8.ガクチカの夜明け・終幕 その2
と、ここまではガクチカとして話すために、少々現実を歪めた話を聞いてもらったわけだが、ここからは実際に起きたことを話す。先程の話は、誇張を越えて事実と大きく異なる点も少々存在するので、そこだけはまず明らかにしておく。
実際、じゃがいもは収穫できなかった。
もっと言えば、土から芽が出てくることもなかった。
一連の流れを語っていこうと思う。そのためには、先程の話の始まりから語り直す必要がある。
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二日後、種芋は適した具合に乾燥した。四つに分けられたうちの三つは鳥に食われてしまったのか、無くなっていたが、一つだけ無事だった。なんとか次のステップに進めそうだ。
芋を乾燥させている間に、倒れた木の枝を使って芋を埋める予定の土を簡単にではあるが耕しておいた。
「一つのじゃがいもだってうまく行けばかなりの量に増やせるぞ……収穫した芋でポテサラを作ろう。フライドポテトだって欲しい。なんなら薄くスライスしてポテチを作るのもいいなあ」
そんな独り言を口にしながら、丁寧に種芋に土を被せ、水をやった。この水についてだが、海水を蒸留することで手に入れた水だ。飲み水にするにはろ過してさらに綺麗な状態にしたいところだが、植物の水やりに使う分にはそこまでする必要もない。それに、飲み水に関しては一週間分は持ってきている。水以外にもたくさんの物を乗せてきたため、船はかなりグラグラしながらこの島に辿り着いたのだ。
そういえば、種芋を埋めてから収穫までにどれくらいの時間がかかるのだろう。調べてみるか。
スマホを取り出し、「じゃがいも 種芋から収穫まで」で検索する。
~じゃがいもの収穫は、種芋の植え付けから約百日と言われています~
「うっ、だよな……流石に数日で育つはずもない。これには全然驚かないぜぃ……」
そうは言ったものの、俺の予定では一週間程度でガクチカを蓄えて帰宅することになっている。百日となると、最後まで育てるのはかなり厳しい。収穫するためには数か月後またこの島に来なくてはならないが、国や他の人が後々発見して正式に国などの所有物になってしまえば次の上陸は無い。それにここが本州からどれほど離れた場所なのかさえ分からない。次にこの島に上陸できるとも限らないのが非常にネックだ。
「そもそも、じゃがいもって季節的にいつ育てるんだ?」
これも調べた。どうやら年二回育てられるようだ。品種によっても違うようだが、初心者は春の方が育てやすいとある。そして今は春。タイミング的にはバッチリだ。この島が比較的暖かいこともあって、今植えれば六月から七月には収穫できるだろう。それは全て、きちんと土から芽が出てくることが前提だが。
収穫する頃には、世間的にはある程度の人が内定が貰えている頃で、収穫を待っていてはガクチカとして使えない。ガクチカにならなくてもいいと言えばいいのだが、ガクチカを思って取り組み始めてしまったからには、何かしらの形でガクチカにしなくては自分自身に納得することができない。
やはり、アレをするしかないのか。
じゃがいもはまだ荷物の中にいくつか残っている。
俺はスマホを上着のポケットに入れ、荷物からじゃがいもを三つほど取り出した。決して埋めた芋を育てないわけではない。そこは安心してくれ、責任を持って育てられるだけ育てよう。ただ、ガクチカにするためにはこれしかない。
俺は、種芋を埋めた辺りの土を種芋ではないじゃがいもにも被せた。そして「正に今収穫されたかのよう」に土の被った状態のじゃがいもを三つ、写真に撮る。これは決して嘘ではない、そう言い聞かせる。今行っていることは、将来的に収穫されるじゃがいもの前借でしかないんだ。
就活に間に合わせるためにはこれしかない。ガクチカは誇張するもの。事実と完全に異なっていることでなければ、あとは話し方や書き方でどうにでもなる。話し方などについてはよく考え、必要に応じて練習も必要だろう。だが、今俺が欲しているのはあくまでもガクチカのネタだ。芽が出るまでの過程は実際に体験できるだろうし、ネットや本で調べれば、いくらでも育て方や注意点は知ることができる。真実の中に適度な量の作り話を加えるくらいのこと、大学生ならきっと誰だってやっていることだ、問題ない。
土を被ったじゃがいも(人為的に土を被せたじゃがいも)を手に取ったときの胸の高鳴り(罪悪感)は今も忘れない。
俺はその後、ネットの情報の通りにじゃがいもを栽培しようとしたが、それは叶わなかった。これには二つの原因が存在する。一つは思っていた以上に芽が出てくるのが遅く、ついには芽が出ることはなかったから。そしてもう一つは、この島の環境が一夜にして大きく変化していたからだった。
じゃがいもを埋めた次の日。
俺が無人島に上陸して五日目の朝だった。
「おはようございます、宮重ミドリさん。今日も良い日になるといいですね」
「そうだね、TUCHIDA」
ここ数日同じように、朝はテントの中で目が覚める。この目覚め方にも慣れた。「TUCHIDA」はいつでも、テント内を快適な温度に保ってくれる。そのおかげかもしれない。
さて、今日の気温はどうだろう。「TUCHIDA」に訊く前に今日も自分の肌で確かめる。昨日までずっと春の暖かな陽気が続いている。きっと今日も暖かい。
テントの入口を開け、顔だけ出して外を覗いた。テントの入口は海側に面している。
うん、やや暑い。暖かいというより暑いくらいだ。
浜辺に乗り上げて泊めたボートのすぐそばには海が広がっており、水面は陽光を反射してキラキラと光っている。
顔だけでなく、全身をテントから出し、靴を履いて、焼畑農業実施中の焼けた大地の方を振り返った。
「は?」
ただ一言発して俺は黙ってしまった。状況がつかめていない。俺が黙り、パンプキンも「TUCHIDA」も何も言わないので、波の音だけがはっきりと聞こえる。木々が風に揺れる音は勿論しない。木々が焼けた匂いもしない。それもそのはず。
「……焼けた大地が……ない」
それに加えて当然。
「焼畑もない……」
こうして、俺の焼畑農業は強制的に終幕を迎えた。
かつて林があった場所には、今は何もない。そう、さらさらとした砂で覆われた大地、砂漠が広がっているだけなのだから。