
私は照れ笑いを浮かべていた。
「しかし、こんな子を手放すなんてよっぽどね、フレイス王国は」
フレア様のその言葉に、思わず私はフレイス王国のある方角を見た。
◇
私が、このクリスタリージュ王国にやってきてからもう7ヶ月が過ぎていた。
風の噂によると、フレイス王国では作物の実りが悪くなった上に、不景気により商店が次々に潰れているとのこと。
ラルジュ国王の治世に愛想を尽かした人々は、他国へ転出しているのだとか。
おまけに、聖女ルシアは国王を欺いた罪で牢屋に入れられたとの話もあった。
故郷の事を思い出しながら歩いていると、目的地に到着した。
孤児院のドアを開け、中へと入る。
「アルマナ様一!」
子供たちが駆け寄ってくる。
抱きしめ抱き上げる。
子供たちに触れても安全なように特殊な装備を身に纏っている。
「今日は何して遊びましょうか?」
子どもたちと遊ぶのが私の日課となっていた。
◇
数時間後。
「もう帰っちゃうの一?」
「もっと遊んでー!」
「ねえねえアルマナさま、これ見てー!」
まだまだ遊び足りない子どもたちに別れの挨拶をする。
「ごめんなさいね、今日はもう行かないといけないの」
今にも泣き出しそうに駄々をこねる子どもたちに、予定を伸ばせないか一瞬考える。
「ほらほら、アルマナ様はまた明日来てくれると約束してくれたのだから、それまで良い子にして待ちましょうね」
院長が子供たちを諭す。
「はーい」
渋々と言ったていで納得する子供たち。
「ごめんなさいね、ではまた明日」
子どもたちと院長に挨拶して、孤児院を後にした。
街を歩いていると声をかけられる。
「アルマナ、ちょっと寄って行ってよ!」
声の主は、孤児院で仲の良かった『エルール・ミスティフィエ』だった。
彼女は、フレイス王国の隣国の家へ養子として迎えられていたが、今は仕事の関係でこの国に移り住んでいた。
「おっと、今は聖女アルマナ様だったね。ごめん」
「いいよエルール、堅苦しいし」
幼馴染に様付けで呼ばれると、何か変な感じがする。
「まあ、そういうわけにもいかないよ。あんたが結界を張ってからというもの、大きな商談がまとまりにまとまって、幸運続きでびっくりなんだから。アルマナ様には頭が上がりませんってなもんよ」
エルールはワハハと笑った。
つられて私も笑う。
「で、その利益で今度何か王宮に納めたいから、なんでも欲しいものを言っておくれよ」
「あはは、ありがとう。じゃあ孤児院の子供達の食事に一品増やしてもらおうかな」
人差し指を立てて答える。
「いいね! お安い御用だよ。肉やフルーツを毎日たらふく食べさせてやるからね!」
そんな話をしていると、
「エルール、ちょっと、チエロが泣き止まないんだ」
赤子を抱いた若い商人が近づいてきた。
「どうしたんだい? ほら大丈夫よー」
若い商人から赤子を抱き受けるエルール。
彼女があやすと、次第に赤子は泣き止んだ。
「は一良かった、どこか悪いのかと思った」
涙目の若い商人。
「心配しすぎだよ、赤子は泣くのが仕事なんだから。それに、定期的にお医者さんにもみてもらってるんだし」
そう言って笑う。
この国では医術が発達していた。
「あ、アルマナ様、妻がお世話になっております」
「ラコニックさん、お久しぶりです」
エルールは私より一つ年上だった。
「あんたも早く結婚しなよ。家族はいいもんだよ」
彼女は優しい笑顔でそう言った。
「そうしたいのは山々なんだけどね、相手がね、いないよね……」
私はガックリうなだれる。
「あっはっは、大丈夫、あんたならきっとすぐにいい人が見つかるさ」
旧友との楽しい時間を過ごした後、私は商人通りを後にした。
南方にあるクリスタリージュ王国では日中気温が高いため、私の放つ冷気は、かつての凍える・寒いというものから、近くにいるとひんやりして気持ちいいという評価に変わっていた。
まあ、それを目当てに寄ってこられても困るけど、嫌われるよりはいいかなーなどと最近は思っている。
それに、冷気を抑える特殊な装備もあるし、生活する上で困ることも無くなった。
城では定期的にドラゴンのフレーズと会って話しをしたりしている。
しかし、檻にいない時の方が多いうえに、最近なんだかよそよそしいのだった。
孤児院から神殿へと向かうと、結界を維持するための祈りを捧げる。
それが終わると神官たちと談笑したあと、城へと戻った。
「アルマナ様、手紙が届いております」
侍女のアンさんが手紙を持ってきてくれた。
「ありがとう。誰からかしら」
差出人を見ると、『ラルジュ・ディ・フレイス』との記載があった。
◇
「で、君はどうしたいんだ?」
玉座に座るルシエル陛下は、少し苛立ちの混じった声で言った。
フレイス王国から送られてきた手紙には、『君が必要だ、戻ってきてくれ』と書かれていた。
「帰ると申し上げたら、帰らせていただけるのでしょうか?」
陛下を見返す。
「帰りたいというのか? 君は」
陛下も私を見た。
私は沈黙した。
重い空気が流れる。
私は止めてくれるのを期待していた
しばらく黙った後、陛下はこう言った。
「もういい、好きにするが良い」
陛下を試すようなことをした罰だろうか、一番聞きたくない言葉を言われてしまった。
「わかりました……」
そう言って礼をして、玉座の間を後にした。
◇
翌日、王宮の廊下でルシエル陛下とすれ違った。
何かにぶつけたのか顔が腫れ上がっている。
「ど、どうしたんですか!?」
驚いて聞くと、
「なんでもない」
ルシエル陛下はぶっきらぼうにそう答えた。
取り尽くしまもなさそうなので、そのまま行こうとすると呼び止められる。
「君に一つ言っておきたいことがある」
そういうと、私の正面に立った。
「実は君に隠していたことがあるのだ」
そう言うとメキメキと巨大化し、陛下はドラゴンへと姿を変えた。
ドラゴンとはいえ、何度となく見たその顔を間違えるはずはない。
「フレーズ……」
それは怪我の手当をしたドラゴンのフレーズだった。
再び人の姿に戻るルシエル陛下。
服は特殊な素材なのか元通りになっていた。
「私はドラゴノイドだ。今まで隠していてすまない。気味悪がられるのであまり人には言いたくなかったのだ」
ルシエル陛下は、何か思い詰めたような表情をしているようにみえた。
「いえ……、そんなことは別に」
私は、自分がどんな表情をしてるのかもわからずに、そう答える。
「あの時は命を救ってくれて本当にありがとう。感謝している」
真剣な表情で陛下は私を見た。
「いえ、当然のことをしたまでです。しかしなぜ、あのような大怪我を負ったのですか?」
疑問を素直に口にする。
「む、それは、姉と喧嘩してというか……、折檻されたというか……」
フレア様もドラゴノイドだとのこと。
姉弟喧嘩はよくあることなので、王宮の人間は王がいなくなってもまたどこかへ吹っ飛ばされたなと思って、あまり気にしなくなっているとの事だった。
「姉弟喧嘩で瀕死の怪我を負ったのですか?」
思わず笑ってしまう。
「笑わないでくれ。あれでも国のことを考えて、捻くれ者の私の背中を押してくれているのだから」
王を瀕死にしては元も子もないのではと思ったが、口にはしなかった。
「それで、言いたかった事というのは、それだけですか?」
まだ何か言いたそうに見えたので聞いた。
「いや……」
言い淀む陛下、しかし意を決したようにこちらを見た。
「昨日、君はフレイス王国に帰ると言ったら帰らせてくれるのかと聞いたな? あの時は好きにしろと答えたが、あれは訂正させてくれ」
陛下は続けた。
「君がいなくなると思った時から、君のことで頭がいっぱいになった。君に治療を受けてから、君と触れ合う中で、気づけば君のしなやかな強さ、心の美しさに私は……、私は惹かれていたようだ。そのことに昨日気づいた」
そう言うと陛下は私の前に跪いた。
「どこにも行かないでくれ」
その手にはリングが握られていた。
「アルマナ、私と結婚してくれ」
ルシェル陛下が私を見上げる。
私もルシェル陛下を見つめた。
「陛下、一つお聞きしてもいいですか?」
私はなんて事ない表情で陛下に問いかける。
「何でも答えよう」
真剣な表情の陛下。
「私の発する冷気で、部屋が冷えて快適だから一緒にいたいとかそういう理由は入ってないですね?」
何だか今の雰囲気が恥ずかしかったので、冗談めかして聞いた。
「もちろん入っていない、って何を聞いているんだ君は?」
陛下は困惑したような表情を浮かべた。
私は平静を装っていたが、それを隠し切ることはできなかった。
私の内心は嬉しさ爆発で、大興奮の巻なのであった。
しかし何とか冷静に、次の言葉を発する。
「ふふ、わかりました。こんな私でよければ」
笑顔で左手を差し出す。
「必ず幸せにすると約束しよう」
陛下も笑顔で私の薬指に指輪をはめた。
◇
「いやー、めでたしめでたし。粗忽者の弟に妃ができるとは。これで私も安心して国を留守にできるというもの」
「本当におめでとうございます陛下、アルマナ様」
フレア様やメイドさんたちが拍手をしながら柱の陰から現れた。
「姉上、盗み聞きしていたのですか?」
「邪魔しないように気を使ってあげたのですわ。しかし、『あれでも国のことを考えている』とは一体誰のことを言っているのかしら? まだ折檻を受けたりない様ね」
若干の殺意を込めた目でフレア様は陛下を見た。
「それは、その……」
「まあ、今日は許してあげましょう」
フレア様はぷいっとそっぽを向くと、
「では皆さん、挙式は一月後、盛大に行きますわよ」
メイドさん達に向かってそう言った。
「はい!」
「腕がなりますわ〜!」
「今から楽しみですわね~!」
祭り好きのメイドさん達は肩を回す。
「最高の結婚式にしてあげますわ。2人とも楽しみにしていなさい! わっはっは」
フレア様たちは笑いながら去っていった。
賑やかな人たちがいなくなって、辺りを沈黙が包んだ。
私たちは自然と見つめあう。
そして、少し気になっている事を聞いてみた。
「時に陛下、人間とドラゴノイドは子を成せるのでしょうか?」
「は?」
私の急な質問に、驚きの表情を浮かべる陛下。
「人とドラゴノイドの間に、子を成す事は可能かと聞いているのです」
「いや、それは……、わからないというか……」
奥歯に物が挟まったような言い方をする。
「はっきりおっしゃってください。わからないのですね? まあいいです、試してみればわかるのですから。では行きますよ陛下」
私は陛下の手を取った。
「な、ちょっと待て、今からか? だめだ、君はもっと、そう、節度をわきまえるべきだ」
そう言って立ち止まる。
「陛下、節度をわきまえろと私にそうおっしゃるのですか? しかし陛下は、まだ婚約者でもなかった私をペロペロしましたよね? そのほうがよっぽど節度がないのではありませんか?」
眉を顰めて陛下を見る。
「あ……いや、それは、泣いていたからではないか。あの状況なら誰だってペロペロするはずだ」
などと言い訳をする陛下。
「それは陛下の常識であって、普通はペロペロしません」
私の言葉に、「え、そうなの?」と言うような表情を陛下は浮かべた。
「でも陛下は、私が何も知らないのをいいことに、ペロペロしたんです。だから私に節度がないなどと、言う資格はありません」
陛下の心が折れる音が聞こえた気がした。
少し意地悪な言い方をしてしまったので、後でフレーズが気に入ってくれていたクッキーを作ってあげよう。
「やることはあれとさほど変わりません、行きますよ」
再び手を取って歩き出す。
これも王妃としての大事な仕事だし、私は家族というものにずっと憧れてもいたから、待ちきれなかった。
「ま、待ってくれ! まだ心の準備がー!」
一年後、二人の間には可愛い双子の赤ちゃんが生まれた。
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