平和学新聞
北森はへッと鼻で笑い、少し俯いて髪を掻き毟った。
「それは認められる。それならばこちらも咎めさせてもらいます。平和学新聞のこと。どこかで訊いたようだなと思いましたが、平和学で思い出しました。少し話しを聞かせてもらっても構わないですか?」
犬谷も話しの一部始終を聞いていたが、あまりいい顔はしなかった。それでも北森に好きにするように、言葉を濁して目で合図を送っていた。北森は店内のほかの酔客を気にすることなく、辺り構わず捲し立てた。
「当社でもその平和学新聞が届いていますが、月に一度だけの新聞に、多額の費用を支払っている。絶対に可怪しいですよ。不正の疑いもあるかと…」
それは―、と吉桑が言葉を詰まらせたとき、今度は一緒にいる大海が話しに割って入った。
「お言葉ですが、それは契約を正当に結んでいます。私どもの団体の一つの事業ですから―、北森さんでしたよね。違法性を指摘される筋合いはまったくない」
「違法性って…」
北森は返答に困ってしまっていた。その様子に―、犬谷はとっさに思いついた一言を述べた。
「ではです。今ここでその新聞の契約を、撤回させて頂くこと―、できますか?」
大海が眉間に皺を寄せて、今までとはことなりより慎重に言葉を返した。
「今はここでセリフとも受け取れるその言葉を、撤回しなければ―、必ず裁判になります。我々は、今までずっと…」
犬谷は不本意であったが、簡単に済まないと侘びを、一言で応じて撤回した。今ここに左翼過激派が、乱入してきては厄介だ。平和学社法人の関連会社には警備会社がある。表向きは警備会社だが、もうすでに暴力団とも変わりがないと批評を、世間から受けていた。犬谷は無理やりに笑顔を作り、営業のknow-howで培ったコミュニケーションスキルを駆使して、この場を上手く纏めるためと翻弄されてしまった。
「まあ、我々もそれだけ費用を払っているんだ。偶然だけど―、一席設けてもらっても構いはしないだろう。平和学の内容は全てではないにしろ、的を射ている事柄もあるからね」
吉桑は不敵に微笑んで、いつの間にか手に持っていた生ビールを、腕を一杯に伸ばし、そして掲げて云った。
「では―、お互いの未来について、カンパイッ」