期限切れ
何度かけても電話は繋がらず、草臥れて諦めたころモバイルフォンが鳴り始めた。佐川田はベットに仰向けになっていたが、慌てて飛び起きて、モバイルフォンをその手に握った。銀憂閣の表示だった。あの風俗店からだ。
「はい。佐川田です、先ほどの風俗店ですか」
「あの、ここは会社の事厶所です。少し伺いますが、もしかしてこれ、何かの嫌がらせですか」
「銀憂閣ではないですか」
「そうですが、嫌がらせの悪戯の電話ですかこれ。何度もかけてきて…」
佐川田は焦り、その額からは冷や汗が流れ始める。そして苦しい弁明を始めたが、それは見苦しいものがあった。このチャンスを手にしなければ、明日にはホームレスにされる身かも知れない。
「いや、ですね。確かに何度も電話をかけてしまって―、実は、運転手の求人を見まし…」
モバイルフォン越しに情けない声で、頭を下げながら弁明を繰り返す。
「はい。解りました。運転手ですね。では一度ですね、事厶所まで来て下さい。免許証あれば持って来て下さい。もう期限切れでも構いませんから…」
佐川田は少し疑い、期限切れでも?…と言葉を濁して訊いた。
「あっええ、この業界だと―、業界と云うよりも、まあ、普通は免許は持っていませんね。持っいても期限切れてるし… もしかして、まだ免許証の期限切れてないんですか?免許証の…」
風俗業の事厶所―、会社、何か良く区別つかないが、免許証ある、期限は切れてない、佐川田は恐々と告げた。
「えっどうしましょうか…」
少し間が空いてしまい、気難しい空気が流れた。
「あの、免許証は持ってない方が良いですか?」
「いえ、持ってても構わないですが、巷の民人が免許証を持ってるのが気に入らないようでして… 警官に職質されて免許証を持ってますと、嫌がらせをされます。期限が切れてないとやっぱり不味いです。もう一回訊き直しますね。もう一回だけですよ。いいですか」
今度ははっきりと―、はい っと応えた。