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柴犬ドクター・ミヤジマ  作者: 細川あずみ
7/7

間違いない

 結局、5月22日の「補助犬の日」は、何もしなかった。ドッグランは通常通りの営業で、常連客がカフェに流れていった。特別なものは何もなく、いつものように、いつもの犬達がここに来て、ガンガン走ったり、寝そべったり、クリニックで話したりした。

 フクヤマも、週に2回のペースでここに来る。セラさんは、必ずオレに「よろしくね」と、手話と声で言ってから、友人らしき人と一緒にカフェへ行く。フクヤマは、「聴導犬」と表示されたケープを着たまま、オレの所へまっしぐらで駆け寄ってくる。その姿がなんとも可愛く思えてならない。

 一度オレは、「ドッグランで走る時は、このケープを外したらどうだ?」と聞いたことがある。するとフクヤマは、「ボクは、コレを着ると自分のことをカッコイイって思うんです。家では何も着ずに過ごすけど、外に出る時はコレを着て、ノボルさんと一緒に歩くのが楽しいんです。それに、ボクが聴導犬だって知ってもらうことで、ノボルさんが聞こえない人だって分かってもらえると、話しかけられるようになったみたいで。最近は、手話で『こんにちは』とか、Instagramを表示させて『見てますよ』って教えてくれたりとか、嬉しいことがたくさんあるって、ノボルさん言ってました」と、嬉しそうにオレに話したのだ。

「ミヤジマ先生―っ!」

 黒い大型犬が、オレの名前を呼びながら走って来た。今日は予約がない日だが。まぁ、急に「相談に乗って欲しい」というのは、よくあることだ。

「あの、ここに聴導犬っていうカッコイイ犬が来るって、ホントですか?」

「あ、あぁ…そうだね、よく来るよ」

「えぇーーーっ!!今日は来るのかしら?」

「んー、どうだろうね。何か、フクヤマ君にご用かな?」

「フクヤマさんって言うのね。なんか、素敵な補助犬が居るらしいって聞いて」

「あ、そうですか…言うても、ただの柴犬でっせ。オレよりちっさいし」

「小さくてカッコイイなんて、最強ですわ」

 あまりにグイグイ来るのでちょっと引いてしまったが、犬の世界では有名になっているらしいぞと、心の中でフクヤマに話しかけた。

 フクヤマがこのドッグランのマスコット的な存在になってくれたら、人間もどんどん来るし、カフェの売り上げにも繋がっていいなと思う。聴導犬の存在も、ここでは当たり前となって、セラさんの聴覚障害も、ここでは「障害」ではなくなる。もちろん、最初は話しかけ方さえも知らない人がたくさん居たが、フクヤマとセラさんが一緒に居る時に話しかける人が増えて、肩をポンポンとしたり、手をヒラヒラとさせてセラさんの視界に入ったりと、そのうち自然に出来るようになっていった。Instagramを見て、「ここに来ればセラさんとフクヤマに会える」と期待して来る人も、結構居るのだ。

 カフェでは月イチで、犬の飼い主向けにしつけ教室を行っている。ドッグランでも随時行っていて、そのおかげか、ここに来る人間はみんな、マナーが良い。犬が何を言っているのだと思うかもしれないが、ぶっちゃけた話、人間はマナーが悪い。なのに、まるで犬が悪い、犬の頭が悪いと、オレ達のせいにする。なんてこった。

 オレのクリニックが出来たのも、実は人間のマナーの悪さをどうにか出来ないものかといった愚痴が、鬼のように出て来たことがきっかけだ。オレは「まぁ、たちまち走りんさいや」と、全速力で走ることを勧めたのだが、それだけでは事足りず、犬達の話を聞くようになった。犬達から聞いた愚痴をアサキタさんに伝えてみた所、「それ、俺も思ってた」と意気投合し、人間のためにしつけ教室を開くようになった。すると、人間は犬の扱い方が分かるので、犬の機嫌を取ることもうまくなる。その結果、犬も心地よく生きられるようになったと、次から次へと報告が来るようになったのだ。

 オレ達犬は、ただただ犬として生きている。犬の目線で生きている。人間と共に暮らすとなると、人間の世界のルールに巻き込まれることもあるのだが、犬に生まれたことを誇りに思い、その人(犬)生を全うしている。オレ達犬も人間も、この世界を楽しむためにここに居るのはおんなじだ。

「みーやじーませーんせーー!」

「おぅ、フクヤマ!あれ?なんかケープ変わったか?」

 フクヤマが全速力でこちらに向かってきた。何となく、ケープの色が違って見えたので聞いてみた。

「さっすがミヤジマ先生!季節が変わって暑くなったんで、ケープの生地が薄くなったんですよ~」

「お、ホンマじゃわ」

「みてみて、このポケットにアイスノン入れられるんです。これで夏もオッケー!」

「そいつはえぇのぅ~」

「あのね、先生!」

「どうした、なんか興奮しとるんか?」

 フクヤマは、息を弾ませたままオレをじっと見てくる。

「あっち、見てください!」

 オレは言われた通り、フクヤマの鼻が指し示す方向を見た。するとそこには、セラノボルさんが居た。

「お、セラさん。ん…?」

 セラさんの隣に、女性が居る。よくこのドッグランに来る人だ。

「あの人、どうかしたか?」

「うふふふ…」

「なんだよ、気持ち悪い笑い方すんなよ」

「最近ね、仲良くって」

「え?もしかして…」

 オレは、セラさんとその女性、確かミドリさんだったか、二人を観察した。ミドリさんは、少しだけ手話を交えてセラさんと会話をしていた。なんだか、いい雰囲気だ。

「こんちはーっす」

「おぉ、エバ君。ミドリさん、セラさんと仲良いのかい?」

 エバ君は、ミドリさん家のコーギーだ。

「そうなんです!最近、手話の本を買ったみたいで、勉強してるんです」

「へぇー!」

「しょゆことです、ミヤジマ先生」

 フクヤマは、ニヤニヤしながらオレを見た。

「フクヤマ、嬉しそうだな」

「そりゃぁ、嬉しいですよ。ずっと仕事一筋だったから、女の人と話すなんてほとんどなかったし、耳が聞こえなくなってからは、引きこもってた時期もあったみたいですし。ボクと出会って、外に出るようになって、ここに来て、ミドリさんに出会って…楽しそうで良かったです」

「フクヤマのおかげだな。ミドリさん、フクヤマに会いたくてここに来るようになったんだぞ。前は月に2回くらいだったのに、今は週2だからなぁ」

「俺なんか、しょっちゅうInstagram見せられてさぁ、『この子、可愛いよねぇ~』って。そりゃ可愛いけど、俺のことも褒めてよーって思っちゃいます」

「あはは!そうだったんだぁ」

「フクヤマ君のご主人のおかげで、ミドリさんが手話を使うようになって、俺と話す時にも手話使うんですよ。今までよりも、話してることが伝わりやすくなって楽しいです」

「そこにもいい影響が!手話ってえぇね」

「そうなんですよー!ぜひアサキタさんにも、カンタンなハンドサインをやってもらうのはどうですか?」

「ほうじゃね~、でもオレのご主人は、犬の言葉が分かるからな」

「へぇぇ~~!!」

「で?今日はクリニック?」

「いえ、バリバリ走って来ます!」

「俺も走って来ます!」

「ほーい、行ってらっしゃ~い」

 オレは、フクヤマとエバを見送った。

「あー、背中かいぃー」

 ヘソ天状態で背中をスリスリしていると、「カワイイー」と人間が近付いて来て、オレのヘソ天スリスリをスマホでバシバシ撮り始めた。こんな姿でも、人間からすると可愛くて仕方ないらしい。ここに来る人間がSNSにアップしてくれるおかげで、アサキタさんはさほどSNSを駆使しなくても、このドッグランが知られていく。

聴導犬も、そんなやり方で、身近な人間から日常を発信し続けていくことが大切なのではないだろうか、とオレは思う。だって、ユーザーにとっては紛れもない「日常」だ。聴覚障害者と呼ばれている人も、特別な存在ではなく、オレみたいに「背中かいぃー」って、背中をスリスリするような、どこにでも居る存在だろう。

 みんな、自然な姿を見せればいい。普段の楽しんでいる様子や、「こんな時、どうしますか?」といった投げかけ、こんなことあって嬉しかったといった感想など、飾らず格好つけず、押し付けず、「自分はこんな人間です」ってことを出せばいいのではないだろうか。

 まぁ、オレは犬だから、犬のことしか分からないけど。とにかくオレは、幸せに生きている。聴導犬のフクヤマも、幸せに生きている。フクヤマのご主人、セラさんも、幸せに生きている。間違いない。

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