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転生令嬢がオレの殿下を"ざまあ"しようなんて、百年早い!〜"ざまあ王子"の従者ですが、やり返します〜

作者: 海崎凪斗

あくまで悪役令嬢"気取り"の転生者として書いてますが、断罪される側は悪役令嬢ポジションに近いので、ご注意のうえお読みください。


「――――兄上。これから、あなたが愚かにも婚約を破棄したロベリア・サティスレシア公爵令嬢の無実を証明してみせましょう」



 オレの名前はレン・アルバス。

 この国の第一王子、アルストロメリア殿下の従者だ。


 先に言うと、オレの主人はアホだ。

 それはもうめちゃくちゃにアホである。


 ――――どのぐらいアホかというと、元婚約者である公爵令嬢と、腹違いの弟である第二王子に夜会の場で追い詰められるぐらいにはアホだ。


「ロベリアは、学院で"聖女"たるリリーに嫌がらせをしていたとされ、三ヶ月前に婚約破棄を宣言されました。ですが、"嫌がらせ"自体が、冤罪なのですよ、兄上。ロベリアは、嫌がらせなどしていません」


 第二王子、ブーゲンビリア殿下が、端正な顔に淡々と怒りを乗せながら言った。


 その傍には、ブーゲンビリア殿下の髪色と同じ、黒いドレスを身に纏った令嬢の姿。時の人であるロベリア・サティスレシア公爵令嬢である。


「………冤罪?」


 眉を吊り上げたのが、俺の主人であるアルストロメリア殿下。太陽に祝福されたような金髪と、海底を切り取ったようなブルーの瞳を持つ王子様である。


 アルストロメリア殿下の後ろで少し怯えたようにしているスカイブルーのドレスのご令嬢が、先ほどから何度も話に登場している「リリー」。

 "聖女様"と呼ばれていて、光の魔法を使うことができる少女だ。


 第一王子と、聖女。

 第二王子と、公爵令嬢。


 役者はバッチリ揃っている。


「まず、一つ目。学院で、ロベリアが聖女リリーを突き飛ばしたとされる件。これに関しては、"そのような事実はなかった"とする目撃者がおります」


「…………ええ、その通りです」


 現れた証言者に、場はざわついた。

 王立学院の教師だったからだ。生半可な令嬢では、買収を疑われるやもしれない。だが、教師は爵位持ちの高位貴族の次男や三男がなる職だし、積み上げた信用というものが違う。


 実際、この教師も伯爵家の次男だ。


「私はその場に居合わせました。素直に申し上げますが、そのような事実はありませんでした。聖女様が、足を自ら滑らせたのです」


「なっ…………!」


「待ってください、私は、本当にロベリア様に――――」


 教師の証言に、いかにもな反応を示したのが、アルストロメリア殿下と聖女リリーである。なんで負け確定みたいな反応しかできねえんだ、コイツらは。


「まさか、本当に……?」


「確かに、あの罪状には思うところがあったが……」


 ざわめきを発する貴族たち。

 オレは、口を抑えた。喉の奥でくつりと漏れた笑みをなんとかぐっと、抑え込もうとしたが、まあ、無理だった。


「ふ、く、く、くくっ、くく……!!」


 あーだめだ、笑いが止まらねえ。

 いきなり笑い出したオレを、ブーゲンビリア殿下が睨み付けた。


「……口を慎め、レン・アルバス。第一王子の従者といえ、平民の貴様に発言が許されている場ではない」


「ああ、くく、そうですね。申し訳ありません。爵位持ちでもない、ただの騎士のオレが、貴族の皆々様の前で発言をしようということが、愚かでした!」


 オレは、一歩進み出た。

 アルストロメリア殿下(ご主人様)が、やめろと言いたげにオレを見たが、止まる気はない。


「でも、主人の危機ですから。この矮小な私め、命を賭して望まなければと、そう思ったワケですよ。ブーゲンビリア殿下。まあなんか色々長そうなんで、途中で遮っちまいましたが、つまりあんたが言いたい事は、こうですよね?」


 オレが言葉を紡げば、ロベリア公爵令嬢様が、怯えるようにブーゲンビリア殿下の服の裾をつまんだ。ああ全く、嫌な女だ。


「"ロベリアにリリーが冤罪を着せた!なのに、アルストロメリア殿下はそれを見抜けず、愚かにも婚約破棄をした!"――――()()()()()()()()()()()()"ってね」


「…………そこまでは言っていないが、次期国王にしては軽率な判断ではないか?とは、思わざるを得ないだろう?あくまで、客観的に」


「はは、客観的にね。そのフィールドで戦いたいなら、いいでしょう!貴方が証明したいのは無罪。ならば、オレが証明するのは、"有罪"!我が主人の目が曇ってなどいないという、その証明!」


 オレは、夜会に参列する王侯貴族たちを睨み付けた。どいつもこいつも、踊らされる馬鹿共ばかり。


 だが、貴族たちは、平民のオレが発言することを止めもしない。面白がっている、いい証拠だ。


 第一王子の従者と、第二王子が対立を始めたのだから。こんなに面白いことはない。ここでの立ち振る舞いが、アルストロメリア殿下の今後を決めるのだ。


 ――――なら、踊ってやる。

 この茶番劇を、最も痛快なショーに変えてやるよ。


 オレは、片足を引いて、胸の前に手を当てると恭しく一礼をした。


「――――このオレが、"本当に嫌がらせが存在した"証拠を、お見せ致しましょう!」


✴︎


「……では、言ってみるがいい。まずは、突き飛ばしの件からだ。明確に、伯爵家のご出身であるクレイ殿がこう言っておられるのだ」


「まあ、証人としての信憑性は疑ってませんよ。なら、疑うべきは証言の内容です。確か、あの突き飛ばし事件は"5限の直後"の放課後に起きたんでしたね?で、クレイ先生はそれを目撃されたと」


 クレイと呼ばれた教師は、厳かに頷いた。爵位も立派、纏う雰囲気も重厚。彼が嘘の証言をするとはとても思えない。――――まあ、役者にしては悪くない選出じゃないかとは思う。


「んでもフツーに、目撃すんの無理なんすよ。だって、クレイ先生、東棟で5限担当してたじゃないですか。んで…事件が起きたの、西棟でしょ?物理的に間に合わない」


 こんな馬鹿げたアリバイの無さを出させないでほしい、悲しくなる。とはいえ、言い逃れはまだ出来そうだ。


「それは――――」


「あ、なーるほど!」


 オレは、ブーゲンビリア殿下が口を開こうとしたタイミングを見計らって、言葉を被せた。

 ブーゲンビリア殿下の"背後"に、転移魔法で立つ。


「こんな風に、"転移魔法"をお使いになられた?なるほど、確かにそれなら分かります」


 ブーゲンビリア殿下の麗しの黒髪をさらりと背後から撫ぜれば、怒りの形相で振り払われた。おお、怖。


 クレイ教諭は、はくはくと青筋を立てている。魔法教師の癖に、コネで就職したコイツに、転移魔法などという高度な術式が使えないことなんて、とっくに知っているのだ。


「……ふむ、ご自分ではお使いになられない?失礼致しました。では、どなたかとご一緒に転移された?……ちょうどいい、聞いてみましょう、この中に、あの事件の日、クレイ教諭とご一緒に転移された方は――――」


「っ、もういい!やめろ、レン」


 遮ったのは、アルストロメリア殿下だった。

 主人に言われれば、仕方がない。オレは肩をすくめて、これ見よがしに転移魔法で、ホールのど真ん中に戻った。


「…たかがそれだけで、ロベリアが"本当に嫌がらせをしていた"と言ったつもりか?クレイ教諭は嘘の証言をされたかもしれないが、」


「ぶ、ブーゲンビリア殿下!?それは、話が違……!」


「だが!」


 ブーゲンビリア殿下は、クレイ教諭を無視して声を荒げた。

 おいおい、勢いで押し通す気かよ、この王子様。


「まだ無罪の証拠はある。これは極めて悪質だ……聖女リリーに、ロベリアが男をけしかけたというものだ。皆様、覚えておられるか?学院の裏庭で、聖女リリーが男に無理矢理襲われ、あわや純潔を散らされる所であった。……が、その後、この男がロベリアの名を吐いたというものだ」


 聖女にとって、未婚の象徴である純潔は極めて重要視される。突き落としという明確な危害に加え、これは極めて悪質とされ、ロベリア嬢は我が主人、アルストロメリア様に婚約破棄を宣言された。


「が、皆様。これを見てほしい。これがその後、見つかった聖女リリーの"手紙"だ――――見ろ!『今夜、裏庭で待っています』と、そう書いてある。筆跡鑑定の結果、これは聖女リリーのものだと証明された。彼女は、最初から男を雇い、ロベリアの仕業に見せかけようとしたのだ!」


「いや、そいつ、ロベリア嬢と接点ありまくりっすよ」


 すぐさま返せば、会場がざわめきを見せた。真っ当に戸惑っている貴族もいれば、ゴシップ気分の貴族も多い。まあ、貴族なんてこんなもんだろう。皆々様を満足させた方が主役だ。


「あー、まず、男の名前なんですけどね。カーク・"ヴァレント"っていいます」


 再びのどよめき。オレは口角を上げる。それはそうだろう、少し"詳しい"貴族なら、ヴァレントの姓を知らぬわけがない。


「そう、ロベリア嬢のサティスレシア公爵家の番犬で有名な、影の一族、"ヴァレント家"の人間です。ちょっと"お話し"したら吐いてくれましたよ。手紙も、こいつが捏造したそうです。筆跡捏造の得意な影の一族とか、使い勝手良すぎますよね。どんだけ暗躍してきたことか……おっと、失礼。これは脱線でした」


 思い出すと今でも笑えそうだ。影の一族だとか言われている癖に、自分がされる拷問には弱い。まさか()()で洗いざらい吐くとは思わなかった。


「ま、でも、あくまで影の一族は影の一族。サティスレシア公爵家との接点をちゃんと証明してもらわないとね、ってことで。カーク・ヴァレントに、証拠を撮ってきてもらいました。それがこちら」


 オレは指をパチンと鳴らした。


 こういうのは、演出も大切なのだ。手元の魔道具に魔力を注ぐと、大広間の空中あたりに映像を投影する。最新鋭の小型魔道具だ。録音・録画が出来ることから、"不貞の証拠を恐れた貴族の皆様"により発売停止に追い込まれた代物だったが、こっそりと入手しておいたのだ。


『よくやったわ、カーク。あなたはロベリア様の仕業だとしっかり証言してくれた。己の破滅すら厭わずに……』


『ロベリア様。…自分は、…』


『皆まで言わなくていいわ。あなたが欲しい報酬は、分かっておりますもの…』


 暗がりの部屋で、カークとロベリアが話している。ロベリアが、ネグリジェの胸元にそっと手をかけた。これ以上は目に毒だろう。オレは、映像を次へ飛ばした。場面が変わる――――そこにいるのは、ブーゲンビリア殿下と、ロベリア嬢だ。ロベリア嬢がブーゲンビリア殿下の首に手を回しながら、くすくす笑っている。


『だがこの計画。一度君が汚名を着ることになるぞ、ロベリア。目的の本懐は、"冤罪を見抜けなかった兄上の愚かさの証明"ということだろう?つまり、君がした嫌がらせを後から"冤罪"ということにしなければいけない』


『ふふ、そもそも、あの聖女様は気に食わなかったから、いじめてやりたかったんですもの。それに、そうしないとブーゲンビリア様が"国王に"なれないでしょ?私、転生ま……んっ、ずっと前から、アルストロメリア殿下よりも、ブーゲンビリア様が好きでしたの。アルストロメリア殿下を廃嫡して、ブーゲンビリア様が王位に立たれるには、これしかありませんわ』


『ロベリア……ああ、ああ、そうだな。妾腹の息子の兄上が王になるだなんて、間違っている。俺が、王になるべきだ。そして君が、王妃になるんだ』


 ロベリア嬢がくすくす笑った。にたりと、口を歪ませる。


『そう、必要な演出ですわ――――あのアルストロメリア殿下に、"ざまあみろ"と、そう言うためのね!』


 ため息を吐いて、オレは映像を消した。


「冤罪とか言い出したのはただの茶番ですよ。嫌がらせは実際に存在していて、ただそれを冤罪に見せかける証拠をでっち上げただけ。これは、"冤罪を見抜けなかった"アルストロメリア様を作り上げて、継承者から引き摺り下ろすための、悪質な――――ガキじみた謀略です」


 意識して、淡々とした声を出した。


「…………き、さま……」


 ブーゲンビリア殿下は、口をはくはくさせて黙っている。ここまで確固たる証拠が出た以上、何も返せる言葉がないのだろう。アルストロメリア殿下が、オレの後ろまで歩いてきた。


「……レン、ありがとう。だが…」


「いいや、まだ続けます。アルストロメリア殿下、あなたを陥れようとした人間を、ここで逃してたまるか」


 オレは、メインディッシュの方に目を向けた。ブーゲンビリア殿下の横で、ぷるぷると震えているロベリア・サティスレシアの方だ。


「何か申し開きはあるかい?ロベリア・サティスレシア嬢」


「……………………キャラ…せ、…に」


 拳を握り込みながら、何やら言葉を発した。聞き取れなかったので、オレは首を傾げる。


「何よ、何よ、何よ、あんたなんか、アルストロメリアの横にひっついてる、攻略不能のサブキャラの癖にっ!!なんで、あたしの邪魔をするのよ、折角悪役令嬢になったのよ!?あたしが――――あたしの物語になるはずでしょおっ!?」


 公爵令嬢がいきなり、髪を振り乱して、凄まじい形相で叫び出した。外ヅラだけは綺麗だっただけに、落差が凄まじい。


「あたっ……あたし、ブーゲンビリア推しだったんだもん!推しのブーゲンビリアと結婚して、王妃になりたかったんだもん!なら、アルストロメリアにざまあ王子になってもらって、リリーが消えるのが、無難ってもんじゃないの!?」


「…………」


「何よ、それをよってたかって……!!ぶ、ブーゲンビリアだって、あたしのアイデアに乗っかった癖に!」


「な…!ロベリア、俺を売る気か!?」


「うるさい、うるさい、うるさい!!何よ、そういうもんでしょ!?消えれば、消えればよかったのよ、リリーも、アルストロメリアも!そもそも、アルストロメリアなんて、バカ王子なんだから、この国に相応しくないでしょ!?この国はあたしの――――」


「――――口を慎めよ」


 自分で思っていたよりも、低い声が出た。だが、止めようもなかった。どんな罵詈雑言を吐くかと思っていたが、まさか、よりによって()()()()()()()()を言うとは思わなかった。


「アルストロメリア殿下が、この国に相応しくない?……ふざけるな。馬鹿も休み休み言え」


✴︎


 アルストロメリア殿下は、アホだ。


 どれぐらいアホかと言われると、王子様である彼から金品を盗もうとした昔のオレに、


「全部、持っていっていいよ」


 そう言った後、オレを自分付きの騎士にしたぐらいのアホだ。


 彼のアホさは、本当に筋金入りだ。


 だから、聖女であるリリーが学院で嫌がらせを受けて、ロベリアとの婚約自体を疑問視する声が上がる中で、オレは忠告した。


「あれ、多分餌っすよ。殿下が釣られたのを見て、殿下を陥れる気だと思います。あの女は相応しくはないですが、あっさり婚約破棄とか言ったら、罠にかかりますよ」


「うん、そうだね……。…なあ、レン。……ずっと考えているんだよね」


「何をです?寄り添うあんたを妬むことしかしない、弟君を陥れる方法をですか?」


 完全に私情だが、オレはブーゲンビリア殿下が嫌いだ。


 アルストロメリア殿下が妾腹、自分が正室の子なのに、アルストロメリア殿下の方が民に慕われていることを妬むだけの王子様。


 アルストロメリア殿下が差し伸べた手を、乱暴に払う弟君。そのくせ、弟だから、アルストロメリア殿下の中で、それなりにいい椅子に座らせてもらっている奴。嫌いにならない理由があまりない。


「レンは本当にブーゲンビリアが嫌いだなあ」


「……ちょっとは仲良くしようと思いましたけど。どう見てもあんたを陥れようとしてるので、好感度が死にました。明らかに動きが怪しいですよ。あんたが婚約破棄を宣言した後、それをひっくり返して、あんたに"真相を見抜けなかった無能"のレッテルを貼って――――あんたと、聖女リリーをまとめて追放する気ですよ」


「うん」


 アルストロメリア殿下は、頷いた。開けっぱなしの窓から、風が吹きこんでいた。


「だからね、このまま、彼らの計画に乗ろうと思うんだ」


「………………………はっ?」


「リリーと話したことはある?彼女はね、びっくりするぐらい普通の子なんだ。このままだと、政争に巻き込まれる。……それに、私もね。第一王子派と、第二王子派の争いは、徐々に激化している。本当なら流れる必要のない血が、沢山流れるだろう。それならば、ブーゲンビリアを王にするべきだと思うんだ。その方が、余計な血は流れずに済む……」


 リリーも、穏やかに過ごせるだろう。……勿論、"冤罪はリリーのでっちあげだった"ともなれば、着せられるだろう汚名は大きすぎる。聖女から退けたとしても、余りあるデメリットだ。それはなんとかしなければと、そう添えて。アルストロメリア殿下は言った。


「………流れるとしても、貴族の薄汚え血ですよ」


「はは、口が悪いぞ。……それだとしても、だ。彼らは…」


 アルストロメリア殿下は、オレを見た。昔、騎士に登用された時のことを思い出した。何故オレみたいな盗人を騎士にしたと、そう問うた時と、同じ瞳をしていた。静謐なブルーサファイア。どこまでも愚かで真っ直ぐな瞳。


「――――私の民だからね」


✴︎


「あの方は、誰よりも民を愛している。なのに、あんたらと来たら、なんだ?自分の出世、自分の未来、自分、自分、自分ばかり!たった一言ですら、他人を慮らなかった」


 ほんの少し。たった一言。謝罪や、そうでなくても、誰かを慮る心があったのなら、容赦してやった。オレもこの口を止められたかもしれない。


「お前たちが、王と王妃?――――ふざけるな。国益を一つたりとも考えない。劣等感に支配された第二王子と、自分のことしか考えていない女が?アルストロメリア殿下を陥れて、あまつさえ、()()()()()()()()()()()()だと?ふざけるな。貴様らに、国を担う資格も、あの方を冒涜する権利も、何一つありはしない」


「――――レン」


 アルストロメリア殿下が、オレを呼び止めた。言い返そうとしたが、黙った。殿下の瞳に、優しさの奥に覗く、確かな決意を見たからだ。


「………………陛下」


 殿下が、静観していた国王に片膝をついた。無罪でも願うつもりかと、普段のオレならそう思って、この王子様のアホさに呆れただろう。


「私は、怒ってはおりません。ですが、此度の事案は、我が国を根幹から揺るがす、反逆に相当する事案と考えます。故に――――」


 一瞬だけ、アルストロメリア殿下は言葉を止めた。だがその後は、澱みなく続ける。


「ロベリア・サティスレシア公爵令嬢には、公爵令嬢としての爵位のはく奪、および、公爵家の領地の接収を。ブーゲンビリアには……第二王子としての地位の剥奪、及び、王位継承権の永久剥奪を言い渡すのが、妥当かと存じます」


「……うむ。そうだな、それが妥当であろう。アルストロメリアよ、其方の意見を採用する」


 国王が重々しく頷いた。場は、水を打ったように静まり返っていた。


「なっ――――ん、ですって!?嘘、嘘よ、あた、…あたしが、転生者のこのあたしが、断罪される側だって言うの!?」


「あ、兄上……冗談ですよね?お優しい兄上が、そんなことをなさるわけ……………っ、できる、わけ……」


 アルストロメリア殿下は、自分に追い縋る二人を、黙って見つめていた。言葉を返すことはなく、踵を返す。もう決着は着いたのだ。敗者を必要以上に痛めつける必要はないと判断されたのだろう。


「レン。リリー。…行こう」


「――――はい、殿下」


 ――――ああ、この方は。

 今、まさに。王の器に、なられたのだ。


 オレは、目頭がじんと熱くなった。


✴︎


「……てか、なんです?あの『待ってください、私は、本当にロベリア様に――――』ってやつ。あんた、一言しか喋ってないじゃないですか」


「だって、変に喋る方が下策じゃないですか。レンさん、わかってないなあ。あれは主演女優級ですよ?」


 深夜。オレは、王宮のバルコニーから、城下町を眺めていた。隣には、今回の"共犯者"である、聖女リリーの姿がある。オレの指摘に、聖女サマは口を尖らせながら反論した。


「まあ、あんたのおかげでうまくいったよ」


「こちらこそです、レンさん」


 ――――何故オレが、ここまで完璧に奴らの陰謀を暴けたのか。

 それは、この聖女の力によるものが大きい。この聖女は、まあにわかには信じ難いが、ぴたりと奴らの陰謀の一端を当ててみせたのだ。


「王国は安泰。アルストロメリア殿下も、王の意識がお目覚めになられて……わたし、ちょっと感動しちゃいました。レンさんあの後ちょっと泣いてましたもんね」


「うるせーですよ。……ホントに、あそこまでするつもりはなかったんだよ。あいつらが、あんまりにも自己中だから」


 今度はオレが口を尖らせる番だった。手すりに腕を預けながら、目を伏せてリリーが言う。


「まあ、ブーゲンビリア殿下は増長されちゃった感じでしたね、完全に……。わたしもあの方があそこまでダークサイドに落ちる前になんとかしようと思ったんですけど、無理でした。あの転生しゃ、……コホン、ロベリア嬢の影響を受けすぎですね。……いや、アルストロメリア殿下がほんと、立派になってよかったです」


「殿下は最初から立派だろ」


「出た、レンさんの殿下全肯定。いや、あの方、優しいけど、王になるにはちょっとアホじゃないですか。…だから許しちゃうかなあと思って心配してたけど、良かったです。まあ、原作でも覚醒するのは"レン"が死んだ時だったしなあ……」


「おい、なんの話をしてるのか相変わらずわからんが、オレが死ぬって言ったか?」


 こいつはよく、テンセイシャとか、ゲンサクとかいう失言をする。おそらく、ロベリアと同じ何かがあるのだろう。


 だが今のはちょっと、聞き捨てならない。

 じとりとリリーを見れば、彼女は肩を竦めた。


 それから少しして、急に、ぷりぷり怒り出した。


「……それにしても、あの人!悪役令嬢のツラ汚しです、あんなの!なんなんですか?悪役令嬢を名乗らないで欲しいです。"悪役令嬢”を名乗るなら、もっと気高く、もっと優雅に、演じきるべきです。あんな下手で品がないの、見てられません。あの人は悪役令嬢気取りの、ただの痛々しい人です。絶対悪役令嬢じゃない。普通に嫌がらせしてくるし。はあ、原作のロベリアはもっと切ない女の子なのに……」


「………まあ、あんたも何かを守りたかったことはわかってるつもりだが」


「うん。わたしは、原作ロベリアが大好きだから。"あの子"を守りたかった。……まあ、レンさんは何を言ってるか分からないと思うけど。ありがとうございました」


「いいよ。こちらこそだ。共犯者だろ?」


 共犯者というのは、利害の一致からなるものだ。


 その点で言えば、ロベリアとブーゲンビリアも立派な共犯者だろう。王になりたい男と、王にしたい女。ロベリアに至っては、「アルストロメリア殿下を破滅させる」という彼女の中にあるシナリオに、やたらと固執しているようだったが。


「……まあ、何はともあれ。あんたの守りたいものは守れて、オレの守りたいアルストロメリア殿下の名誉は守られたわけだろ」


「そうです!殿下を"ざまあ王子"に仕立て上げようっていったって、そうはいかないんですから!」


「全く、その通り!!百年早いわ!ざまあみろ!」


「……言っちゃいましたね?」


「……言っちまったわ。オレが。もう言わない。だって、オレたちは、"ざまあ"って、言う側じゃなくて――――言わせねえ側だもんな」


 バルコニーの上、風が静かに夜を撫でていった。

 王子の従者と、共犯者の聖女。

 この夜の結末を見届けた者たちが、静かに、少し悪い笑顔で、笑い合った。

お読みいただきありがとうございました。

逆サイドの話ってちょっと面白いかも、と思った作品でした。

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