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第十一話 呪いは祈りへ、祈りは日常へ

朝。

霧が晴れ、湖の水面に映る空が青く澄んでいた。


“止まり木”の一日は、いつもと同じように始まる。

カウンターの奥で僕はコーヒーを淹れ、リリアはカップを並べていく。

それだけのことなのに、心の底から穏やかだった。


「……ねぇ、レント」

「はい?」

「最近、思うんだ。ここって、本当に“呪い”の癒やしの場所になってるなって。」


リリアの言葉に、僕はふと手を止めた。

確かに、店を再開してからというもの、

訪れる客のほとんどが、何かしら“心の呪い”を抱えていた。


失恋した旅人。

仲間を失った傭兵。

帰る場所をなくした少女。


僕は彼らの話を聞き、ただ静かにコーヒーを差し出す。

それだけで、皆少しだけ笑顔を取り戻してくれる。


「……本当に不思議ですよね。

 呪いって、必ずしも“悪”じゃないのかもしれません。」

「え?」

「誰かを憎むほどの想いも、深く愛した証だから。

 なら、それを癒やすことは、愛をもう一度信じることなんだと思うんです。」


リリアは少し驚いたように僕を見つめ、

やがて微笑んだ。

「……やっぱり、お前は変わったな。」


その日の昼、久しぶりに王都からの使者が店を訪れた。

王家の紋章を胸に刻んだ青年が、恭しく頭を下げる。


「呪術師レント・アシュフィールド殿。

 王女殿下より感謝の勅書と褒賞金を賜っております。」


「……王女殿下?」

「はい。リリアーナ殿下より、とのことです。」


リリアが目を丸くする。

「わ、私!?」


青年は微笑み、封印された文書を差し出した。

開くと、そこには優雅な筆跡でこう書かれていた。


『この手紙を開いたあなたへ。

私は今、王都で新しい“祈りの剣”を鍛えています。

呪いを断つのではなく、受け入れるための剣を。

あなたと過ごした日々が、その意味を教えてくれました。

ありがとう、レント。

そして――また会いましょう。

リリアーナ・フォン・エルクハイム』


リリアは手紙を読み終え、少しだけ寂しそうに笑った。

「……あの子、ちゃんと前に進んでるんだな。」

「ええ。彼女も、ようやく“呪いのない道”を歩き始めたんです。」


僕は静かにコーヒーを差し出した。

リリアはそれを受け取り、窓の外を眺める。

霧の向こう、湖に映る青空がゆっくりと広がっていく。


夕刻。

店の片隅に、一人の少年が座っていた。

手には古びた人形を抱え、怯えたようにこちらを見つめている。


「いらっしゃい。どんな呪いかな?」

「……これ。声が出ないんです。」


僕はそっと少年の手から人形を受け取り、

静かに呪文を唱えた。


――《共鳴解除レゾナンス・リリース


淡い光が人形を包み、やがて微かな声が響く。


『……おかえり、リオ。』


少年の目から涙が零れた。

「母さん……!」


その声を聞きながら、僕は心の中で呟く。

(呪いは、祈りの裏返しだ。

 誰かを想う気持ちが強すぎて、形を変えてしまうだけ。)


だからこそ、呪術師の仕事は――“祈りを正しい形に戻すこと”。


リリアがそっと少年の頭を撫でる。

「いい子だ。もう大丈夫。」


人形を抱きしめた少年は、涙の中で笑った。

その笑顔を見て、僕は思う。

(あぁ、この仕事を続けてよかったな。)


夜。

店を閉め、湖畔の風にあたりながら二人でベンチに座る。


リリアが星空を見上げて呟いた。

「ねぇ、レント。お前はこれから、どうしたい?」

「そうですね……“止まり木”をもっと広げたいです。」

「広げる?」

「はい。旅の途中で出会った人たちが、それぞれの街で“止まり木”を開く。

 それが繋がって、世界中に“祈りの場所”ができたらいいなって。」


リリアは目を細めて笑う。

「それ、いいな。」

「リリアも、一緒に来てくれますか?」

「もちろん。私はお前の護衛だからな。」

「皿割り担当でもありますしね。」

「うるさい!」


二人の笑い声が、夜の湖に溶けていった。


空を見上げると、流れ星がひとつ。

その尾は、どこまでも真っ直ぐに伸びていく。


僕は静かに手を合わせた。


(ミレイア、あなたの祈りは確かに届いています。

 この世界は、もう“呪い”だけでできているわけじゃない。

 人が誰かを想う限り、それは“祈り”になるんです。)


リリアが隣で囁く。

「……なぁ、レント。」

「はい?」

「この穏やかな夜も、呪いがくれた奇跡かもしれないな。」

「ええ。だからこそ、僕はこの世界が好きです。」


二人は並んで星空を見上げた。

風が静かに吹き、湖面がきらめく。


“止まり木”の看板が、夜風に揺れていた。


――呪いは祈りへ、祈りは日常へ。

そして、日常は誰かの希望へと変わっていく。


その穏やかな循環の中で、僕たちは今日も生きている。

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