表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

 

 回された腕に突然力がこもる。コルセットできつく締め上げられた腰を圧迫されるのだから、堪ったもんじゃない。呼吸もままならず、半開きの口からはふはふと息を漏らしていると、急に腕を緩められる。どっと流れ込んだ新鮮な酸素を肺へ懸命に送っていると、口内に手袋をしたままの指を乱暴に差し込まれた。


「んん……!」


 背後に蠢く黒い気配に、心臓がドッドッと暴れる。あまりの恐ろしさに、後ろを振り向くことも、鏡を見つめることも出来ない。


「……なあ、アデリーヌ。どうして僕に内緒で、アパートを契約したんだ?」


 …………バレとる!!!


 どうして? どうして? と考えるも、頭が全く働かない。アデリーヌと手を取り合い、迫り来る狂気にただ怯えていると、リチャード自ら疑問に答えてくれた。


「君に関わることは、全て僕に筒抜けなんだよ。執事から下女まで、この屋敷で雇う人間は、最初に必ず契約させているからね。君のことは、どんな些細なことでも逐一報告するようにって。もし僕を裏切ったら……家族から親戚まで全員罰を与え、領地から追い出すって」


 うそっ、うそっ、私、そんなこと描いてない!


「なんか変だと思ったんだ。君の方からあんなに熱心に愛を注いでくれるなんて。嬉しくて、つい喜んでしまったけど……まさか僕を油断させて逃げるつもりだったとはね。……夜会に、誰か想い人でも来るのか?」


 私はリチャードの指をぺっと吐き出すと、必死に叫ぶ。


「いっ……いない! そんなのいませんよっ!」


「ふうん。まあいいや。たとえいたとしても、君は一生外には出られないんだから」


 腕をほどかれても、凄まじい恐怖に絡め取られ、身体を動かすことが出来ない。チャラリと響いた金属音に目をやれば、彼の手には美しい翡翠のネックレスが握られていた。


 あれは……!

 どこかのエピソードで出てきた、リチャードのとんでもないお楽しみグッズだ。あれを着けた瞬間、経皮吸収タイプの媚薬に身体が支配されてしまうという。リチャードはアデリーヌの裸体に、自分を象徴する色のあれを着けて、ニヤニヤうへうへと行為に及んでいた。(ぽんこつアデリーヌは、ただのネックレスだと思い込んでいたけどね)

 って、そんなことはどうでもいいのよ! 今考えなきゃいけないのは、彼が私にあれを着けようとしていることと、それをどうやって回避するかだ。


「首元が寂しいから、これを着けるといい。ドレスにもよく合うよ」


 ……させるか!

 首に掛けられる前に、私はパッと振り返る。


「……どうしたの? コレ、好きだろう?」


 目どころか、もう顔も笑っていない。

 彫像みたいな顔からじりじり後ずさると、腰がトンとドレッサーにぶつかった。


「さあ、いい子だから後ろを向いて。夜会なんかに行かなくても、僕が君をどれだけ愛しているかを教えてあげる」


「そんな……もう充分…………分かってますってばあぁ!!」


 スカートの陰からある物を取り出し、リチャードの目にシュッとかける。


「うっ、うわああ!」


 目を押さえ、その場に崩れ落ちるリチャードを見下ろしながら、私は最期の最期の記憶を振り返っていた。



 ◇◇◇


 ────昼の熱気がむわんと残る、オンボロアパートの一室。窓を開けても風なんか吹かないし、うちわで扇いでも余計に暑くなるだけ。軟禁シーンを描いていたせいでヒートアップした頭は、プツリとショートして万年床に倒れ込んだ。


 とりあえず妄想していたプレイは一通り描き終わったしな……後はどうやって、軟禁部屋からアデリーヌを救おうか。

 ああ……暑すぎてなぁんにも思い付かないや。ここはもうシンプルに、催涙スプレーとかスタンガンで、リチャードやっつけちゃおうか。

 え? そんなもん異世界にはない? いやいや、異世界なら何でもアリでしょ。こんなに暑いんだから、うるさいこと言わないで。はい、もう決定。

 枕の下に忍ばせておけば、お風呂やトイレで手枷を外してもらった時に、シュッ! バチッ! と…………



 ◇◇◇


 後ろ手で、ドレッサーの引き出しから取り出した催涙スプレー。怪しまれないように、香水の小瓶に移し替えておいて正解だったわ。


 綺麗な翡翠色から、ボロボロと涙を溢すリチャード。胸が痛むけれど……身を守る為だもん! しょうがない!

 さすがにスタンガン(こっち)は可哀想すぎて使えないなあ……と、引き出しを閉める。


 おっと、こうしちゃいられない!

 私は床に落ちたネックレスを拾うと、彼の背後に回り首に着けた。何とか金具が止まって良かったわ……と安堵する間もない。宝石箱をひっくり返し、底に隠しておいた手枷を、彼の手首にがっちりと嵌める。あ、念の為足も拘束しておこうと、ドレスのサッシュベルトで縛り上げた。


 やっと一息ついた頃……媚薬が回り始めたのか、リチャードはぐったりと床に身体を預け、はあはあと肩で荒い息をする。涙ぐんだ目を薄く開け、縋るようにこちらを見上げる姿は、破壊級の尊さだ。


 うおおお……なんて色っぽいの……

 夜会も逃亡も放り出して、虐めたくなってしまう。


 …………はっ! ダメよ! ダメダメ!


 私は邪心を振り払い、彼の脇の下に腕を入れると、ズルズルと本棚まで引っ張る。火かき棒を器用に例の本へ引っかけると、禁断の扉を開いた。


「アデ……リーヌ……どうして……ここが……」


 掠れた声で問うリチャードにペロッと舌を出すと、再び脇の下に手を入れ、階下へ引きずる。

 うう……重いけど重くない……火事場の馬鹿力って、まさにこういうことね。さあ、ここからが正念場よ。

 先にベットに登り、大きな身体をよいしょと引き上げれば、なんとか寝かせることが出来た。


 汗を搔いているから念の為……と、棚に置いてあった吸い口付きのカップに水を入れ、枕元に置いてみた。可愛すぎて、思わず口移しで飲ませてあげたくなっちゃうけど……我慢我慢。


 クラヴァットを抜き取り、シャツのボタンを幾つか外してあげると、ジャケットの内ポケットをごそごそと探る。それだけの刺激で、ぶるりと身体を震わせる姿にきゅんとしちゃう。

 ……ダメだ。すぐ脱線しそうになる。ええと……あっ、あった!

 掴んだのは、この地下への隠し扉を、内側から開けることの出来る唯一の鍵。


「じゃあね、リチャード様。夜会が終わったら助けてあげるから。ちゃんとお水を飲んで、大人しく、いい子で待っているのよ?」


 最後にちょっと悪戯しちゃおうと、一番苦しそうな場所を指でなぞれば、魚みたいにびくんと身体が飛び跳ねた。


「ダメだ……行くな……行かないで……アデリーヌ」


 懇願する切ない声色。うるうるの瞳を見ないようにしながら、私は彼に背を向け、フェロモンが漂う禁断の部屋を後にした。




 綺麗に整えた髪やドレスが、僅か数十分でぐちゃぐちゃになっていることに、侍女もメイドも驚いている。


「旦那様は……お疲れになって、私のお部屋でそのまま休まれているわ。今夜は、私一人で夜会へ行くようにと」


 その言葉に、ああと納得した彼女らは、それ以上の追及はせず、手早く身なりを整えてくれた。

 リチャードの絶倫ぶりは、この屋敷では周知の事実だもんね。お陰で怪しまれないで済むわ。


「夜の9時まで、部屋を開けるなとのご命令です。あ、あと、部屋に入る前にこれを読んでね。旦那様を起こす時の注意事項が書いてあるから」


 少しだけ小首を傾げた後、「はい……」と返事をするメイド。その手に、予め用意していた一通の封筒を預けた。隠し部屋の開け方が書かれている手紙の間には、さっき奪った鍵も忍び込ませておいた。




 付き添いの侍女と外へ出れば、まだ明るい午後の陽が、立派な馬車を照らしている。

 うわあ……なんだかシンデレラみたいね! わくわくしちゃう!


 この後の予定は……侍女に怪しまれないように、一旦夜会へ参加した後、途中で脱走する。もうあのアパートには住めなくなっちゃったから、早めに領地を出た方がいいわね。出来るだけ高価なアクセサリーを着けてきたし、これを売れば当分の間はなんとかなるでしょ。



 ところで、夜会ってどんな所かしら。あんまり詳しく描写しなかったから不安なんだけど、だからこそ楽しみでもあるわ。ねっ、アデリーヌ?


 はいっ、き久ゑさんが好きそうな、美味しいお料理も沢山あると思いますよ。お肉にロブスターにスイーツに……


 聞いているだけでじゅるりと涎が溢れてくる。金欠でカツカツだった前世では、もやし、乾燥ワカメ、自家栽培のかいわればっかり食べていたから。

 ハンカチで優雅に口元を拭うと、脳みそから食事を遠ざける。


 ……今日招かれている伯爵邸は素敵かな。


 はいっ、お金持ちなので素晴らしいおもてなしだと思いますよ。華やかな装飾に、一流の楽団。あと、き久ゑさんが好きそうな、素敵な殿方も沢山いらっしゃると思います。まあ、どんな方もリチャード様には敵いませんけどね。


 リチャード……


 あ……


 互いに無言になる。

 そうよね。リチャードに敵うスパダリなんて、そうそういる訳がない。ヤンデレだって何だって、私が描いたヒーローなんだもん。


 次第に遠ざかる屋敷を窓から眺め、くすんと鼻水を啜った。




 アデリーヌの言う通り、伯爵邸の夜会は素晴らしかった。美味しい食事に豪華な装飾に美しい音楽。金髪や銀髪のイケメンもうじゃうじゃ居る。(ピンク髪も!)

 逃げるんだから、もうそんなに気負わなくていいよねと、単純に夜会を楽しむ私達。アデリーヌにあんなに注意したくせに、結局ヘラヘラしてしまった。


 さて……お腹も一杯になったし。そろそろトイレに行くフリをして、お暇しようかなと思った時、一人の令息からしつこくダンスに誘われてしまう。一人が誘えば、次は自分を……と、わらわらとイケメン達が集まってきてしまった。

 くうっ、夢にまで見たモテ期! でも今じゃないのよ!

 めんどくさいなあ、お腹ゴロゴロだからトイレに行かせてって言ってみようかな。そんなことを考えていると、一際背の高い黒髪が、金や銀の間をすり抜けてこちらへ近付いて来た。


 うーん、やっぱり黒髪よね。お顔もきっと……ほら素敵!

 翡翠みたいな切れ長の瞳、長い睫毛、高いお鼻、薄くてセクシーな唇、女子顔負けのつやっつやのお肌…………って……



「お待たせ、アデリーヌ。迎えに来たよ」



 にこっと笑うその翡翠色の奥には……陰どころか、どす黒い熱が蠢いている。


 どっ、どうして?

 声にならずに口をパクパクさせる私の元へ、彼は長い足であっという間にやって来てしまう。なす術もなく固まっていると、手首を掴まれ、ぐいと引き寄せられる。熱い唇を私の耳に寄せ、自ら疑問に答えてくれた。


「……あそこにはね、もう一つ出入口があるんだよ」


 出入口…………あっ、あああ!!!


 大好きな汗の香りがする逞しい腕の中、抗えないときめきと共に、最期の最期の最期の記憶が甦った。



 ◇◇◇


 枕の下に忍ばせておけば、お風呂やトイレで手枷を外してもらった時に、シュッ! バチッ! と…………


 んで? リチャードをやっつけた後はどうする?

 いつも持ち歩いている鍵を、内ポケットから奪って逃げるのが定番か。

 んで? 逃げた後はどうする?

 やっぱさ、ヤンデレ男には、しつこいくらい追いかけてもらいたいよね。……そうだ! もう一個出入口作っちゃおう。壁と同化している抜け穴的なヤツ? 鍵がないのに出られちゃったんだから、何も知らないアデリーヌはびっくり……


 ふわあああ……本格的に暑い。怠い。眠い。

 続きはまた明日。おやすみなさぁい。



 ◇◇◇


 詰んだ……どうしてこんな大事なことを、今まで忘れていたんだろう。

 ねっとりした汗がダラダラと背筋を伝い、ドレスを肌に張りつかせる。勝手に口が動き、素朴な疑問を投げかけていた。


「手枷……よく外せたわね」


 確か、手枷の外し方は描いていないはず。


「ああ、あれは鍵なんていらないんだ。親指一つで簡単に外れる。……君にはやり方を教えてあげないけど。あ、解毒薬も飲んだから心配しないで。まだ少し熱くて苦しいけどね」


 ちょっと……ヒーロー権限で、勝手に設定創らないでよ。何でもアリになっちゃうじゃん。


 耳朶を軽く食まれただけで、もう反論することも出来ない。力が抜けていく身体を、ひょいと抱き上げられた。


「……そうだ。ロアルドっていう子爵令息が君を訪ねて来たから、丁重にお引き取り願った。もしアレが君の想い人だとしたら、申し訳ないことをしたな」


 …………ロアルド!!

 それもすっかり忘れてた!


 うわあああん! バカ! アホ! ぽんこつ!

 アデリーヌのこと言えないじゃない!


 頭をぽかぽか殴る私の手をつと取り、その甲に燃える唇を落とすリチャード。燻り続けた為に、酷く掠れてしまった声でこう言った。



「……アデリーヌ。僕とかくれんぼをしようか?」



 菊池ひまわりアデリーヌき久ゑ。

 ぽんこつな彼女は、愛するヤンデレ夫と共に生き……共に死ぬことを決意した。



ありがとうございました。

軟禁シーンはいつかどこかで♡

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
木山花名美の作品
新着更新順
総合ポイントの高い順
*バナー作成 コロン様 菊池祭り バナー作成/菊池(幻邏)さま
― 新着の感想 ―
[良い点]  テンポがよくて面白かったです♪    菊池ひまわりアデリーヌき久ゑ。名前もいいですよね。ツボりました♡    ヤンデレだけどしっかりと両方に愛があることが素敵。こんなにもリチャードを虜に…
[良い点] アデリーヌとリチャードのやり取り、駆け引き、テンポが良くて引き込まれます。 一枚上手のヤンデレさんに、作者といえどもなす術も無し。 [一言] 大変楽しく読ませていただきました。 結局…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ