ねじれた教壇
さて、これから僕の話をしよう。
これは何せ、僕自身の物語だからね。
え?僕が誰かって?名乗らないよ。 後に書いてあるだろ?
何故、書いてあることを確認しないで、わざと聞くのか僕にはわからないね。人はみんなそうなんだ。分かることをわざと聞く。
僕はねそういう奴は本当に────頭が悪いと思うよ。
例えば……そう、英語の教科書で読めない単語があったとする。こういう場合決まって人は誰かにこう聞くんだ。「この単語って何て読むの?」って、呆れて言葉がないよ。
だってそうだろ?だいたい教科書っていうのは後ろの方に意味や答えが書いてあるものなんだよ。それなのに頭の悪い奴は人にすぐに聞くんだ。自分の行動が人の時間を奪ってるって事すら気づかない、本当愚かな奴らだよ。
もし、頭の悪い奴が、頭の悪い事を、その人に聞きさえしなければ、その人は他に何かをできたかもしれないんだ。
いや、ちがうね、事実何かを出来たんだよ。それなのにできなくなってしまったんだ。そうやって身勝手に時間を奪っていく。頭にきちゃうね。まったく。
え?君も同じことをしてるって?だとしたらつまり君も『そういう人間』だってことさ。もう少し自分を見つめ直した方がいいと僕は思うよ。
こう言う事を言ってると決まってみんな口を揃えて、お前はひねくれ者で、性格が悪いって言うんだ。酷いと思わないかい?僕はただ事実を言ってるだけなのにね。まったく。みんなそうなんだ、クラスの奴ら、教師、親も揃いも揃って『変わり者』って言うんだ。
彼らの言うことは理解できないね。一度頭を割って脳の構造を見てみたいよ、もしかしたら僕と違う構造かもしれないしね。僕はひねくれてもいないし、性格も悪くない、むしろ良い方さ、ましてや変わり者なんかでもないしね。
まぁ、でも、お世辞にもクラスでは好かれている方ではないね。なぜ?って、そんなの知らないよ。心当たりもない。――――あぁ、そういえば、授業中決まってクラスの空気が悪くなる時がある。それは先生が僕を指したときだ。その時、毎回僕は先生にこう言うんだ。「先生なぜ僕なんですか?」ってだってそうだろ?このクラスには僕より頭の良い奴は沢山いるんだぜ?
そうだな……。
例えば、ジャック・チェスター。こいつの方が断然頭が良い。そりゃそうさ、学年トップの成績を取ってるお坊ちゃんだからね。
そう、家が金持ちなのさ、おまけに顔はハンサム、ウェーブのかかった金髪、青い瞳。あんなので見つめられたら女子はイチコロだろうよ。神がいるなら聞きたいね。
「ジャックは何故あんなにも恵まれてるのかと」。だってどう考えたっておかしいだろう?生まれてきた時点で勝組なわけだからね。
酷い話だよ。まったく。ここまでの話を聞けばさすがの君でも分かるだろ?明らかに僕を指す意味なんてないんだよね。
だけど、この先生に限ってはあったりするんだよな。ハロルド・マーチン数学教師。こいつは僕の事が大のつくほど嫌いなんだよ。いや、本当に。歳は40代なのに灰でも浴びたような白い髪、変に年寄りじみた顔。
しかも授業中はずっと、しかめっ面でいるんだ。ひょっとしたらこの人は人生で一度も笑った事ないんじゃないかなって思えるくらい。(笑)
だけどハロルドが笑おうと笑わなかろうと至極どうでもいいことなんだ。だって僕はこの人の事が大のつくほど嫌いなんだから。まったく君は質問が多いね。またなぜ?って思ってるんだろう。
やれやれ、まぁ、これから一つづつ説明していくよ。ハロルドはね、何事にも白黒させないと気が済まない性格なんだ。数学教師っていうのはみんなああなのかな、例えばこの前、雪が降った日の事だ。
その日クラスメイトの一人が遅刻したんだ、そしてその生徒はハロルドにこう言った。「ハロルド先生、授業に遅刻して大変申し訳ありません。電車が止まってしまい遅れてしまいました」って、そしたらハロルドはなんて言ったと思う?
僕はその言葉を聞いて耳を疑ったね。ハロルドは「君が遅刻をしたせいで時間を無駄にしている、軽率な行動が今このクラス全体に影響がでているんだ。君は自分がしたことを理解しているのか?なぜ、遅延したんだ?
家は何時に出たんだ?このクラスの生徒は全員いるのになぜ君だけ遅れるんだ?」って言ったんだよ。びっくりするだろ?遅刻をしただけだぜ?時間にして30分の遅刻をしただけなのに。さすがの僕でもここまでは言わないね。
何も分からない君たちの為に説明しておくと、この遅刻した生徒の名はティム・パーカー、今日の今日まで1日も遅刻をしたことはない。
そしてティムは家が遠く片道約30km以上あるんだ。電車でも2時間はかかるんだよ。そんなティムがましてや、今日のこの雪の日に30分の遅刻をしただけでこれだよ。さすがの僕も開いた口が塞がらなかったね。
ティムはハロルドの言葉に対して顔色が真っ青になってて何も言えなかったね。そりゃそうだろうとも悪い事をしたとはいえ、
遅刻でここまで言われると思わなかっただろうからね。
ハロルドは続けて「今日はもう帰りなさい」と言ったんだ。これを聞いたクラスの生徒はハロルドに対して何かを言いたかっただろうね。
だけど、そんな事をしようもんなら次は自分が、何されるかわかったもんじゃない。それを聞いたティムは「はい。貴重なお時間を無駄にして申し訳ありませんでした」って言って帰っていったんだ。
酷い話だろ?こんな教師誰でも嫌いだろうね。そんな僕はあいつの授業なんかほとんど欠席さ当たり前だろ?あいつの授業を受けるくらいなら、授業の時間を秒数にして、その秒数分の羊を数える方が遥かに有意義な時間とも言えるだろうからね。まぁ授業を仮に受けたとしても話なんて全く聞いてないね。
彼の発する声を僕の耳が拒否をするんだ。
こればっかりは仕方がない。よって課題なんて物は出しようもない、だってわからないんだもの。これで分かっただろう?こんな僕をハロルドは目の敵にしてるんだよ。だから決まって彼は僕を授業中何度も指すんだよ、指して言うんだ。「ウィル、この問題の解を求めなさい」って、そして僕はそのたびに「先生、なぜ僕なんですか?」って聞くわけ。
このやり取りを最高5回もした日があったね。ハロルドもその日は流石に頭にきたのか、僕に向かって「お前は、なんなんだ!ふざけているのか!」って声を荒げてた。まぁ、そんなことを言われても僕はただ「いいえ」って答えたさ。
そして続けてこういったんだ。
「先生、僕はいたって真面目です。今もこうしてきちんと授業にも出ているし、制服も着ている。おまけに鼓膜が破れそうになるような大声を聞いても、こうして冷静に話しもしています。これのどこがふざけて居る様に見えるのでしょうか?」って言ってやったよ。
それを聞いたハロルドの顔ときたらみんなにも見せてあげたかったよ。
凄まじいってくらいの怒りをあらわにした表情をね。今に何かを言おうとした瞬間にチャイムが鳴ったんだ。そこでこの日の授業は終わったのさ。
さて、こんな話をしている間に時間は昼休みだ。
僕はね、昼飯くらい1人で食べたいんだ。
だってそうだろう?この学び舎にはあまりにも人が多すぎるんだ。
僕は人の多いい所は嫌いでね。だから屋上に行って『1人』で食べるんだ。
広い大空を眺めながら昼飯を食べる。
どうだい素晴らしいと思わないかい?
でも、一つ難点を上げるとすれば屋上までの階段が長いってことかな。
ここの階段はね64段あるんだよ僕もびっくりしたさ、なんでこんなに長いのかってね。多分段数を知っているのは僕ぐらいのもんじゃないかな、何故ならみんなこの長さが嫌で来ないからさ、だから僕はこうして優雅にご飯を食べれるってわけ。
さてと、ようやくランチにありつけるよ。まったく。
「おいおい、一緒に昼飯を食べようって、さっき話したじゃないか聞こえてなかったのか?」。
───はぁ、まただ。また今日もあいつがやってきた。
「おいおい、毎日毎日、なぜこんな所までわざわざ来て、僕の隣で飯を食べるんだい?」
「昼飯っていうのは、1人で食うより2人で食う方が美味い。科学的にも証明されてる」
やれやれ、やってきたのなら昼飯を食べる前に説明しないといけないね。こいつの名はジョン・ウィルソン。哲学や科学とかそういう面倒臭いような物が大好きな奴さ、髪色は茶色、逆立つ短髪。色白で目鼻立ちのキリッとした顔立ちで、正直言いうと男の僕から見ても優れる容姿だと思うよ。
「科学的だって?一体そんなの、誰が、いつ、証明したんだ?」
「そんなの決まってるだろう?証明したのは俺さ!人類初かもしれないぞ!」
そう言うと彼は、清々しい笑顔でこっちを見ながらサンドイッチを食べている。僕は呆れて、食べる事すら忘れているしまつさ。
「なんだ?ウィル、そのカレーパン食わないのか?食べないなら俺が食ってやろうか?」
「見てわからないか?これから食べる所だ。」僕のパンを君にあげるわけないだろう。そう思いながらカレーパンを口にした。
「なっ?2人で昼飯を食べると美味しいだろ?今証明された瞬間だな!」
「いや証明されてない。証明されてないし第一ジョン、君はこの時間になると何故、屋上にやって来るんだ?しかも毎日だ。偶然とは言わせないぞ?」
「そんなの答えは決まってる。1人より…」
「2人で食べる方が美味いからって言いたいのか?それなら大きな間違いだ。1人で食べようと2人で食べようと食べ物の味は変わらない。現に今食べてるこのカレーパンの味はいつもと何1つ変わりやしない。残念だったな。折角の世紀の大発見がご破算だ。」
「はっははは!相変わらずウィルは面白いな!お前と話してると本当に退屈しないな!」とジョンは大声で笑っていた。
「その代わり迷惑はしてるけどな。」
呆れ果てた顔で、僕が言うと彼はまた面倒なこと言ってきた。
「それはそうとウィル、この前のハロルドの一件で、学校中お前の話題で持ちきりだぞ?それにお前の誹謗も付け加えてな。まぁ、あのハロルドにあそこまでの発言をしたって事に対して賛美の声もあがってるがな」
「賛美だって?結構なことじゃないか、いつも僕を蔑み、声も聞きたくない奴らが、僕の話題で、もちきりだって?滑稽だね。」
「おいおい、そういう言い方はもう少し控えたらどうだ?そういう所悪い癖だぞ。」
「僕は何も気にしないから関係ないさ、それにどうりで最近、視線を感じると思ったよ。これがアイドルの気持ちって奴なのかな。」
「はっははは!ウィルがアイドル!?あと数秒前に言ってたら飯を喉につまらせるところだったぞ」
「冗談さ、意外と面白かっただろ?」
「あぁ、最高だった!今日一笑ったかもしれんな」
「ハロルドの事は僕も言えて満足しているよ、授業をする度、毎回僕を指名するんだもの。それにティムの事は流石の僕も思う事はあったしね」
「お?珍しいな、お前が他人に気遣うなんて」
「おいおい、勘違いしないでくれよ。あんな量産型の人間がどうなろうが、僕には知ったこっちゃないよ?だがな、あの日あいつは教員の立場でありながら明らかに生徒に対して、叱るのではなく怒っていた。そしてあれは、明らかに度が過ぎている。恐らく怒っている理由は完全に私情だ」
「私情だ?断定的な言葉だな。なんでそんなことがわかるんだ?ハロルドに何があったかなんてわからないじゃないか。それに、行き過ぎていたとしても、あいつはいつもあんな感じじゃないのか?」
「ジョン、やはり君は人間って奴をわかっていないね。いいかい?ハロルドは数学教師。性格も見てわかる通り、かなりの几帳面だ。まぁ、僕からすれば度を超えているけどね」
「そんなに度が過ぎる程の几帳面だったか?俺は几帳面という印象しかないぞ?」
「度が過ぎる程の几帳面だよ。そうだな……例えば、必ず授業には、マイチョークを持参し、チョークは8角形になるように使っている。それに、あいつのかけている眼鏡を見たことがあるか?レンズには曇り1つ、フレームに至ってはサビが1つもなく、留具のネジまで光り輝いている始末さ」
「な、なるほど……」
「それにあの日のハロルドには、おかしな点がいくつかあった。ワイシャツのシワ、ネクタイの位置、そしてカバンだ。」
「ワ、ワイシャツのシワ?ネクタイ?カバン?おいおい、何を言っているんだ?俺にも分かるように説明してくれ」
「はぁ……呆れるよ、まったく、ジョンはあれを見て、何もわからないどころか気づきもしなかったかい?何事も、もう少し注意深く見た方がいいと僕は思うよ。いいか?あの日は大雪だった、なのにワイシャツにはシワがない。これはおかしい。何故なら 、ワイシャツの上に服を着た形跡がない。そしてジョン、質問だ。あいつは確か車通勤だったよな?」
「あぁ、いつも7時30分ぴったりに学校に入ってくるらしい」
「それともう1つ、あの日はあいつにとって特別な日だったんだ」
「特別な日?確か日付は1月15日だったはず…いや!もしかして…誕生日か?」
「ご名答、冴えているじゃないか。事が起きた1月15日はハロルドの誕生日だ」
「えっ!?あの日、ハロルドは誕生日だったのか?!」
「あぁ」
「いやいや、ていうより、何でお前がそれを知っているんだ!?まさかとは思うが、ハロルドに直接聞いたのか!?」
「おいおい、冗談でもそんな虫唾がはしるような発言は謹んでくれ。僕は、ああいう人間の発する音はなるべく遮断しているし、それに視界にも入れたくない。そして、存在すら許したくないくらいだ。」
「なら、なおさら変じゃないか。なんでウィルがそれを知っているんだ?」
「順を追って説明していこう、あの日はあいつの誕生日。そしてそれが重要なんだ。必ずその日だけ、あいつの格好に変化(不自然な点)が現れる。鞄とジャケットだ。毎年その日に、あいつは鞄を新調し、新しいジャケットを着てくる。そのジャケットは卸したてで今まで着てきたことが無いものだ。」
「鞄?ジャケット?おいおい鞄はわかったとしてもジャケットだと?ハロルドがジャケットを着ている所なんて見たことがないぞ?」
「あぁ、そりゃそうさ。何せハロルドは校内では殆ど着ていないんだから。あいつは出勤と同時に職員室に必ずジャケットをかけるんだ」
「ちょっとまて、何故それをウィルが知っているんだ?まさか毎日職員室を覗いてるなんてことはないだろう?」
「当たり前じゃないか、僕がそんな下らないことの為に無駄な労力を使うと思うかい?実は、僕は7時には学校にいるのさ。」
「7時!?そんなに早く来て何をしてるだ!?」
「まぁ、その話は一旦置いておこう。その事はこの話と全く関係ないのない話だ。つまりだ、僕の後にハロルドが来るわけだ、毎日車から降りる時には、まだジャケットを着ているのさ。つまりジャケットを着ていて職員室に入って出てきたら手ぶら。そんなの見なくても分かるだろ?僕はそれを毎日見ていただけの話だ。そして誕生日着てきたジャケットには不思議な点がある。」
「不思議な点?なんだそれは?」
「あそこまで何事にもキッチリしなきゃ気がすまないハロルドのジャケットのサイズが、少しだけゆとりがあるんだ、不思議だろ?」
「いや、待てよウィルそれは普通だぞ?ジャケットは少しゆとりを持たせて着るものだ」
「はぁ…ジョン。君は確かに博識だが、本当にそれだけの様だな。それを活かせる頭が無いのは時折見るに耐えないものがあるよ。いいか?よく思い出してみろ。ハロルドはいつも腕時計を腕にぴっちりとつけ、ワイシャツやズボンも、ゆとりなんてものはなく、何事にも必ずぴっちりとしている。靴下は必ず黒。それくらい服装にこだわりがあるんだ。そのあいつが必ず特定の日だけ、サイズ違いの服を着ていて、尚且つバックを新調する。そしてそれがあるのは1年に1回だけだ。つまり…」
「誕生日か!!!」
「そういうことになる。次に問題なのは、誰からの誕生日プレゼントなのかだ」
「同僚…友人…パートナーか?」
「その通り、ハロルドは、あの性格のせいで教師陣にも長年距離を置かれている。続いて、友人の線になるがそれはないだろう。あれに付き合う友人がいるとするならば僕はそいつの神経を疑う。残るはパートナーだ。何故結婚できたのかは、僕にも不思議だが、この世界は広い様であいつを愛する物好きな人間は居るらしい。何故なら、あいつは指輪をしているからね、それもかなり年季がはいっている。少なくみつもっても10年以上ははめているだろう」
「お、おい、ならおかしいぞ?何故あいつのパートナーはサイズ違いの服を毎年プレゼントしているって事になるぞ?ハロルドはそういうのを許さない人間だろ?」
「おそらく言えなかったのさ。ここからは、完全に俺の推測になってしまうが、ハロルドは多分幼少の頃、周りの人からあまり理解をされない子だった。さっきも言った通り、あの性格と几帳面が原因だろうな。だがな、ハロルドだって異性に惹かれない訳ではない。そんなあいつがどんな人間に心動かされたのかだ。不思議な事に、人間ってやつは自分に無い物を欲しがり、惹かれ憧れる」
「確かに、無い物ねだりと言うやつか」
「その通りだ。例えるなら、そう、小さい時から金の無かった人間は、自分とは逆の金を持っている人間に惹かれる。何故なら、人間の本質は安心を求めるているから。そう言う人間の思考回路は、金持ちなればすべて解決する。今自分が不幸なのは、お金が無いせいだと、思い込みお金という心の拠り所を求め、お金持ちを探し、何が何でも結婚したいと思うだろう。ハロルドも一緒なんだ。小さい頃から孤独で、いつも一人。周りの人間達は友人やパートナーを作り、楽しそうに過ごしている。あいつはずっとそれを羨んで居たんだろう。そんなハロルドが出会ったのが今のパートナー。恐らく、そのパートナーの性格は、明るく少し抜け癖があるが、いつも笑顔を絶やさず、素直な心を持つそんな女性だろうな」
「全てハロルドには無い物だな。あいつも無意識下でずっと欲していたってわけか」
「あぁ、自分にそれが出来ないからこそ、それを他人に埋めてもらう。相手も相手で自分自身に無い物に惹かれる。きっとその女性から見ればハロルド魅力的に映ったんだろうね。それが流石にいくつの時に出会ったのかまでは知らないが、僕に言わせれば若さ故の過ちに、他ならないけどね。まぁ、その抜け癖は、おそらく、出かけると物忘れをするとか、服を買う時は、サイズ違いの服を買ってくるとかだろうな。誕生日プレゼントとしてもらったとしても、服をその後、着るかどうかは…」
「…別の話ってわけか。なら、少なくとも誕生日の日の朝にサイズ違いのジャケット着て家を出ていくのは、パートナーに対する優しさだったのかもしれないな。――――いや、ちょっと待て、ウィル、お前さっき、ハロルドはあの日ジャケットを着てこなかったって言わなかったか?」
「あぁ、本来ならば誕生日には新調されたバックとサイズ違いのジャケットを着て出勤するハロルド何だが、あの日だけは違ったのさ。ジャケットは着ていなくワイシャツだけ。そして、服のサイズはいつも通りでバックは新調せずだ」
「そう言われると、確かに変だな。もしかしたら、パートナーと喧嘩でもしたとかか?」
「いいや、違うな。もう既にパートナーとの関係は終わっているのかもしれない」
「パートナーとの関係が終わってる?どういう事だ?」
「あの日を境にハロルド指輪はなくなっていた」
「な、なんだって!?全然気づかなかった」
「それにな、シャツのシワがなかったということはコートすら着ていないって事だ」
「た、たしかに。だが、そんなことありえるのか?俺なら間違いなく凍死するレベルだぞ。」
「そのとおり。この真冬の時期にコート、ましてやジャケットをすら着ないなんて言うのは考えられない。つまりそれは、コートやジャケットを忘れるくらいの状況だったってことだ。ならそれはどんな状況なのか?さすがの僕も原因まではわからないが、パートナーとの間に揉め事が起こったと言う事は間違いない。それもかなりのだ。恐らく前日から話しを終わらせぬまま朝を迎え、早朝になっても口論が続いていたんだろう。そして感情任せに家を飛び出して行った。ジョン、人間って奴はな、いつもと違うことが起きてしまうと、いつも通りの行動が、できなくなってしまうことがあるんだよ。これはハロルドとて例外じゃない。それが証拠にネクタイの位置だ。あいつは必ずワイシャツ襟に対して、必ず中央にネクタイを持ってくる。だが、あの日は僅かに左にズレていた。あの度が過ぎる几帳面のあいつ本人ですら、気づかない程のズレだがな」
「おいおいだとしたら、逆にそんなズレよくわかったな?」
「そんなの当たり前だろ?あそこまで整理整頓、几帳面な奴が、逆に少しズレがあるのなら目が行くなって言う方が難しい。」
「な、なるほど。(俺は全然わからなかったぞ)」
「それにあいつは朝から、かなり機嫌が悪かった。まぁそれも当然だがな。外は大雪で道路は大渋滞。学校についたのは7時32分。いつもよりも2分もオーバーしているからな。ハロルドにとってこれは最も屈辱的な出来事だったろう。そして、あぁいう人間っていうのは、決まってその否を自分で認めようとせず、その責任を相手に押し付ける。自分は正しいとね。これは誰のせいなのか?原因を考え出すとパートナーの事が真っ先に頭に浮かぶ。そしてまた感情が乱れる。人間というのは無意識で当たり前にしていた行動を意識的にしようとしても、必ずいつもとは違う行動を取ってしまうものなのさ。それには、必ずズレが生じる。無意識でやっていることを意識的にやろうとしているのだからね。ましてやこの状況をあいつ自身、頭では理解していても精神的には理解が追いついていない」
「さ、流石ウィルだな」
「まぁ、だけどそんな事、僕には知ったことではないよ。僕はさっきも言ったけど、彼らがどうなろうが、僕には知ったこっちゃないからね。ティムなんか今回の事で自殺なんかしたら今度こそハロルドも終わりだろうな。まぁ僕としてはあいつが居なくなってくれるなら何でもいいけどね」
「おいおい!ウィルさすがにそれは言い過ぎだぞ!そんな言い方…酷いぞ!」
「おいおい、冗談だよ。それにジョン、生憎タイムリミットだ。時間」
「10分前!?もうこんな時間だったのか!ウィル早く教室に行くぞ!」
「ご生憎様、僕は教室には30秒前に行くって決めているんだ。だから君は先に行った方がいい」
「あぁ、わかった。それじゃまた後でな!」
「また後で……か、まったく、あいつと話すと疲れるよ。確かに何事にも、意欲的で博識なんだが、あいつはそれだけだ。物事を知っているだけじゃ意味はないんだよ。さてと、ようやく休めるな。と言ってもあと5分くらいか」
ところでみんなはこう思ったんじゃないのかい?なぜ僕がハロルドの服が、毎年変わるのを知っているのかってね。まぁ、これに関しては少し考えればわかる事なんだけど。仕方がない説明してあげるよ。
僕らの通うこのレガシィー・ホールズは、君たちの分かりやすい言葉で言うなら、小中高の一貫校なんだ。だから僕はハロルドとは7年の付き合いってわけさ。それにあいつは有名人だからね。それと僕はこう見えて人間観察が嫌いじゃない。
さてと昼休みが終わった後、次の授業は数学さ。この授業では面白いものが見れると思うから楽しみにしているといいよ。
──── キーコーカーコーン ─────
さてと、お待ちかねのハロルドのご登場だ。さぁ、みんな、拍手で迎えてあげようじゃないか。何せこの前、誕生日だったんだから。君達ってお祝いするの好きだろ?何せ全く知らない人間に対してでも、この前誕生日だったなんて言われたりしたら当たり前のように「おめでとうございます」って言うんだから。
「今日の範囲は教科書の86ページを開くように─────えー、続いてウィル、この問題の解を求めなさい」
まただ。また今日もこれをやるのか。まったく。この人間は実に学ばないよ。教育者でありながら教師が学ばなくて、生徒に何を教えられるんだろうね。
「先生、なぜ僕なんですか?」
「ウィル、教師が生徒を指すのに理由が必要かね?」
「えぇ、通常ですと特に必要はないのですが、この授業で指されるのは僕だけですから、これ対してもし、理由がなかったとしたら明らかに不自然すぎますよ」
「ウィル、君を指すのは君の成績が非常に悪く、提出物もださないからだ。───どうだ?君の望む理由とやらにはなったかな?」
目が血走っている、そして目の周りに血管が多少浮き出ているな、平常心を装っているがまだパートナー間の問題は引きずっているらしい。
「なるほど理由はわかりました。ではハロルド先生、でしたら、もう1つ質問をよろしでしょうか?」
「なんだね?」
「僕は今まで先生の質問に対して、答えたことは1度たりともありません。なのに先生は指し続ける。これに対してなんの意味があるのでしょうか?」
「そんな意味なんかは関係ない」
「では、先生は意味もなく僕を指していたのですね?わかりました。ではもう1つお聞きしてもよろしでしょうか?」
「いい加減にしないかウィル、今は授業中だぞ。これ以上、君の話に付き合っている暇はない。教科書の問題を答えないのなら、私はこのまま授業進めさしてもらう」と言ったが僕は無視して続けた。
「先生、非常に成績が悪く、提出物も出さないこの僕が、授業中にわからない事で先生に対して質問しているんですよ?答えてくれても良いではありませんか」
「いい加減しろ!ウィル!」とハロルドは怒鳴った。
「なるほど、ティムの次は僕ですか?僕は許せないんです。ティムは確かにあの日、遅刻をしました。ですが彼はそれだけです。あの大雪の影響で連絡手段が無いという事は学校側もわかっていたはず。それにティムの授業態度は至って真面目です。提出物もちゃんと出しているし、成績も常に上位。そんな人間が自然災害の大雪が原因で怒声を浴びせられていた。これは明らかにおかしい」
僕つられ、一人の男が声を上げた。
「確かに、その言い方と態度は些か気に喰わないが、これはウィル言うとおりだ。ハロルド先生、このジャック・チェスターにとってティム・パッカーは大切な友人なのです。その友人が理不尽な理由で罵声を浴びせられたおかげで、ここ数日の間、登校すらままならない状況です。この状況に対してどうお考えなんでしょうか?」
やはりね。ジャック、君がこのタイミングでハロルドに対し、声を上げると思っていたよ。計算通りだ。君は正義感が強く仲間意識が高いそういう人間だ。
だけどまだ足りない。もうひと押しだ。───そしてそのひと押しはもう既に手は打ってある。そろそろ来る頃かな。
───────ガラガラ─────
「ハロルド先生はいらっしゃいますかな?」
「………校長先生!?」
「ハロルド先生、至急校長室に来てもらえませんか?お話したいことがあるのですが」
「………はい。わかりました。」
「えー、生徒の皆さん大変申し訳無い。この時間は自習とさせていただきます。では失礼」
フッハハハハッ……完璧だよ完璧だ。ここまで事がうまく運ぶとは計画通り。あの日ティムに言った事を録音し、匿名で僕が校長宛に送って置いたのさ。タイミングも完ぺき。これであいつは解雇処分。まったく。喜ばしい限りだね。今日はなんて素晴らしい日なんだろう。最高の日だよ実に愉快だ。
あいつは連行された。つまりこの数学の時間は自習になったというわけだ。というわけで僕はゆっくりするとしよう。なぜなら昼ジョンのせいで全然休めなかったからね。
────さてと、ところで1つみんなの中で疑問に思う事があるとすれば、何故ハロルドはあの日にパートナーと揉め事が起きたのかって事だ。あとから風の噂で聞いた話がある、どうやらハロルド自身は家ではかなり横柄な態度で接していたと言う事と、ハロルドのパートナーは異性との関係が少なかったらしいと言う事の2つ。
そしてあの日の揉め事の内容は何だったのかな。原因はハロルドにあったんだろうか?パートナー側にはなかったのか?
こういうパートナーとの問題は君達も気をつけた方がいい。例えどんな言葉で愛を語ろうと、愛なんてものは所詮、素晴らしい勘違いでしかないのだから。自分がその人間を見たいように見て、思いたいように思っているだけなんだ。だとしたらその勘違いから目が冷めた瞬間、目の前に居る人間に対して君たちは何を思うんだろうね。前と同じ状態でいれるのだろうか?
ついでにこれも風の噂だけど、ハロルドのパートナーは今、新しい人とお付き合いをしているようだよ。まぁ、僕には知ったことではないけどね。