#9
ふと思う。白崎さんはアルファとしてやるべきことをやったのだと。
周りを先導し、期待を背負うリーダー的存在に生まれたアルファに自由を指し示した。アルファのせいで苦しむオメガには精神的サポート、また経済的サポートを施した。
偽善と言えばそれまでだけど、彼はどれだけ嘲笑されてもやめなかった。
アルファの為に成し遂げた事がある。それは凄いことだ。
『まだ一部のオメガからは猛烈に叩かれてるのに、白崎さんはよくやりますよねぇ……』
誰もが呆れに近い物言いで彼を語った。雑誌でもあることないこと書かれたり、彼の本がコンビニのゴミ箱に捨てられてるのを見たりもしたけど、自分の人生を捧げる行為は偽善だけで続けられるもんじゃない。本当に偽善なら、得をしないと分かった瞬間に切り上げるんだ。
過日───鈴真の二冊目が進行した最中、偶然にも飛鳥影昌と顔を合わせる機会ができた。以前から親交のある編集プロダクションと飲み会をした時、飛鳥と親友という編集者がいて、酒のテンションで彼を呼んだのだ。誰もが来るわけないと思ってリラックスしていたのに、仕事帰りに凛と現れた飛鳥に驚愕した。
「初めまして。飛鳥影昌と申します」
「本物だ……」
「は、初めまして……! テレビで拝見するよりずっと背が高いんですねぇ!」
蓮川と来ていた同僚達も背筋がぴんとして、緊張しながら挨拶を交わした。テレビの前では彼のことを散々言いたい放題していたくせに、皆現金なものだ。
飛鳥と仲が良いという髭を生やした編集者は、彼の肩に手を回してビールを一気に仰いだ。
「数年前は無名の会社で、どこに行っても相手にしてもらえなかったんですよ。その頃は俺も編集者じゃなかったので、飛鳥の代わりに営業手伝ってたこともあります」
「あはは、懐かしいな。あの時は本当に助かったよ。ありがとう」
飛鳥の会社が好調になったのは、やはり一、二年の間のことらしい。しかし思っていたよりずっと謙虚な彼の姿勢に、その場にいる全員が好感を持てた。
「大学で知り合ったんですけど、誰も飛鳥がオメガだなんて思ってなかったんですよ。だって成績は常にトップだし、薬飲んでたりもないし? 体調悪くなったことも一回もないからぁ~」
「ちょっと。お前飲み過ぎだぞ」
段々話の内容が濃いものになっていた為、飛鳥は親友の肩を軽く肘で押していた。
しかし、圧倒的な存在感を放っている。見れば見るほど惹き込まれる……そうだ、まるであの人のような。
ついぼうっとして眺めてしまっていた為、視線に気付いた飛鳥と目が合った。
「蓮川さん? 大丈夫ですか?」
「あっ! すみません、ちょっと飲み過ぎたのかな……失礼します」
酒のせいにして、御手洗へ向かう。
うーん、目力があるせいか見つめ合うのは何か苦手だな。
トイレの鏡台に手をつき、鏡に映る自分を眺める。ほのかに頬が紅潮し、仕事でミスした時のような情けない顔をしていた。
もし目の前にベッドがあったら、数秒で夢の世界へ行ける。でもこの飲み会は今後の仕事にも影響してくるだろうし、水を飲んで気を引き締めないと。
「あの……」
「あふぁあっ!」
背後から掛けられた声に、自分でも笑ってしまうほど驚いてしまった。鏡に映る青年は依然として落ち着いている。それがまた虚しさを助長させる。
曲がったネクタイを直し、ゆっくり振り返った。
「飛鳥さんも御手洗でしたか。すみません、どうぞどうぞ」
「いえ。蓮川さんの顔色があまり良くなかったから様子を見に来たんです。大丈夫ですか? もし良かったらタクシーを呼びますよ」
「いやいや、そんな酔ってないので大丈夫です!」
というか、初対面なのにそこまで気にしてくれていたのか。感謝と申し訳なさでいっぱいになる。




