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18話 気配察知D

 というわけで土曜日になった。

 学校や仕事が休みの日ということもあって人でごった返しの状態だった。


 ましてこの街はそこまで都会というわけでもないので、遊べる場所がそう多いわけではない。

 様々な娯楽施設が立ち並ぶショッピングモールに人々が集中するのは当然の帰結だった。


「そして、そんな場所だからこそ訓練には最適だ」


 そろそろ待ち合わせの時刻になる。

 今回も俺は30分前から来ていた。単にマナーの問題もあるが、今回に関しては彼女を一人にするのは忍びなかったからだ。


 何故なら今日、白銀エイミは全裸コートでショッピングモールを歩くことになっている。


「……お、お待たせ……っ」


 そうこうしているうちに白銀の姿が見えた。

 10月という中途半端な時期だが、今日は寒冷前線の通過によって気温がいつもより著しく下がる。

 故にコートを着ていても違和感はなかった。

 

 はたから見た彼女はどこかぎこちない様子だった。

 それもそのはず。

 中身が全裸なせいで、羞恥と緊張で無意識に歩き方がおかしくなってしまっているのだ。


「……気分はどうだ?」

「っ!」


 睨まれた。そりゃそうだった。


「ごめん。でも言う通りにしてくれてありがとう。そっちの方が訓練には丁度いいんだ」

「意味わかんないんだけど……!」

「あとで話すよ」


 とりあえず、ただでさえ美しい外見をしているというのに挙動不審なせいでより衆目を集めてしまっている状況をリセットしたい。


「人気のないところへ行こうか」


 そうして、俺は事前に調査しておいた人の寄りつかない角のスペースへと彼女を連れ出した。


「服は前も着ていたダッフルコートにしたのか。似合ってると思う」

「ありがと……あなたもその、私服持ってないって言ってた割には普通の服で来たんだね」

「君と歩くなら制服はまずいかなと思って買っておいたんだ」


 そう、なんとあの俺がまともな私服を着用して公共の施設を歩いていた。

 自分でもこんな日が来るとは思わなかった。


 白銀は有名人だ。

 ここは街でも数少ない娯楽施設だから、休日になるとウチの学校の生徒もよく来る場所だった。


 そこへ制服を着た俺が彼女と一緒に歩いていると、どう映るだろうか。

 厄介なことになるのは目に見えていた。


「帽子とマスクがあるとはいえ、君は目立つからな。最低限『内呂柊一』であることは隠した方がいいかなって」

「……別に隠さなくてもいいと思うけど」

「ありがとう。でも君に迷惑がかかるかもしれないから」


 異性関係のことで絡まれていたのは記憶に新しい。

 俺を好いている女子がいるとは思えないが、しかし白銀が手当たり次第に男に手を出す女だという誤解は与えてしまうかもしれない。

 それが学内の男子だったら尚更だ。


 少しでも安全策を取るべく、俺も普段とは違う雰囲気の装いを意識した上で、マスクをつけて顔を隠す作戦に出たのだ。


「このご時世だし帽子とマスク程度ならさして怪しまれない。そして隣に男もいるから視線は集めても絡まれることはない。──その上で、君にはこれからモール内を歩いてもらう」

「……理由は?」

「もちろん、気配を感じとる訓練のためだ」


 気配といっても、別にファンタジーな殺気やらオーラやらでは決してない。


 足音、呼吸音、空気の乱れ、大地の振動、etc……人間の動きというのは案外、周囲に多大な影響を及ぼしているものだ。


 そして、人間にはそれらを感知するための機能が確かに備わっていた。


「あとは準静電界っていって、人間は微弱な電気の膜に覆われているんだ。いわゆる気配の正体はこれだという話もある」

「そ、そうなんだ……」

「それを一番鋭敏に感じ取れるのは体毛だ」


 つまり俺が最も他者の気配を色濃く感じられるのが全裸の時だというのは、科学的にも正しい現象といえた。


「そういう目には見えない、けど確かに感じ取れるものの総称がいわゆる『気配』の正体なんだよ」

「……なんか、意外と科学的というか理論的で、正直驚いてる」

「あやふやに気配とだけ言われても分からないだろ?こうやって一つ一つ明文化した方が感覚的にも理解しやすい」


 俺も最初はそうだった。

 気配を感じ取るとか達人やエスパーじゃないんだからできるわけないだろ、と思っていた。


 だが色々と調べていくうちに、段々と頭で理解できるようになり、やがて体で感じ取れるようになっていったのだ。


「まあ準静電界がどうたらは無視していい。正直俺も感覚でしか理解できてないから」

「逆に感覚では理解できてるのにビックリするんだけど」

「足音や呼吸音、地面から伝わってくる振動や空気の流れの変化……そういう耳や肌で感じ取れる方を意識していこう」


 そういったものをこれまでの人生で一度も感じたことのない人間はいないだろう。

 それらは普段、一々気にしていないだけで幾らでもありふれているものだ。


「ただ、意識しろと言われただけじゃ分からないだろう?」

「それはまあ」

「だから全裸コートなんだ」

「三段飛ばしで話進めるのやめて?」

「ごめんね」


 とはいえ論理としては至極簡単。

 俺たちが気配を感じ取る必要が出てくるのは畢竟、露出をしている時だけだ。


 であれば少しでもその時の感覚に近づけた上で訓練した方が手っ取り早い。

 その答えが全裸コートであった。


「コートを着てソックスも履いてるみたいだけど、それ以外は裸だ。股下とか特にスースーするだろう?」

「めっちゃする……こんな人の多い所でこんなの、恥ずかしすぎて死にそう……」

「そうやって鋭敏になった状態の方が意識しやすいんだ」


 説明は終わった。

 あとは実地で地道に経験を積んでいくだけだ。

 全裸コートなら法律にも抵触しないし、誰に迷惑をかけることもない。


「じゃあとりあえず一通り回ってみよう。大丈夫、俺も一緒にいるからナンパとかはされないと思う」

「……あとで絶対蹴ってやるから……!」


 その程度でいいなら、いくらでも甘んじて受け入れようと思った。

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