#8
鈴真は可笑しそうに吹き出し、仕事道具を片付けて蓮川を手招いた。
子ども達が駆け回る校庭を眺めながら、二人で校舎を出る。鈴真も長期でここにいるつもりはなく、今夜には急いで東京へ戻るつもりらしい。
「蓮川さんとお会いした頃からずぅ……っとこんな毎日ですよ。今はホテルだけじゃなくてオメガの保護施設も運営していますし、自分の時間なんて一切ありません」
「えぇっ、そんなウワサ全然聞きませんけど!」
「でしょうね。そっちの代表は俺じゃないので。あっ、いや……私」
「“俺”でいいですよ。色々驚きましたけど、白崎さんは今の方が素が出てる感じですね」
「素? ……そうですか?」
「そうです。なんていうか、今の方が活き活きしてる。婚約者さんとは順調ですか?」
尋ねると、彼はいつかと同じように顔を赤くし、そっぽを向いた。そして問いには答えず、訝しげに腕を組む。
「……わざわざ会いに来られた理由は何ですか」
「そりゃもちろん、新しい本の打ち合わせです」
はっきり言うと、彼は一瞬固まり、涙を浮かべながら笑った。
「相変わらずシビアで仕事熱心ですね~、貴方ってひとは」
「まぁまぁ、一応俺も野心がありますから。今大人気の飛鳥影昌を超える本を貴方に書いてほしいんですよ」
どれだけ多忙であっても、彼の名は知っているだろう。表情を窺っていると、鈴真は険しい顔をし、ため息をついた。
「残念ながら、彼の本は未読です。どんな本を書いたんですか?」
「比較的、アルファを持ち上げる話が多い印象ですね。オメガに自由と権利を、みたいな話は全くなかった」
「そんなの……俺が読んで、喜ぶとでも? 俺はアルファ至上主義者じゃない。見え透いたご機嫌取りだ」
「え」
どういう意味か聞こうとする前に、鈴真は颯爽と自販機に向かってしまった。蓮川も慌てて後を追う。
鈴真は缶コーヒーを二本持ち、一本を蓮川に手渡した。
「……ありがとうございます」
「いいえ。仕事の話に戻りますけど、そうだな……。あと一冊だけ書きます。それと申し訳ありません、当面は執筆活動を終了します」
「ええぇ!」
「俺はオメガの支援活動がメインですから。俺の連絡を待ってる学生や、困ってる子ども達がたくさんいるんですよ。蓮川さんなら分かってくださると思うんですけど」
「いや分かります、大事だと思いますけど……。収入は? 活動に必要な資金はどうするんです?」
「大丈夫です。冷凍コンテナみたいな場所でしかやり取りしないけど、ちゃんとアテがありますから」
鈴真は手を振り、意味不明なことを言ってにこやかに校舎へ戻っていった。後ろから見えた彼の左手には、以前とは違うマリッジリングが嵌められていた。
よく分からないけど、それなりに順風満帆ってことか。
必死に捜して会いに来ただけに、脱力してしまった。




