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大勢のオブザーバーと取材陣が待つホールに入った瞬間、歓声と拍手が湧き上がった。その向き先は鈴真だ。彼はフラッシュが焚かれる度にわずかに唇を引き結んたが、マイクの前に立つと持ち前の笑顔で、流暢に挨拶を済ませた。
ほら、緊張してると言ってたわりに饒舌じゃないか。
大して驚きもしない。アルファはそういうものだ。難関と言われる壁を軽々と乗り越え、新しい世界を切り開いていく。
鈴真は元々は一般人だ。だがSNSで数万のファンを抱える、今や誰もが知ってるインフルエンサーである。アルファの枠にはまらない自由な生き方をモットーにし、価値観や教育観、悩み相談から私生活まで幅広く発信している。会社勤めや起業をすることより、悠々と旅をする楽しさを動画や文章で公開している。
オールマイティ故内容自体は誰でもできることばかりで、特別な知識や技術を使っているわけではない。強いて言えば魅せ方が上手いのだろう。人の好奇心や探究心を擽り、もっと見てみたい、やってみたいと思わせる技法に長けている。
その為彼がSNSで公開した随筆を再編集して出来上がった書籍、“生き残る種”の出版に世間は注目した。蓮川が務める広告会社は前々から鈴真をターゲットし、紆余曲折を経て書籍化の契約成立を掴み取ったのだ。良い広告塔を奪われ同業他社は悔しがってるに違いない。ただこちらも初期投資としてかなりの額を宣伝に使ったのだし、話題になることは想定の範囲内だ。
彼は今のスタイルを確立する前公務員として堅実に働いていたようで、退職した理由は一切明かされていない。蓮川を含め多くの人が知りたがっているが、経歴は大部分が謎に包まれている。せいぜい同棲してるオメガの婚約者がいる、ということぐらいだ。だがその相手も闇に包まれている。
血縁にプロフィール、性別。
……解放。性を捨てた生き方。
白崎鈴真の一番のテーマだ。熱狂的な支持に加え期待と興味を集めている理由は、少々ぶっ飛んだ思想を掲げているからかもしれない。
「将来私達は情報を操り、情報に操られて生きていくでしょう。でも最後に求めるのは目に見えないものではなく、身近にいる大切なひとです。私はこの本が、アルファの副読本になることを願っているんです」
鈴真は自分の本を高く翳しながら、まるで祈りを捧げるように訴えた。
「自分らしく生きながら、困っている人々に目を向ける。それこそ正しい人の在り方です。……そして私が次に目指すのはオメガの救済だ。先日正式に、生活に困窮しているオメガを支援する団体を立ち上げました。私はアルファであることを捨て、いずれ全てのオメガの父のような存在になりたいと考えています」
会場が一斉にどよめいた。
蓮川は瞬時に、今この会場で笑っているのは鈴真だけだと確信した。司会も何が起こったのか分からない顔で鈴真を見つめていたが、カメラに気付いて慌てて咳払いした。
彼は何を……
「何言ってんだ……」
侮蔑するつもりは微塵もない。ただ、それはとても自然に零れ落ちた。会場にいるほとんどの人間が、未知の生物に出逢ったような表情だった。
兎にも角にも、突飛過ぎる話が展開されたことは確か。しかし鈴真はマイクを握り直し、にこやかに続ける。
「……ごほん、失礼しました、話が逸れてしまいましたね。最後に、この本の完成に携わってくださった全ての方にお礼を申し上げます。ありがとうございました」
その会見は良くも悪くもインパクトを与え、鈴真の知名度をさらに上げる結果になった。




