#1
「何で生きてるんだろう」は、次第に「何で生まれてしまったんだろう」に変わる。
知るのが怖い。考えたくもない。真実を突きつけられるのが、怖い。
だから必死に自分を高めて、アルファの皮を被った。
白崎鈴真という人間をできる限り客観視して、アルファらしく振舞う為に努力した。
でもアルファらしさ……って何なのか。何かもう、よく分からない。
毎晩遅くまで勉強して、寝不足でふらふらな日が続く。すると授業も部活も身に入らず、家に帰れば親に叱咤される。
何の為に生きてるのか分からない。鈴真は中学二年生にして早くも“死”について考え出していた。
毎日自殺する人が大勢いること。小学生から年老いた人まで、性別もばらばらということを知った。けどそのデータの中で、オメガが最も大きな範囲を占めていることも分かった。
周りの皆もオメガは生きづらい、可哀想だ、と言う。
じゃあ俺は何なんだろう?
身体が火照って、オメガのように人目を気にして、アルファらしくない低能な俺は……。
私立の中学校で、毎日電車に乗って通学する。満員電車の時は酷く憂鬱で、体調が悪い時は泣きそうだった。大人になってもこんな生活を送るのかと思うと、片手に持ってる参考書をびりびりに破りたくなる。
朝は一号車の一番端の席に座ることにしている。目的の駅までは三十分ちょっと。十五分ほど本を読んで、残りは寝たフリをするのが習慣だ。
それの目的は眼の休息と、もうひとつ理由があった。乗り始めて三駅で、自分と同じぐらいの男子学生が乗ってくるから。
毎朝彼に会うことでほっとしてる。
今日も……かっこいい。
彼は長身で、黒い髪と瞳が印象的な少年だった。有名な進学校の為、制服を見れば分かる。鈴真がやっとの思いで入れた学校より、さらに難関の学校だ。
きっとアルファに違いない。羨望と嫉妬の感情が綯い交ぜになり、段々意識するようになってしまった。彼もやはり人がいない時は一番端に座るので、鈴真と向かい合う形になる。時々目が合ったが、人見知りな鈴真はすぐに視線を本に落とした。
一度話してみたいけど……。
話してどうする。
それに話しかけて、無視されたらかなり辛い。チキンだから通学時間を変えて、会わないようにしたくなるだろう。
同性愛は珍しくないけど、これは別に恋心とかじゃない。このまま無難に卒業までやり過ごそう。そう心に決めて、何ヶ月も過ごした。体調が悪い時は目的地より先に降りて、駅のトイレに駆け込むこともあった。下半身に伝う嫌な感覚とか、同じアルファから向けられる好奇の視線とか。しんどいことはたくさんあったけど、毎日ギリギリで乗り越えた。
でもその日だけは何とかならなかった。
「……っ……」
体調が不安定だから早く家を出ようと思ったのに寝坊して、人が一番多い時間に電車に乗ってしまった。
全身が熱を帯び、人と少し当たるだけで頭がくらくらする。
腰の辺りがむずむずして、冷たい、何かが零れ落ちていく。
「ふっ……ぅ、……」
声が抑えられず、段々足の力もぬけていく。ほとんど人に寄りかかるような形になりかけ、慌てて吊り革を掴んだ。
鈴真の前に立つ中年の男性は訝しそうにしていたが、過ごししてからそっと手を伸ばしてきた。
「っ!?」
周りに見えないように膝の辺りをまさぐり、ゆっくり上へとなぞっていく。恐ろしさで頭が真っ白になり、動けなくなった。
ここで大騒ぎすれば彼からは逃れられるかもしれないが、自分の身体のこともばれてしまう。アルファなのに、まるでオメガのヒートのような症状が起きるなんて……親や学校にばれたら、今までのような生活ができなくなる。
唇を強く噛んで、必死に耐えた。目的の駅まであと五分……そこまで我慢すれば。けど、前に手を回されそうになって絶句する。まさかこれだけの人がいる中、そんなことをしてくるなんて。
いよいよ絶望で真っ暗になる。しかしその時、反対側から手を強く引っ張られた。
「降りるよ」
「えっ?」
ちょうど駅に停車し、ドアが開いた。訳が分からぬまま引っ張られ、ホームに降りる。鈴真に触れていた男は焦った様子でその場に留まっていた。
「君……」
一緒に駅を降りたのは、いつも行きの電車で顔を合わせる少年だった。
しかし鈴真はもちろん、ここは彼が普段降りてる駅でもない。鈴真の身に起きたことを察し、慌てて降ろしてくれたのだ。
「大丈夫? 駅員さん呼ぼうか?」
「え……あ、ううん! 大丈夫、だから呼ばないで……!」
彼の手を強く握り、首を横に振って訴えた。彼は黙って頷き、再び歩き出す。連れていかれたのは駅のトイレ、その個室だった。
何でこんなことになったのか分からないが、初めて喋る少年とトイレの個室に閉じこもっている。
「時々、具合悪そうにしてるよね。さっきは大丈夫だった? あの変なオッサンに触られてたでしょ」
「う、うん。……助けてくれてありがとう。てか、君も遅刻しちゃうよね」
「たまにはいいよ。何となく今日は行きたくなかったから」
彼は悪戯を仕掛けた子どものように笑い、ポケットからハンカチを取り出す。それを徐に近付け、額を拭いてくれた。
「すごい汗。……抑制剤、持ってないの? オメガでしょ?」
その言葉は、刃物と同じ力を持っていた。抑えていた酷い吐き気と嫌悪感が溢れ、喉が張り裂けそうなほど叫んだ。
「オメガじゃない!」




