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第四話 査察官の影と“止まり木”の試練

霧が薄れ、ミストハウンドの朝がゆっくりと明けていく。

「止まり木」はいつも通り静かな空気に包まれていた――

……はずだった。


「――すまない、この店の主人に会いたいのだが。」


ドアベルが鳴り、低い声が響く。

振り向くと、黒い外套を羽織った男が立っていた。

腰には短剣、胸元には王国の紋章を刻んだ徽章。

その目はまっすぐで、鋭い。


「……王国査察官、セオドール・クライヴ。

この店に“違法呪術行使”の疑いがあるとの通報を受けてきた。」


「通報……?」

僕――レントは、思わず眉をひそめた。

もちろん、違法な呪術など使っていない。だが、“王国紋章術式”を解いたことが、

どこかで察知されたのだろう。


リリアがカウンターの奥で静かに構える。

わずかに手が剣の柄へ伸びかけたが、僕は視線で制した。


「お待ちください。私はただ、依頼を受けて呪いを解いただけです。

王都の研究院とは関係ありません。」


「それを確かめに来た。」

セオドールは一歩近づき、金の瞳を細めた。

「……貴様が、レント・アシュフィールドか?」


その名を聞いた瞬間、空気が凍る。

背中を冷たいものが這い上がる感覚――

どうやら、彼は“僕の過去”を知っているらしい。


リリアが低く言う。

「査察官。彼は罪人ではない。むしろ、命を救う者だ。」

「王家を離れた者が、よく口を出す。」

その言葉に、リリアの瞳がわずかに光った。

だが、セオドールは冷静だった。


「……元・第一王女リリアーナ・フォン・エルクハイム殿。

あなたの存在も、王都では“死亡”として記録されている。

なぜ生きている?」


「理由は簡単だ。“彼が”助けてくれた。」


二人の視線が交錯する。

セオドールの眉がわずかに動いた。

「……なるほど。では、彼の呪術は確かに“死を超える”ものか。」


そして、静かに告げられた。

「その力こそが、我らが追っている“禁呪”。

――大呪術《因果改変》だ。」


店の中には、冷えた沈黙が流れていた。

セオドールの金の瞳が、まるで獲物を見定める猛禽のように僕を射抜く。


「大呪術《因果改変》――。

それは、王都の研究院が最も警戒する禁術だ。

存在そのものを“なかったことにする”……。

レント・アシュフィールド、貴様はそれを行使したな。」


「違います。僕が使ったのはただの《解呪》です。

目の前の人を救いたかっただけだ。」


「だが、結果として“呪いが存在しなかった”ことになった。

それが禁呪の定義だ。」


セオドールの言葉に、僕は黙るしかなかった。

確かに、リリアの腕から呪いを完全に消したとき――

世界の理に干渉するような、奇妙な“揺らぎ”を感じたのだ。


リリアが一歩前に出る。

その瞳には、かつて王家の象徴と呼ばれた剣聖姫の気迫が宿っていた。


「査察官、彼を連れて行くなら、私の命を賭けてでも阻む。

――この店は、私の恩人の居場所だ。」


セオドールの眉が動く。

「王族の威光を持ち出すか?」

「そんなもの、とっくに捨てた。だが恩は、王冠より重い。」


静かな緊張が走る。

セオドールはため息をつくと、短剣を抜いた。

「ならば見せてもらおう。“禁呪”を使わずして、己の潔白を証明できるか。」


彼が構えた瞬間、空気が歪んだ。

魔力の波が店の内部を揺らし、棚の瓶がカタカタと鳴る。

ただの査察官ではない――その魔力密度は、明らかに上位の戦闘術士だ。


僕はカウンターの裏に隠した護符を指で弾く。

《抑制結界》が静かに起動し、店の中の魔力を鎮めていく。


「……戦う気はありません。

ですが、ここを壊すなら――それなりの覚悟を。」


セオドールの瞳が鋭く光る。

「ほう。やはり、只者ではないな。」


その時――

リリアが軽く床を蹴り、剣を抜いた。

銀の光が一閃。セオドールの短剣に火花が散る。


「レントの店で暴れる者は、誰であろうと許さない。」


ふたりの武器が何度もぶつかり合い、店の中に鋭い音が響く。

だがその攻防は、長くは続かなかった。

セオドールが目を細め、剣を収める。


「……なるほど。呪いの気配は、確かに感じない。

むしろ、店全体に“浄化の加護”が満ちている。

通報は誤りだったか。」


「誤り?」僕は息を整えながら問い返す。


セオドールは少しだけ視線を落とし、静かに告げた。

「いや――“誰かが意図的に流した情報”だ。

お前を王都から再び排除するためにな。」


その言葉に、僕とリリアは目を見合わせた。


「……アレスたちか?」

「断定はできん。だが、勇者パーティーと研究院は深く繋がっている。

禁呪を利用した“対魔王兵器計画”を進めているらしい。」


「兵器……だと?」


セオドールは小さくうなずいた。

「呪いを支配する者を、神の道具として使う――。

貴様のような“異端の呪術師”こそ、彼らにとって最も危険な存在だ。」


一瞬の静寂。

リリアが強く拳を握る。


「レント……私は決めた。

この店を守るだけじゃない。

あの連中が“呪い”を再び利用しようとするなら、止めなければ。」


「……でも、リリア。君は――」


「私は剣聖姫リリアーナだ。

王家が腐っても、王国を見捨てるつもりはない。」


その瞳に宿る決意は、まるで黎明の光のように眩しかった。


セオドールが小さく微笑む。

「どうやら、王国もまだ捨てたものではないな。

……私も動こう。真実を暴くために。」


霧が再び窓を包み込む。

止まり木の店内に残るのは、湯気の立つ紅茶と、

新たな決意を胸にする三人の影だけだった。


そしてその夜。

王都では、勇者アレスのもとに一通の密書が届く。


『呪術師レント・アシュフィールド、生存確認。

王女リリアーナと行動を共にす。』


アレスはその文を握りつぶし、冷たく呟いた。


「――なら、今度こそ“利用”してやるさ。あの呪いを。」

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