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歩道をとぼとぼと歩いていると、虫の鳴く音が綺麗に鳴った。こんなにのんびりしたのも久しぶりだった。夜の虚しさが彼の復讐心を落ち着かせた。
(本当にやるのか自分)
(やるしかない。ここまできたなら、轢き返せない)
(引き返すことはできるだろう)
(引き返したら無意味なんだ。折角のチャンスをここで逃したら、ずっと苦しめられるばかりだぞ)
自ずとの会話に悩まされる。天を仰ぐと酷く明かりを食われた月が見えて、幾分それを見つめていると、バスが脇を通り過ぎて追い越してきた。バスは十メートル先にあるバス停に停まった。流石にこの時間に乗る者はいないだろうが、バスは誰かが乗るのを期待してじっと待っていた。それは彼を呼び込んでいるようだった。
右ポケットに財布は入っていた。丁度五百円玉があったので、それを扉脇の小銭挿入口に入れ、バスに乗った。
あ、と思わず声が漏れた。バスには彼を覗いて二人が乗っていて、内一人は知人、市川清花だった。彼女は最後部に堂々と股を開けて腕を組んで座っていて、項垂れて眠っていた。
「青年、隣に来てくれないか」
乗客のもう一人は、白い髭を胸元まで生やし、同じく白いバケツハットを深く被った老爺。彼は左最善の席に座っていた。
「どこまで乗っていくんだ」
「実は町の名前を憶えてなくて。どこまでかは」
「何がある町だ。この辺り五十個くらいの町の名前なら憶えてる」
「えっと、達磨のような狸が飾られてる酒屋、知ってますか」
「ああ、ころ酒か。なら磨葉町じゃ。ころ酒に向かっとるんか」
「まあそうです」
「なら次のバス停で降りればいい。んでこのバスを追いかけてりゃ、途中でころ酒に着くさ」
「そうですか。ありがとうございます」
言って彼は老爺の隣に腰を下ろした。
「若いのに、あの酒屋を知っとるとはなかなかじゃないか」
老爺は三度頷いて、そして溜息を吐くと、ぼそっと言った。
「お前さん、人を殺りに行くんだろ」
彼は思わず胸元の窪みを掴んだ。
「そこに拳銃を隠してることくらい分かる。その形は明らかに拳銃じゃ。当ててやろう、ピースメーカーだ。いや、いい。出さなくていい。どうせ当たってる。いいか青年、拳銃を隠すならもっとぶかぶかなものを着ないと。夜中だからよかった。昼なら直ぐばれてた」
ここで老爺を殺さなければならないかと焦っていたが、徐々に落ち着きを取り戻す。この老爺は拳銃に詳し過ぎる。ガンマニアではないかと考えたがそれは違う。彼らならば、まずおもちゃだと疑うものではないか。
視線を下ろして、老爺の右手が目に入り、そして息を呑んだ。老爺の小指薬指が無かった。
「まさか」
「おっと、口に出しちゃならん。まあそうさ。青年の考えている通りだ」
「えっと、はは。なら俺はこれから、どうなるんですかね」
「どうもならん。強いて言うなら、警察に捕まってしまうかもな。告げ口するのは俺じゃない。後ろの奴か、または青年が殺そうとしているその人。まあしくじったらの話だ。付いて行ってやろうか。今日は暇なもんでな」
丁度にバスは扉を閉めて発車した。慣性に揺られる。彼は頷いた。