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柴犬ドクター・ミヤジマ  作者: 細川あずみ
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セラさんの気持ち

 なんと、ヤバいことが起きた。フクヤマと連絡が取れないのだ。「連絡」と言っても、人間同士のように電話したり、LINEしたりということではない。そもそもオレはスマホを持っていない。

 昨日、遠吠えでフクヤマにコンタクトを取ってみたのだが、いつもはすぐにリアクションがあるのに、何一つ返って来なかった。オレは、オレのご主人であるアサキタさんのスマホを見せてもらった。フクヤマのご主人、セラさんのSNSを見るためだ。Instagramにはいつも「#聴導犬との暮らし」と付けて、毎日投稿している。その日の投稿は、日中に「フクヤマ昼寝中」と投稿されているのが最後だった。

「まずは一度、5月22日の補助犬の日にイベントをやろう」と言っていたのに、その後一度もドッグランに来ないし、遠吠えにも応えない。一体どうしたのだろうか。

「フクヤマ君は、どんな犬?」

 Instagramを見ながら、アサキタさんがオレに聞いた。

「んー、そうだなぁ。とにかく元気だな。毛並みが良くて、ツヤがある。あと、セラさんと居る時はバリバリ尻尾を振ってて、楽しそうだ」

「俺も、それ思った。フクヤマ君、セラさんのこと大好きなんだよな」

 そう。オレ達犬は、ご主人のことがみんな大好きだ。いつも観察している。だから、ちょっとした変化にもすぐ気が付く。人間が落ち込んでいたら、そっと寄り添って側に居たり、泣いていたら、泣きやむまでずっと横に居るとうのを、経験したり聞いたことがあるだろう。それは、オレ達犬が、ご主人のことを大好きだからだ。

 もしかしたら、セラさん自身に何かあって、フクヤマは寄り添っている所なのかもしれない。そんな時は、こちらからあれやこれやすることはせず、各々の時間を楽しむのみだ。

「あ、ブログやってるみたい」

 アサキタさんが、セラさんのブログを見つけたようだ。最新の更新は本日の夜。1時間ほど前にアップしたばかりの記事があった。それは、このようなものだった。






『私の決意』


 いつも応援してくださる皆様、ありがとうございます。ここの所、ブログの更新が滞っていてすみません。Instagramには毎日投稿しているので、そちらで私の日常を知ってくださっているかと思います。

 さて、今日は皆様にお伝えしたいことがあって、久しぶりにパソコンに向かっております。Instagramに投稿しようかと思ったのですが、文章が中心となるので、今回はブログにしました。


 ご存知の通り、私は中途失聴で、現在はフクヤマという聴導犬と一緒に暮らしています。広島市に越して起業し、聴覚障害や聴導犬のことを知ってもらうため、講演をしたり、色々な所へ営業に回っています。

 会社のスタッフも、本当に頑張ってくれています。私のことを知ってもらおうと、SNSを始めたり、チラシを配ったり、イベントをやろうとあちこち回ってくれました。

 現在の日本は、聴導犬の認知度が低く、外へ出ればジロジロ見られたり、初めて入るお店では入店拒否を受けたり、そんなことは日常茶飯事です。訓練中も、たくさんの人に見られました。でも、「自分が有名になることで、他の補助犬ユーザーも暮らしやすくなるのであれば」と、割り切って来ました。



 つい先日のことです。会社のスタッフが、とある営業先から帰って来ました。「聴導犬のイベントをする」という話が進んでいて、その最終打ち合わせでした。日時も内容もほぼ決まっており、あとは当日を待つのみという所まで詰めていたのですが、突然先方から「白紙に戻してくれ」と宣告されたらしいのです。

 理由は、「犬アレルギーのお客様に対応が出来なかった時のマニュアルがない」「もしも犬が粗相をした時に誰が責任を取るのか」「吠えてうるさい、毛が飛ぶなど、クレームが来た時の対応が間に合わない」などでした。これは、1ヶ月ほど前に起きた、ペットを連れたお客様の対応をした店員が、SNSで嘘八百を書かれて叩かれてしまい、その結果、辞めてしまった件が関係しているかと思います。

 先方は、自分の社員に同じ経験をさせたくはない、誰も嫌な思いはしたくないということで、今回のイベントを白紙に戻したいと、頭を下げてきたそうです。ウチの会社のスタッフは、悔しがりつつもそれを一旦受け止めることにしました。


 クレームを言うお客様が存在することは、ある程度仕方のないことだとは思います。そして、社員を守りたいという気持ちも、とってもよく分かります。何かあってからでは遅い、何も起こらないように対策を練り、マニュアを作り、それを遵守することで、そのお店は営業を続けられる。またお客様に来ていただける。お客様に心地よく過ごしてもらい、笑顔になって帰っていただける。それが先方の願いであると、私もイチ経営者として、十分に想像がつきます。

 このような件があり、スタッフと今一度話し合いました。そして、「イベントはやらない」という結論に至りました。



 私は、フクヤマと出会って、本当に人生が変わりました。フクヤマは保護施設に居た犬で、いわゆる捨て犬でした。聴導犬の訓練士が福山市の愛護センターへ出向き、最初に目が合った時に「この子は(聴導犬に)なれる」とピンと来たそうです。予想通り、訓練は順調に進み、たまたまいいタイミングで私とフクヤマが出会う事が出来て、マッチングの結果、パートナーとして一緒に頑張ろうということになりました。

 フクヤマと居ることで、私は安心して一人暮らしが出来ています。朝は必ず起こしてくれますし、インターホンが鳴れば教えてくれるので、Amazonで注文したものがいつ届くかソワソワする…なんてこともありません。昼寝が出来ることが、こんなにも嬉しいとは思いませんでした。

 外に出ると、自転車が横をすり抜けていきます。私には自転車のベルの音も、ペダルをこぐ音も聞こえませんので、フクヤマがチラリと後ろを見ることで、「後ろから何か近付いている」と分かります。おかげで、知らない道も一人で安心して歩くことが出来ています。

運転中も、フクヤマは私に必要な音を教えてくれます。救急車が近付くと、助手席のフクヤマは「伏せ」の姿勢を取ります。私はルームミラーで救急車を確認し、車を寄せます。音が聞こえないと、ルームミラーに映るまで、救急車やパトカーの存在に気付きません。フクヤマが居ると、大好きな車の運転も安心なのです。

 このように、フクヤマは私の日常の中に居ます。全く特別な存在ではありません。目が見えにくくなったらメガネを掛けるように、日差しが強い時はサングラスを掛けたり、日傘を差すように、身近なものです。ペットを飼っている皆さんも、自分の日常にそのペットが居ますよね。それと同じです。私にとってフクヤマは、特別な存在ではなく、生活の中に自然と存在しています。

 なので、皆さんにはそんな「日常」をお届けすることこそが、大事なのではないかと思うのです。もちろん、イベントをやって多くの人に知ってもらうのも、良いことです。しかし、年に一度や、○○週間といった「その時だけのもの」にしてしまうことが、「補助犬は特別な犬」「聴覚障害者はちょっと別物」といったイメージを、より強く植え付けてしまう気がしてならないのです。

 なので、私はこれからも、「何でもない日常」を、SNSやブログを通じて皆さんにお届けしていきます。


 最後まで読んでくださって、ありがとうございました。引き続き、Instagramもよろしくお願いします。






「セラさん…」

 きっと、フクヤマはセラさんの気持ちに寄り添っているのだろう。イベントをやろうと奮起していた、セラさんや会社の人達の様子も知っているからこそ、フクヤマ自身も盛り上げようとしたに違いない。

 また今度、元気な姿を見せにドッグランに来るだろう。それまでは、Instagramとブログで、フクヤマとセラさんのことを追うことにした。

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