平和学社法人
今度の酔客はサラリーマン風でキャバクラからのハシゴだった。彼らは時代の大ホラ吹きとも、大衆から揶揄される存在であって、彼らもまたヤクザ者と比喩されることもある。
大将が満席の店内で空席に困り、吉桑に相席を頼んできた。大将は済まなさそうな表情で、軽く両手を合わせて頭を下げる。大狸の店内は賑わいを更に増して、波を打つような掛け声と笑い声が響いていた。吉桑は仕方なく頷いて相席を承諾した。いつも酔い騒ぎ迷惑をかけている、大将に対しての侘びとも云えた。
サラリーマン風の酔客は相席が不服なのか、愚痴めいた悪態をついて、吉桑の傍らで酔っ払い椅子の上で胡座をかいた。
「部長、相席だと飲みづらいです。僕は相席が嫌だから、ほかの店に行ってもいいですか」
この部長と呼ばれている酔客の男は犬谷、連れの男は北森と云い、稀でもない歓楽街に於ては普通とも云える人々だ。
「北森、お前は生意気だ。キャバクラでもキャバ嬢でさえ、生意気だって怒ってたぞ。それに酒癖も悪い」
吉桑は二人の話しを黙って聞いていたが、どこか癇に障ったのか、二人の会話に割って入った。
「ちょっと待って下さい。あなた達が夜の街を荒らし廻ってるヤクザ者ですか。ここは私が奢りますから、まずは少しは黙って落ち着いて下さい」
犬谷は不意を突かれてしまったが、大きく仰け反り交戦的に居直ってみせた。北森も同じく居直るしかなかったが、吉桑に納得いかず喰ってかかった。
「どこの誰だか知りませんが、あなたみたいな人が、本当に奢れますか。一杯だけとか昭和のオジサンみたいに云わないで下さいよ」
吉桑は少し押されたが、強気の口調は崩さなかった。
「お金はいくらでもありますから。何でも頼んで下さい。今日はですね、私が上司と云うことで構いません。そう云うことで飲みましょう」
犬谷はその言葉が気に入らなかったが、成り行きで乗った振りをして、あとは勘定任せで後回しにすればいい。
「では、お言葉通りで、まずは大将生ビール二つと鯨の竜田揚げ下さい。それよりもあなたの名前を教えてもらっていない。その羽振りの良さはもしかして、女だてらに議院さんだなんて云わないで下さいよ」
犬谷の掠れた声に、他の酔客まで反応してこちらを向いていた。
「まさか。私が議院な訳ないです」
大狸の店内がザワッとして、また笑い声に包まれていく。
「何を云っているか解りませんけど、私はこう云う者です」
吉桑はトートバッグから名刺入れを取り出して、その手を持ち替えながら、名刺をテーブルに置いた。名刺は―、NPOC 平和学社法人 支社局 課長 と書いてあった。