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第一話:呪われた剣聖姫と辺境のカフェ

王都を後にした僕は、馬車を乗り継ぎ、霧深い森の奥、ミストハウンドという小都市にたどり着いた。

水辺に映る霧、松林を抜ける風、薄明かりの街灯。

「ここなら、もう誰かの期待に縛られずに生きられるかもしれない」

そう願いながら、僕は街のはずれにある小さな空き家を買い取り、日々を紡ぐ場所を作った。


店の名は――『止まり木』。

傷ついた旅人が一息つけるような、静かな休息の場。

表向きは 解呪師、薬草や古書を扱う店として営みつつ、ささやかなカフェ併設。

呪術師という肩書きは、街の人前では使わない。

“呪いを解く者”という立ち位置で、日常を穏やかに積み重ねていった。


そんなある日の午後、店のドアベルが、いつもより重い音を立てて鳴った。

振り返ると、そこに立っていたのは──


透き通るような白銀の髪。凛々しくも儚い気品をたたえた美しき女性。

だが、その表情はどこか沈んでいる。衣服の縁から、黒ずんだ魔力の気配が漂っていた。


「……ここが“どんな呪いでも解く”と噂の店か?」

その声は冷たくも脆く、震えるように響いた。


「い、いらっしゃいませ。小さな店ですが、どうぞ……」

僕は平静を取り繕いながら、席を案内した。


彼女は静かに腰を下ろし、左腕を差し出した。

紫紺の紋様が蛇のように絡まり、微かに蠢いている。

「私の名はリリア。かつてはリリアーナ・フォン・エルクハイムと呼ばれた者」

その名を聞いた瞬間、僕は胸を強く打たれた。


“剣聖姫”リリアーナ──王国最強の王女。

しかし一年前、解呪不能の呪いに侵され、力を失い、王家にも見捨てられたという噂があった。


「見ての通り、私は呪われ者の成れの果てだ。

あらゆる神殿、賢者を頼ったが、誰一人、この呪いを解けなかった。

お前が最後の希望だと聞いて──」


彼女の左腕を覆う紋様はただの“呪い”ではない。

古代魔王の残したという【力の簒奪】。

対象の魔力と生命力を永続的に侵食し、力を奪い続ける。

ある意味、術式の完成度は異常なまでに高く、普通の解呪法では歯が立たない。


しかし、僕は感じた。

この呪いが紡がれた理の“ねじれ”を。

この術式の根幹にある因果律の歪みを。


「……お客様。少し、その腕に触れてもいいですか?」

僕の声は低く静かだった。


「……好きにしろ」

呪いに沈んだ彼女の瞳が、わずかに光を宿した。


僕はそっと、彼女の腕に手を触れた。

意識を内側へ沈め、魔力を四方に広げて、呪詛の根源を探る。

その呪いの糸を、一筋ずつ逆流させて解消していく。

ただの《解呪(ディスペル)》ではない。

僕の持つ【大呪術】の力を応用し、因果律を書き換える。

「この呪いは、最初から存在しなかった」という結果へ強制的に調律する術。


――光が、紋様を貫き、割れ、霧散するように。

呪いの紋様はパリンと壊れ、紫の霧が淡く宙に溶けた。

リリアの腕には再び、力と魔力の流れが戻っていった。


「なっ……!」

リリアは目を見開き、自分の腕を、そして僕を見つめる。


「まさか……あれほど苦しめていた呪いが、こんなにも簡単に……?」

彼女の声は震える。


「もう大丈夫です。念のため、呪い返しの護符も入れておきますね。

代金は……銅貨5枚でお願いします。」


「銅貨5枚!?」

彼女が混乱したように眉をひそめ、腕と僕の顔を交互に見つめる。


やがて、彼女の瞳に熱い光が宿った。

「……レント、というのか」

「はい」

「私は、お前にとんでもない借りを作ってしまったようだ。

この命、――もはや、あなたのものだ。

今日から、私をこの店で使ってくれ。護衛でも、看板娘でも、皿洗いでも。

このご恩、生涯をかけて返させてもらう。」


こうして、僕の静かなスローライフは動き始めた。

元・最強の王女というハイスペックな“同居人(兼ウェイトレス)”を迎え、

呪術と因果の力を背に、穏やかな日常と波乱の日々が交錯することになる。


その頃――

僕を追放した勇者パーティーは、強力な状態異常使いのダンジョンボスと遭遇していた。

「なぜだ……レントがいれば、こんな呪いは一撃で消せたというのに……!」

後悔の叫びが、薄暗い迷宮に響いていた。

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