#2
手洗い場を出て、ブルーライトが足下を照らす廊下を進む。
「そういえばあの本にも書かれていたような……でもほんとにそんなことがあるんですか? まさか、誤診?」
「いえ、家が厳しいので別の病院にも行かされましたが、どこへ行っても結果は同じでした。大人になってからも一度受けたけど、オメガという結果は変わらない。……ただ僕はアルファを惹き付けたことはないので、徹底的に隠せばベータとして生きることも可能だった」
飛鳥は目を眇め、近くの壁に凭れた。少し先に同僚達が飲んでいる部屋があり、時折賑やかな声が聞こえる。
「ある意味、アルファに対して劣等感の欠片もない、というのが僕の一番の強みかもしれません。大勢の社員を引っ張っていくには、それだけでは足りないけど」
「いえ……充分すごいですよ。飛鳥さんみたいな人もいるんだ、って……とにかく驚きました。俺、自分がアルファってことで自惚れてた時もあって。恥ずかしいです。性別なんてただのカテゴリーに過ぎないのに」
スマホを取り出し、たまっている着信にさっと目を通した。今の仕事は好きだから続けたいが、少し肩の力を抜いてもいいのかもしれない。
「あ」
履歴の中に鈴真の名前を見つけ、ハッとする。そういえば今日までに頼んでいた原稿修正があった。
「どうされました?」
「すみません、仕事の電話が……あ、でももう遅いから明日掛け直します。寝てるところを邪魔しちゃいけないし」
スマホの画面をちらつかせると、彼は目を見開いた。それも一瞬のことなので、見間違いだったかもしれない。
飛鳥は踵を返し、再び歩き出した。
「……蓮川さん、僕が仕事を頑張ってる理由は……お伝えしましたっけ。自分と同じオメガ達の支援、と」
「恋人の為、でしたよね? 恋人さんは、……アルファなんですか?」
こんなことを訊いてはいけない。そう胸が騒ぐのに、何故か止まれなかった。彼と会ってからずっと謎の焦燥に駆られている。自分が探している答えを持っているような、そんな幻に近い願望が。
彼はスマホを一瞥し、軽く手を振った。
「アルファと認知されてますよ。ところが私が仕事に奔走したせいで、もう長いこと喧嘩中で。だから蓮川さんにアドバイスできることは何もないんですよねぇ」
「はぁ……」
長く続く秘訣を訊こうとしていたこともバレてたようだ。飛鳥は皆が寛いでいる部屋へ戻り、先程と同じように談笑した。
二人して長く席を外した為同僚からからかわれたが、そこはキッパリ否定した。多分自分に限らず、誰一人として飛鳥の世界に踏み入ることはできないだろう。彼の瞳は、いつも大切な人を映している。




