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第七話 深淵図書館と、囁く影

雪の夜を越えた僕たちは、《アルグレイン》のさらに奥――

“知識の墓所”と呼ばれる古代遺跡《深淵図書館アビスライブラ》に辿り着いた。


霧の谷を抜けた先、氷の塔のように聳える巨大建造物。

千年を超えて閉ざされていたはずの扉が、僕たちの前で音もなく開いた。


「……誰かが、私たちを招いている。」

リリアが静かに剣を握る。

セオドールは警戒しながら杖を構えた。

「罠の可能性が高いな。ここは王国最古の封印区域。

 学者たちですら一歩も入れなかった場所だ。」


僕はゆっくりと歩を進める。

中は想像を絶する光景だった。

無数の書架が天井までそびえ立ち、宙に浮かぶ書物がゆっくりと回転している。

だが――どの本も、文字が滲み、掠れていた。


「……全部、読めない。」

リリアが本を開くと、ページの上で黒い靄がゆらめく。

その瞬間、囁きが耳元を撫でた。


『――よく来たな、“言葉を盗む者”よ。』


僕は息を呑んだ。

背筋を走る冷たい感覚。

“誰か”が、僕の名前を呼んだ。

だが、その声は――僕自身の声だった。


「いまの、私たちの声……?」

「違う。これは“呪いそのもの”の反響です。」


セオドールが苦い表情を浮かべる。

「つまり、ここにあるのは“記された呪い”……か。」


そう――この図書館は、古代の呪術師たちが“禁忌の言葉”を封じ込めた場所だった。

言葉には力がある。

特に、“名”を持つ言葉は世界の理を歪める。

この空間に満ちる囁きは、まさにその“理の残響”だ。


「……来たわ。」

リリアの声と同時に、天井の影が形を持ち始める。

無数の黒い手、歪んだ顔、そして――声。


『我らは知識の守護者。知る者を呪い、忘れる者を赦す。

 汝は何を望む?』


僕は一歩前に出た。

「僕は、“呪いの起源”を知りたい。

 この世界の“言葉”が、どうして呪いに変わったのか。」


『愚かなる願い。知ることは、呪われること。』


「それでも構いません。」


リリアが僕の肩に手を置く。

「……あなたがそう言うなら、私も行くわ。」

セオドールが溜息をつき、杖を構えた。

「まったく……止まり木の連中は、揃って無鉄砲だな。」


黒い影が形を変え、巨大な“書の獣”となった。

ページが羽のように舞い、牙のような文字が宙を裂く。


「――来るぞ!」

リリアが前に出て斬りつけるが、斬撃はすり抜ける。

影は笑うように形を歪め、僕たちの名を呼び続けた。


『レント・アシュフィールド。リリアーナ・フォン・エルクハイム。

 お前たちの“真名”を、我が書に記そう。』


――まずい。

“真名”を奪われた者は、この世界で存在を失う。

影に名を記される前に、断ち切らなければ。


僕は詠唱を開始した。


「《大呪術・文字還流リターニング・ワード》!」


魔法陣が床を覆い、図書館全体が震え始める。

本棚が唸り、ページが舞い、光の奔流が闇を貫いた。


「この世界の“呪いの言葉”は――もとは、“祈り”だった!」


影が呻く。

『祈り……だと?』


「そうだ。

 古代の人々は、願いを文字に刻んだ。

 だが、願いが絶望に変わった時、それは“呪い”になったんだ!」


僕の掌が光り輝く。

言葉が逆流し、黒い靄を押し返す。

「――だから僕は、もう一度“祈りの形”を取り戻す!」


影が悲鳴を上げ、図書館全体が光に包まれた。

そして、静寂。


リリアが膝をつき、息を吐く。

「終わったの……?」

セオドールが周囲を見渡す。

「いや……まだ“中心部”が残っている。」


光の中に、一冊の古びた本が浮かんでいた。

それは、僕の名前が表紙に刻まれた――《呪術大全・レント編》。


僕は本に手を伸ばす。

だが、その瞬間、再び囁きが聞こえた。


『……次に呪われるのは、お前だ。』


冷たい風が吹き抜けた。

手の甲に、見慣れぬ紋様が刻まれている。

紫の蛇がゆっくりと蠢きながら、僕の皮膚に沈んでいった。


「レント!? その腕……!」

「大丈夫です。……少しだけ、代償を払っただけですよ。」


リリアは拳を握りしめた。

「そんな無茶を……!」


僕は微笑む。

「でも、これで分かりました。

 この世界の呪いの根は、“失われた祈り”です。

 次は、それを取り戻しに行きましょう。」


リリアは少し黙ったあと、ふっと笑った。

「……あなたって、本当に呪術師なのかしら。」

「ええ、“祈りを呪いに変える”呪術師です。」


外では、夜明けの光が差し込んでいた。

長い夜が、少しずつ明けようとしていた。

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