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フロントの微笑み
モバイルフォンの目覚まし時計の音で、早朝に起きる必要などないが、しつこく鳴り止まない電子音で目を覚ました。ここは川屋町のコンドミニアム『ライフル』それは記憶しておく必要があるだろう。
この部屋の窓の下には川屋町の街並みが見えるが、夜の華やかさが嘘のように、ネオンサインのない昼間の街並みは色褪せて見えた。その閑寂さが夜の街の哀れを、佐川田にも切なく伝えていた。少し目頭が潤んでしまうも、今ここでその思いを言葉に出来ない。一階のフロントであと3日連泊したいと告げた。フロントの女性は、分かりましたと愛想のない返事を返して、宿帳を開き、前金のキャンセル無しですと一泊二千円に出来ます。そう伝えてきた。佐川田はそうしてくれと云って、ポケットから千円札を数枚ほど出し、数を丁寧に数えて、きっちり六千円を前金としてフロントの女性に手渡した。女性は心得ているのか、今度は少しだけ愛想を返して微笑んだ。フロントの女性はよく見れば美人で、佐川田は顔を合わせてちょっとだけ、恥ずかしい気もしていた。