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柴犬ドクター・ミヤジマ  作者: 細川あずみ
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ヒトと犬

 そもそも聴導犬の実働頭数がまだ少なく、街で見かける機会がない。オレも、フクヤマに会うまでは知らなかった。たとえ知っていたとしても、他人(犬?)(ひとごと)だ。自分と直接関係のないことは、そこまで深く知りたいとは思わない。オレ達犬は、ただ犬として生きている。それだけだ。

 フクヤマのご主人、セラさんのように、「知ってもらおう」という気持ちがある人は、積極的に外出をするだろう。しかし、みんながみんな積極的な人ではないし、むしろ逆で、「見られたくない」という人の方が多い印象だ。

 今の日本では、ユーザーが聴導犬を連れて外に出ると、「犬だ!」「聴導犬ってなんだ?」と、注目を浴びてしまう。それが恥ずかしいというユーザーも居るし、「聴導犬を連れている人は聴覚障害者だ」と、周囲にバレてしまうことがイヤだという意見もある。もちろん、どう感じるかは人間の自由なので、ユーザーになるならないも、人間が決めればいい。

 ただ、フクヤマから話を聞いてオレが思うのは、聴導犬と一緒に暮らすと、確実に暮らしやすくなるってことだ。家の中だけの話じゃない。「社会参加」と言う意味で、だ。

現状では、やはり「見られて恥ずかしい」という思いをするユーザーがたくさん居るだろう。だが、恥ずかしいからと言って引っ込んだままで、それで「理解してくれ」だの「知ってくれ」だの、言われましてもなぁ…というのが本音だ。おっと、オレの本音じゃなく、オレのご主人の本音だ。このドッグランでイベントをやるのはどうかと聞いてみたら、やるのはいいけど、ぶっちゃけ「人間の意識」はそれほど変わらない、という答えが返って来たのだ。

 聴導犬と暮らすと、こんないいことがあるといった類いの発信をしている人が、一体どれだけ居るだろうか。知られていないのならば、知ってもらう努力をすればいい。テレビ番組やYouTubeに出るのもいいし、CMを作るのもいい。チラシをポスティングする、近所のお店にリーフレットを置いてもらう、現代ならSNSという便利なものがあるので、使わない手はない。既に人気のある人物の名前を借りるのもいいだろう。有名人の発信は、影響力がものすごい。使えるものは使うといいだろう。

 まずは「聴導犬」という名称を、人間達の耳に入れる、目に入れること。そして、「これがその聴導犬というものだよ」という、実際の聴導犬を見てもらえるような機会をたくさん持つ。年に一度の「○○イベント」とか、「○○週間」とか、そういった時だけ大々的に発表しても、人間達は覚えちゃいない。オレのご主人は、「障害者週間ってのがあるみたいだけど、あれってよく分かんないんだよね」と言っていた。

 何だか、このドッグランでイベントをやることを渋っている様子だ。オレは、ちょっと突っ込んで聞いてみた。すると、過去にも補助犬のイベントをさせてもらえないかという依頼があったらしい。その時の依頼主が、こんなことを言ったそうだ。

「障害者に優しい地域作りに、貢献しませんか?」

 オレのご主人は、その言い方が気に入らなかったようだ。イベントをやるのは構わない。認知度が高くなるのは、単純にいいことだと思っている。だが、その上から目線な言い方がイヤだったので、断ったそうだ。ふむふむ、ご主人らしい断り方だなと納得した。

 聴導犬のフクヤマも、ユーザーのセラさんも、「障害者に優しくしてくれ」といった類いではないと感じる。セラさんとはまだ話した訳ではないが。雰囲気で分かる。というか、フクヤマを見ていれば分かるのだ。先ほど述べた通り、犬と飼い主は似ている。そのことを、オレは話してみた。すると、「ミヤジマがそう言うなら」と、フッと笑みをこぼした。

 オレはすぐに、フクヤマにこのことを伝えた。伝えたと言っても、伝達方法は遠吠えというやつだ。次にドッグランに来るのは来週だから、それまでは遠吠えでやり取りをする。これで十分だ。




 オレのクリニックには、毎日ひっきりなしに患者が来る。「ミヤジマ先生~!」と、泣きついてくる犬も居れば、「ちょっと聞いてくださいよ~」と、グチを言う犬も居る。みんな、オレに話したいだけ話して、スッキリして帰る。まぁ、とりあえず走っていれば、みんなスッキリするのだが。

 普段、人間と関わっていると、犬語では通じないため誤解が生じることもある。飼い主側が勉強不足だと、人間の思い込みにより、犬の健康が損なわれたり、犬も人間も不幸になってしまう。せっかく縁あって出会ったのだから、犬も人間も幸せになる道を選ぶ方が絶対に良い。と、オレは常々思っている。

 そう言えば、引退犬のアストさんが来た時に、「ユーザーが外出するのを楽しみにしている感じが良く分かる」と言っていた。そう。盲導犬、介助犬、聴導犬、つまり補助犬というのは、人間が社会参加するために存在する。「社会」というのは、人が作るコミュニティだ。人は、病気だったり障害だったりで、何らかの困り事があると、家にこもってしまいがちになる。一人で生きていく、なんてのは、誰にも出来ることではない。いわゆる「健常者」と呼ばれる人達も、一人では生きていけない。誰しもが、誰かの世話になっている。直接的にも、間接的にも。

 オレは、拾われたことで、今もこうして生きていられる。人間が居たから、オレの命もココにある。捨てたのも人間だが、拾ったのも人間だ。捨てる人間あれば拾う人間あり、と言った所か。オレのご主人は、オレのことを「可哀想だから」預かったのではないらしい。単純に、「コイツ可愛いな」と感じたからだそうだ。半年前に、オレの前に飼っていた犬が亡くなり、タイミングもいいだろうと感じたそうな。「前の犬が死んで寂しいから」という理由では、次の犬を迎えることは絶対にしないという考え方らしい。半年経ち、「もうあの犬はここに居ない」と認めることが出来た瞬間に、オレと出会ったのだと聞いた。

 オレとご主人は、会話が出来る。オレと出会ってから、その才能が花開いたらしい。前の犬とは全然話せなかったのに、オレの言葉はなぜか分かるのだと、不思議がっていた。他の犬の言葉は全く分からず、オレの言葉だけは、日本語に変換されて聞こえるそうだ。オレも、人間の言葉が分かる。だが、人間はオレの言葉は分からない。言葉のカベがある。でも、言葉が違っても、何となく通じ合ったり、分かる瞬間はいくらでもある。ドッグランに迎えに来た人間を、オレがじーーっと見ていると、たまに「いつもありがとうね」と言う人間が居る。オレは何も言わないが、「この人間は、オレの言葉が通じている」と感じることはよくある。違う生き物同士でも、通じ合うことは可能だ。

 だが、人間同士、同じ生き物であっても、通じ合わないことは多いらしい。人間には人間の言葉があるのに、その言葉を使っても通じないとは。人間って、フクザツだな。

 そう言えばセラさんは、フクヤマと出会ってから手話を使うようになったという話があった。オレは、人間みんな手話を使えばいいと思う。全てきちんと覚えることはムリでも、ここに住む人間全てが、ほんの少しだけ手話が分かっていたなら、セラさんのように突然聴力を失ったとしても、コミュニケーションが取れて安心出来るのではないだろうか。オレ達犬とのコミュニケーションも、手話だったりジェスチャーだったり、ハンドサインがあるとスムーズだ。つまり、良いことづくしって訳だ。

 人間も、もっと「ヒト」として生きることを楽しんだらいいとオレは思う。オレ達犬は、犬として生きることを楽しんでいる。病気になろうが、後ろ脚が動かなかろうが、目が見えなかろうが、オレ達は自分のことを1ミリたりとも「可哀想」とは感じない。そして、飼い主に対しても「ごめんね」とか、「申し訳ない」とか思っていない。むしろ、一緒に暮らしていて楽しいとか、ご飯が美味しいとか、そのくらいのことしか考えていない。少なくともオレは、毎日メシが美味い。決まったドッグフードが出てくるのだが、コイツがマジで美味い。人間にも食わしてやりたいくらいだ。

 このことをアストさんに話したら、「ワシも同じドッグフードじゃよ」と言っていた。オレは、補助犬というカッコイイ犬達と同じものを食べているのだと、クリニックに来ていた犬達に自慢した。

 そうそう、アストさんにもイベントの話をしてみたら、「面白そうじゃ」と言っていた。チラシがあれば持って帰るとも言っていたので、オレのご主人にチラシを作ってもらおう。その前に、イベントの日程を決めなければ。次にフクヤマと会う日が楽しみだ。

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