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第九話 王都地下の眠り姫ミレイア

春の陽射しに包まれた王都。

だがその地下には、誰も知らない“深淵”があった。


――《王都地下墓所》。


かつて戦乱の時代、千年前の英雄と魔王を葬った場所。

今は立入禁止とされ、王家ですらその存在を語らない。


「ここが……“呪いの起源”が眠る場所。」

僕は手にした古文書を開き、魔法陣の印を確認する。

ソフィアから託された封印式が、淡い光を放っていた。


リリアが剣の柄を握りしめる。

「この空気……まるで生きているみたい。」

「霊脈が動いているな。」セオドールが低く呟く。

「王都の真下に、これほどの魔力が流れていたとは。」


階段を下るごとに、空気は冷たく重くなる。

やがて僕たちは、巨大な扉の前に辿り着いた。

そこには、古代文字でこう刻まれていた。


――《彼女の祈りを穢すな。彼女の呪いを恐れるな。》


「……この扉の先に、ミレイアがいる。」

僕は深呼吸し、詠唱を始めた。


「《封印解除・真理のトゥルース・キー》。」


光が扉の紋様を走り抜け、重い石扉が軋みながら開いていく。


その先にあったのは、静寂と光の空間。

巨大な魔法陣の中心に、透明な棺が浮かんでいた。

その中で眠るのは――白銀の髪の女性。


「……美しい。」

リリアが呟く。

まるで時間そのものが彼女を拒むように、

棺の中のミレイアは“生きているように”見えた。


だが、その身体には、黒い蔦のような呪紋が絡みついていた。

それは僕の腕の紋様と同じ形――。


「レント、その腕……!」

「……やっぱり。僕の呪いは、彼女の残滓だったんだ。」


その時――

空気が震え、棺の周囲に光の輪が浮かび上がる。


『……だれが、私の名を呼んだの……?』


囁きが、空間全体に響いた。

ミレイアのまぶたがゆっくりと開く。

その瞳は深い琥珀色で、まるで世界の理そのものを映していた。


「……あなたが、“レント”ね。」


僕は言葉を失った。

彼女は千年前の人間のはずなのに、まるで僕を知っているかのような口調だった。


「あなたの呪い……私の魔術式を継いでいる。

 あなたは、私の“継承者”なのね。」


「……あなたが、“呪いを祈りに変えた”という、最初の呪術師……?」


ミレイアは静かに頷いた。

「そう。けれど、真実は少し違う。

 私は、“祈りを呪いに変えた”のよ。」


リリアが息を呑む。

「どういう意味……?」


ミレイアは空を見上げるように目を閉じた。

「千年前、人々は神に祈った。

 でも、神は何も応えなかった。

 だから私は、祈りを“呪い”という形に変え、

 人々の願いを無理やりこの世界に刻んだの。」


「……世界を救うために?」

「ええ。でも、その代償で、世界そのものが歪んでしまった。

 “願い”と“憎しみ”が区別できなくなったの。

 呪術とは、本来“祈りの残響”なのに。」


僕は拳を握った。

「あなたのせいで、この世界に呪いが広がった。

 けれど――あなたがいなければ、僕たちは存在しなかった。」


ミレイアは微笑んだ。

「優しいのね、レント。

 でも、もうこの世界は限界なの。

 “呪い”が多すぎて、理が崩壊しかけている。」


「それを……どうすれば止められる?」

「“継承者”であるあなたが、私を解呪すること。

 この魂を完全に消すことで、呪いの根を断てる。」


リリアが叫ぶ。

「待って! それって、あなたが……!」

「ええ。私は完全に消える。けれど、それで世界は救われる。」


ミレイアはそっと僕の頬に触れた。

「レント。あなたは優しい呪術師。

 あなたの“呪い”は、誰かを赦すためのもの。

 だからこそ、あなたにお願いできるの。」


僕はしばらく黙っていた。

やがて、ゆっくりと頷く。


「……分かりました。

 でも、僕は“あなたを消す”ためじゃなく――

 “あなたを赦す”ために、この呪いを使います。」


光があふれる。

僕の腕の紋様が輝き、棺を包む呪いが溶けていく。


「――《大呪術・原罪赦免アブソルブ・シン》!」


黒い蔦が断たれ、空気が震える。

ミレイアの身体が光に包まれ、微笑んだまま消えていく。


「ありがとう、レント。

 この世界を……もう一度、“祈り”の形に戻して……。」


その言葉を最後に、光は静かに消えた。

そして、棺の中には一枚の銀の羽だけが残っていた。


リリアがそっとそれを拾い上げる。

「これが……彼女の、祈りの欠片。」


僕は空を見上げた。

地下の天井が崩れ、差し込む光が世界を照らす。

その光は、どこか暖かく――そして優しかった。


「……呪いは、終わらない。

 でも、祈りとして生き続けるなら、それでいい。」


リリアが笑った。

「ええ。きっと彼女も、それを望んでた。」

セオドールが深く息を吐いた。

「止まり木の旅は、終わりそうにないな。」


僕は微笑んで、皆を振り返る。

「それでも、歩き続けます。

 この呪われた世界で、誰かを赦し続けるために。」


地下に差し込む光の中、僕たちは静かに歩き出した。

“呪いの時代”の終わりと、“祈りの時代”の始まりを告げる朝日が、

ゆっくりと世界を照らしていた。

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