2
そそくさと帰宅して部屋に入ると、カーテンを全て閉めて、ソファに深く腰掛けた。しんと静かな部屋の中で耳を傾け、外に誰もいないと確かめると、懐から拳銃を取り出した。闇サイトでこれを買ったのだった。
謝って発砲しないように、グリップの部分を摘まんで机に置く。渡された銃弾はたった六個で、それも机の上に置く。
鉄でできた銃身が、日光に反射して美しく輝く。撃ってくれと言わんばかりに、影が彼を引き込む。
彼が購入した拳銃は、通称ピースメーカーと呼ばれるものだった。弾数は六発。渡された玉の数と一致している。これで復讐は果たせ、ということなのか。
「六発じゃ心許ない」
不安な表情で立ち上がり、着ていたパーカーを服掛けに掛けた。
(本当に、これでやるのか。いや、まさかな)
首を振って部屋を出る。居間に入ると、何とはなしに夕食の準備を始めた。
夕食の準備中そして食事中、彼はずっと脳裏に拳銃があった。
まさか本当に手に入るとは思っていなかった。何せ闇サイトの画面で、購入のボタンを押しただけなのだから。金は確かに払ったものの、今日男から渡されるまで、実感がなかった。それよりも、特定の場所に呼び出される方が、大いに恐ろしかった。警察に捕まってしまうのではないかと気が気でなかった。
さっきから動悸が治まらない。深呼吸するか。いや、深呼吸でどうにかなるものか。それより疲れた。今日は寝よう。ああそうだ、寝よう。寝ればいい。寝てしまえば、何か変わっているかもしれない。銃が無くなっているかもしれないし、銃弾が無くなって、買った銃は結局撃てず仕舞いになるかもしれない。それでいいんだ。だから寝てしまおう。
何度も頷いて、立ち上がる。そしていやしかし、と思い返した。
「駄目だ。まずは痕跡を無くさなくては」
パソコンを起動して、闇サイトに関する検索履歴を削除し、そして闇サイトに入ることができるソフトも全てアンインストールした。それでも不安だったから、初期化までした。だがまだ不安だった。いっそのことこのパソコンを捨ててしまおうか。ああ、捨ててしまおう。確か明日が粗大ごみを捨てる日だったな。ゴミ捨て場に持って行こう。いや待て。確かパソコンは処分できないんだったか。いや、知るもんか。捨てよう。捨ててしまえば……いや、パソコンを捨てて、それを拾われたらいけない。それに何故捨てたのか問い詰められるかもしれない。
現在の時刻は二十二時だった。明日は仕事があるため、早く寝なければならない。
「明日にするか。……いや駄目だ、今日の内だ。明日になったら警察が来るかもしれない。今の内にアリバイを作っておかないと。なに、一睡しなかったくらいで仕事に支障はでないさ」
アリバイを考えていると、スマホから着信音が鳴った。友人からメールが送られてきていた。
『終電遅れたから向かうわ。準備しといてね~』
メールの文を読んだ瞬間、彼は驚愕した。そして一層強く焦燥に駆られた。
「早くあれを隠さないと」
駅はここから二キロ先にある。歩いて三十分くらいかかったはずだ。もし向かっている途中でメールを送ったのだとしたら、三十分よりも早く来るかもしれない。どっちであるにしろ、早く拳銃を隠さなくては。
どこに隠そうか。引き出しの中では駄目だ。あいつは突拍子もなく引き出しを開けてくる。であればどこがいい。冷蔵庫の上、本棚の裏、洗面所の棚の隅、洗濯機の裏、箪笥の中の隅。どこに隠したとしても、偶然ばれてしまうような気がしてならない。
「ああ、どこに隠せば。そうこうしている内にあいつは……」
その時、扉が開かれる音がした。間違いなく友人である。
根岸は慌てて箪笥の引き出しを開き、服と服の隙間に押し込んだ。箪笥を閉めたて振り返ると、友人が扉の前に立っていた。彼と目が合うと、友人は微笑んで片手を上げた。
「お邪魔してまーす」
根岸は口角を持ち上げて「久しぶり、清花」と言った。
「久しぶりー。ていうか急に連絡してごめんねー」
「いや、大丈夫。でもここら辺で働いてるとは知らなかったな、あはは。仕事は何をしてるの?」
「商業の企画やらなんやら。まあ言ったところで分からないよ」
「そう、そうなんだ、へえ。……あ、そうだ。リビングに行こう。お茶を用意するからさ。さっき丁度ご飯を食べたばかりなんだけど、残ってるからそれ食べる?」
「ううん、飲んできたから大丈夫。ていうかここで寝ていい? 酔っちゃってて」
「いや、ここでは」
「でも部屋ここしかないじゃん」
「いやその。とにかく居間に行こう。ほら、早く」
根岸は清花の背中を押して強引に居間に行かせた。
「何焦ってるの? あ、もしかして卑しい物でも」
「まあ、そんなところだよ。ご飯はもう食べたんだね?」
「うん、食べたよ」
「そうか。あ、そうだった。はい、水。えっと、風呂には入る? 入るんだったら先に入ってもらいたいなって」
「うーん、入ろうかな」
「そう。それじゃ準備しておくね」
根岸は慌ただしく風呂を準備した。それを後ろから頬杖をついて見ていた清花は、ぽつりと呟いた。
「変わったね、朱柏」
「変わった? まあ半年も会ってないんだから当然でしょ。ていうか半年も会ってないのに、よく俺の家に泊まろうという思考になったね」
「そういえばここの近くに朱柏が住んでるなーって思って、それで来たの」
「他に友達はいないの?」
「いるにはいるかなー」
「いるんだ! ならそこに行こう。ほら。酔ってるんだっけ。でも連絡はできるんだろ? 連絡してさっさとそっちの方に行けばいい。ほらほら」
「ちょ、押さないで。ほんと変! なんか気持ち悪い」
根岸は怪しくないようにとだけ考えていて、自分の行動が理解できていなかった。
「落ち着いて、朱柏。卑しいものがあるんだったら、今から片付ければいいでしょ? 何をそんなに困惑してるの」
根岸は一息ついて頷いた。
「そ、そうだね。落ち着こう。えっと、じゃあ片付けて来る」
踵を返して、彼は寝室に入った。扉を閉めて、深呼吸する。
(よかった。片付ける時間ができた)
根岸は箪笥の中から拳銃を取り出すと、部屋を見回した。隠せそうな場所はベッドの下、箪笥の中から裏、そして本棚の裏。その他に隠せそうな場所はない。
額から流れる冷や汗を、彼は手の甲で拭った。いっそのこと外に捨ててしまおうか。いや、駄目だ。外で誰かが拾ってしまうかもしれない。
「ねえ、もういい? 服持ってきてないから、一着貸してほしいんだけど」
扉が叩かれ、また焦り出す。
(えっと、えっと、えっと、えっと……)
彼はパーカーを着て、懐に拳銃を入れた。胸辺りが少し膨らんでしまっているが、自分の身につけているのだから、勝手に触れられる心配はない。
彼は笑みを作ると、扉を開けた。
「あ、もう片付けた?」
「片付けたよ。それで、何だっけ。服を借りたいんだっけ」
「そう、服を一着。あ、下着は買ってきてあるから、上着だけね」
「分かった」
胸に重みがあり、拳銃が落ちないか不安だった。そんな中で身を屈め、箪笥から一着上着を取り出した。起き上がろうとした時、拳銃が落ちる予感がした。咄嗟に手で押さえる。
「ん、どうかした?」
「いや、なんでも。はい、上着」
「ありがとう。あ、これ何、銃弾?」
(しまった!)
銃弾を隠し忘れていたことに今更気づく。頭が火傷しそうなほど熱かった。言い訳しようにも、頭が回らない。いっその事、ここで殺してしまおうか。そう考えながら懐に手を伸ばそうとすると、彼女は言う。
「これどこで買ったの? お洒落じゃん。どこに飾るつもり?」
「あ、あーそうなんだ。えっと、玄関に飾るつもりで。かっこいいでしょ」
彼女は銃弾を置くと、部屋を出た。
「じゃあ風呂に入るね。絶対除くなよ?」
「分かってるよ」
清花が風呂に入ったのを確認して、根岸はベッドに横たわり安堵した。
「こうなるんだったら、最初から飾りということにすればよかったな。はは……」
懐から拳銃を取り出して、それを照明に重ねた。
「実銃だなんて、普通思わないもんな。慌てて損した」
「ねえ今、何て言ったの?」
清花の声に起き上がる。清花はまだ風呂に入っていなかった、いや、風呂に入ろうとしたところで、何かが無い事に気づいたのか、上着だけ着ていた。
「それ、実銃なの?」
頭に血が上る。
(どうする誤魔化すか、いやこうなったらもう誤魔化せない、誤魔化したとしても清花が信じていなければ明日には逮捕されてしまっているかもしれない、なら脅すか、いやこれも信頼できない、なら殺すしか……)
一瞬であらゆる考えが脳内を廻った。彼は清花に歩み寄った。拳銃を振り上げた。そして清花の頭部を打擲した。