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第2話:丁寧すぎるモブ、その名は盾

はじめまして。

異世界転生、それは夢とロマン。

しかし、もし転生先で「一箇所でも汚れたら即死」という縛りプレイを強いられたら……?

潔癖すぎる王子と、謎の丁寧すぎるモブによる異世界サバイバル(?)コメディ、開幕です。

フォルカード(中身は二十六歳の山田太郎)としての生活が始まって三日。

 俺は絶望していた。

 この城、どこもかしこも**「敵(汚れ)」**だらけだ。

 豪華な食事はソースが跳ねる地雷原。

 恭しく膝をつく侍女の指先には、掃除の際についたであろう微かな埃。

 そして何より、事あるごとに「殿下、演習の御指導を!」と詰め寄ってくる筋肉だるまの騎士団長。

「無理だ。このままじゃ一週間で寿命が尽きる……」

 自室の椅子に、背もたれに触れないよう背筋をピンと伸ばして座る。

 周囲からは「休息の間も王者の風格を崩さぬ聖者」と拝まれているが、単に背もたれに猫の毛が一本付着しているのを見つけただけだ。

 俺は窓の外、騎士団の訓練場を凝視した。

 いた。隅っこで、一本一本の草を「邪魔ですね」とばかりに指で引き抜いている男。

 モブ騎士、ジャックだ。

「……彼を、俺の専属護衛に指名する」

 側近たちは驚愕した。「あのような無名の新兵を!?」と。

 だが俺は、それっぽい理由を並べ立てた。

「彼は……『静止』を理解している。騒がしいこの城で、彼だけが調和を保とうとしているのだ」

(訳:アイツの周りだけ、なんか物理法則が働いてなくて綺麗だから)

 そして数分後。

 ジャックが部屋に呼ばれた。彼は一礼すらも丁寧すぎて、まるでスローモーションのようだ。

「……ジャックと言ったか」

「はい、フォルカード殿下。しがない雑用係でございます」

 嘘をつけ。お前、さっき訓練場の石畳を素手で磨いて指紋一つ残さない鏡面仕上げにしてただろ。

「今日からお前は、俺の隣を歩け。ただし、俺から半径五十センチ以内には絶対に近づくな。だが、俺に飛んでくる『不浄』はすべて排除せよ」

「不浄……。ゴミや汚れ、ということでしょうか?」

「そうだ。一粒でも俺に触れさせれば、俺の機嫌……いや、命に関わる」

 ジャックは少しだけ首を傾げ、それから納得したように深く頷いた。

「なるほど、極度の潔癖……いえ、『高潔の極致』であられるのですね。承知いたしました。このジャック、殿下の清廉を全力でお守りします」

 その直後だった。

 運悪く、窓から一匹の小さな羽虫が迷い込んできた。

 不規則な軌道で、俺の真っ白な肩を目指して飛来する。

(ひっ……! 虫! 虫の体液は落ちにくいんだよ……!)

 俺が悲鳴を上げそうになった瞬間。

 ジャックの手が、残像すら残さず動いた。

 カチッ。

 指先で何かを摘む小さな音。

 ジャックは、飛んでいた羽虫を「空中で二本の指で羽だけを掴んで」捕獲していた。虫は潰れてすらいない。

「失礼。不法侵入者は、外へお帰り願いました」

 窓を開け、丁寧に虫を逃がすジャック。

 ……こいつ、やっぱり本物だ。俺の漫画センサーが「勝った」と確信した。

「殿下! 大変です!」

 そこへ、空気の読めない騎士団長が扉を蹴り開けて入ってきた。

 手には、戦場から持ち帰ったばかりの「魔王軍の呪われた汚染旗」を掲げている。

「見てください、この汚らわしい魔力! 殿下の聖なる魔力で浄化していただきたく――」

 おい、馬鹿やめろ。その旗からドロドロした黒い液体が滴ってるだろ!

 床に落ちた飛沫が、俺の靴に向かって跳ねる。

(終わった。俺の人生、ここで完――)

「――『マナー違反』ですよ、団長閣下」

 ジャックが、手近にあった「ただの布巾」をスッと差し出した。

 ただの布巾のはずなのに、飛んできた黒い飛沫を全て吸い込み、さらに団長が持っていた旗そのものを、一瞬で真っ白な「ただの白い布」に変えてしまった。

 団長が呆然と立ち尽くす。

「なっ……呪いが、消えた……!? 浄化魔法も使わずに、ただの布で……!?」

 ジャックは涼しい顔で、汚れた布巾を丁寧に畳んだ。

「ゴミを出すときは、分別してまとめないと。殿下が不快になられます」

 違う。団長、驚くところはそこじゃない。

 ……まあいい。

 俺は確信した。この「丁寧すぎる最強の盾」を使い倒せば、俺の高級クリーニング人生は安泰だ。

「……よくやった、ジャック。褒美に、後で最高の洗剤をやる」

「洗剤、ですか? ありがとうございます。楽しみです」

 こうして、世界一高潔(に見える)王子と、世界一丁寧(に全てを粉砕する)モブの、奇妙な主従関係が始まった。

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