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夕暮れの、日本のどこかにある市街。小柄な柴犬が可愛いと評判の、とあるラーメン屋の隣の脇道で、根岸 朱柏は人を待っていた。
日光が入らず、あまりにも暗いものだから、最近買ったばかりの懐中電灯で視界を照らして、周囲に警戒を施していた。これは右手で行っていた。もう片手では、いつでも警察に知らせられるように、予め「110」と打ってある電話の画面で、親指を通話のボタンの脇に置いていた。どちらの手も震えていた。
この脇道は、丁字路になっていた。人が来るならば、この三方向からである。でなければどこからか。空からか。
何を馬鹿げたことを、と鼻で笑うものの、内心あり得ると思い込んでしまっていた。
日が暮れて、遂に頼れる明かりが懐中電灯のみとなった。懐中電灯が照らせない所は一切見えない。不意を突くのも容易だ。
すると丁字路の右の道から、小柄な中年の男が歩いてきた。彼は訝しげに男を見た。男は躯体に似合わない大きな外套を着ていて、寒そうにマフラーで口を隠している。
根岸は男の動きを見つめた。脇を過ぎようとした矢先、男は振り返る。根岸は咄嗟に両腕で顔を隠した。
「……明日は晴れるでしょうか」
「さ、さあ」
「そうですか」
男は踵を返して去って行く。なんだったんだと思いつつ、背中を見つめていると、ふと暗号を思い出した。
「雷!」
彼の声は丁字路に響き渡った。男が振り返って睨むのを見て、慌てて言い直す。
「明日の天気についてです。確か明日の今頃は雷が鳴るそうで、できるだけ早く帰宅した方がいいでしょう。酒屋に通うとか、考えてはいけませんよ? 直ぐに帰らないと、雷に当たるかもしれない」
男は歩いて来ると、根岸の肩にぶつかった。彼がよろけると、背中を抑えてそっとモノを渡す。
「そうかもしれませんね。雷に当たらなかったとしても、妻の雷に当たる可能性は大でしょう」
男はありがとうと言い残すと、足早に去って行った。
暫く立ち尽くしていた根岸も、我に返ると足早にその場を去った。