#2
声を荒らげたことで彼は相当驚いたようだ。ハンカチを持っていた手を下ろし、気まずそうに扉に背を預ける。
「あ……」
あぁ……やってしまった。
助けてくれたひとに対する態度じゃないだろ、俺。
深く息を吸い、頭を下げる。
「ごめん。せっかく心配してくれたのに」
「ううん、いいよ。ばれたくないっていうか、指摘されたくないことだもんね」
「いや、そうじゃなくて……俺、本当にオメガじゃない。アルファなんだ」
そう告げると、彼はさらに驚いた様子で鈴真を見返した。
「え、だって、ヒートしてない? こっちもちょっとぬれてるし」
後ろに手を回され、羞恥心で顔が真っ赤になる。彼はそれも察したらしく、咳払いした。
「……詳しくは分からないけど、大変だね。でも何となく共感できるかも」
共感?
こんないかにも出来たタイプが?
「君、これからもそうやって、必死に身体のことを隠していくの?」
「それはもちろん……ていうか、それしかない……」
「そうかなぁ」
少年は不思議そうに首を傾げるが、当然だろう。もしこの特異体質が明るみになれば、好奇の視線に晒される。普通の生活は送れなくなる。
でも、彼はそれをきっぱり否定した。
「オメガだっていいじゃん。案外アルファより生きやすいかもよ?」
あまりにあっさりと。他人事のような口ぶりに、怒りや呆れよりも驚いてしまった。
「オメガは大変だって、皆言ってるよ?」
「うん。大変だとは思う。実際身体の不調はかなりきつい……でもびくびく隠れながら生きるよりはマシじゃないかな? 俺はオメガとしての生活、そこまで嫌じゃないけど」
「え」
嘘だろ。彼が、オメガ?
何かの聞き間違いとしか……それか、冗談としか思えない。だけど彼は至って落ち着いた様子で、鈴真の前髪を持ち上げた。
「君とは真逆。性格も能力も体質も、オメガらしくないって言われてる。それで家族からは気味悪がられて、同じオメガからは避けられてる。そんなもんでしょ」
「そうなんだ……辛くない?」
「全然。もっと勉強して、大人になったら皆手下にしてやろうと思ってるし」
彼は誇らしげに腕を組んだ。やはり自分とはメンタルの強さが違うようだ。そういう所も何だかリーダーっぽい。
他人とは違う場所を見ている。最終的には自分の為になることを、必死に模索している。一メートル先も見えない鈴真には真似できない思考だ。
こんなひとになりたい。拳を強く握り締め、息を整えた。
「俺達けっこう似たもの同士かもね」
人生最悪の日は、決して忘れることのできない、対戦な日となった。
「一緒に頑張ろうよ。あ、そうそう……名前教えて! しんどかったら帰りも時間合わすし、変態オッサンから守るから」
「あ、はは……ありがとう」
オメガに守られる。普通は逆なんだろうけど……。
その“普通”を、いつか変えることができたらいいな。
アルファが有能でオメガは無能だなんて、そんな教科書は要らない。いずれ自分達のような存在が増えて、もっと混沌とした世界になるかもしれない。
アルファらしくない自分と、オメガらしくない少年。
この出会いが全てを変えた。この先もっと苦しいことが待ち受けてるとしても、生きていこうと思えた。
生まれてきたことを後悔する……そんな人生にはしたくない。
「白崎鈴真。……これからよろしく」
照れくさい気持ちで自己紹介すると、その子は今までで一番嬉しそうに頷いた。




