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柴犬ドクター・ミヤジマ  作者: 細川あずみ
4/7

出会い

「はい!肉球見てくださーい!」

 クリニックに入るや否や、フクヤマはオレに前脚を見せた。

「ちょちょちょ。アクリル板があるから、ちょっと待て」

 フクヤマは「はーい」と言って、そこにお座りした。こないだ診たばかりだから、さほど変わりないだろうと伝えたのだが、変わりなくとも診て欲しいというので、仕方なくアクリル板を立てた。

「どれどれ?おー。綺麗な肉球だねぇ」オレはわざと大げさに褒めた。

「でしょう~?ボクのご主人はね、すっごく面倒見がいいんです!」

 フクヤマは興奮して、バタバタとアクリル板を叩いた。

「お、落ち着きなはれ。これから暑くなるから、外を歩くのはしんどい時もあるよねぇ」

「そう~なんですっ!アスファルトって、めっちゃくちゃ熱いから、夏になるとボク達は、日が出てない時間帯に散歩してます」

 ここで言う「ボク達」とは、フクヤマとご主人のことだ。

「ちなみに、ご主人はお仕事何してるの?」

「会社の経営です」

「へー!どんな会社?」




 フクヤマのご主人、セラノボルさんは中途失聴で、10年前に突発性難聴を患い、聞こえなくなったらしい。会社員をしており、毎日残業が当たり前の生活をしていたそうな。聴力を失い、どうやって生きていこうかあらゆることを調べていくうちに、聴導犬の情報に辿り着いた。一人暮らしをしていて、突然聴力を失ったセラさんは、色んなことに困っていた。そんな時に聴導犬の存在を知って、すぐ調べて問い合わせをした。そこから紆余曲折あり、フクヤマと出会い、訓練を共にして、この春から聴導犬ペアと認定されたという訳だった。

 セラさんは、自分の経験を活かして会社を作る決心をした。突然病気になって、何をどうしたらいいのか分からず大変困ってしまった。更に、聴覚障害に関する情報を発信している人があまり居なかったため、病院のサイトから難しい言葉を拾っては調べの繰り返しをしていたそうだ。聴覚障害に関するNPO団体にもいくつか行ってみたが、どうも自分とは合わないと感じ、「ならば自分で作るしかない」と考えた。

 地元の福山市を出て、広島市で起業。セラさんを含めて3人の社員で、「ミミヨリ」という会社を作った。自ら学校や企業へ出向いて講演をし、聞こえに関すること、聴導犬のことなどを伝えている。

 フクヤマと出会う前、セラさんは基本的に家から出ない生活だった。というか、家と職場の往復だった。それほど、一日のほとんどを仕事に費やしていたのだ。耳が聞こえなくなってから、電話が出来なくなったので部署を変わった。筆談やメールでのやり取りで仕事は出来たが、会議に出席しても話している内容が全く分からず、苦になった。後に議事録を読んでも、内容が入って来なかった。そのうち、「会議には出席しなくていい」と言われた。プロジェクトのメンバーから外された。「ここに居る意味はない」と感じ、退職届を提出。しばらくは、心身共に療養に充てた。

 ある時、気分転換のため外に出たら、車に轢かれそうになった。車の走行音が全く聞こえず、もちろんクラクションも聞こえない。それ以来、外へ出るのが怖くなったらしい。

 聴導犬の存在を知り、家の中も外も、安心して過ごすことが出来るなら、共に暮らしたいと強く感じた。誰でもがユーザーになれる訳ではないので、ダメ元で訓練士とコンタクトを取ったのだが、「本当に運が良かった」と話しているらしい。

「ボクのご主人…ノボルさんはね、最初は手話を使わなかったんです。ノボルさんは中途失聴で、声だけ聞くと、聞こえる人みたいなんです。手話サークルに行って、手話を習おうとしたこともあったらしいんですけど、なんか『ここじゃないな』って感じて、手話には一切触れない時期もあったみたいで」

「そうなんだぁ」

「で、ボクと出会ってから、手話をするようになったんです」

「へー!なんで?」

「ボクと話をする時に、トレーナーさんから、『犬は、身振り手振りの方が伝わりやすいですよ』って言われて、それで手話を少しずつ覚えていって」

「ほー!!確かに、オレ達は手話って言うか、ハンドサインの方がより分かるもんな」

「そうなんですよ!声で『座って~』だけよりも、言いながらこう、手を動かしたり、手話で『座る』って見せてもらえると、すっごい分かりやすいんです」

「ほーじゃねー。んで?今日はその、ノボルさんの自慢に来たん?」

「あっ、ち、違いますよ。相談があって来たんです」




 フクヤマからの相談は、「このドッグランでイベントは出来ないか」といったことだった。ドッグランには、そもそも犬が集まる。そして飼い主、つまり人間も集まる。犬好きの人間が集まる場所で補助犬のイベントをやれば、もっと認知度が高まるという案だ。

「ペットショップのある大きなモールでやろうと試みたんですが、『ペットショップに続く道だけは犬も歩けるんです』なんて案内をされて、いくら『補助犬です』って言っても伝わらなくて…とりあえずそのモールでのイベントは諦めたって、ウチの会社のスタッフさんがしょげてました」と、フクヤマは話しながらしょげていた。

 ペットショップのあるモールでさえも、犬が通れないとはどういうことだ。それだけ、犬という生き物は「粗相をする」「うるさい」といったネガティブなイメージが強いのだろうか。オレ達犬は、粗相をしたくてしているのではない。ぶっちゃけ、人間のほうがしつけが足りないのでは、と思うこともある。愛情と呼べばなんだってやってもいいと、勘違いしている飼い主も知っている。ここに来る犬を見れば、どんな飼い主かなんて一目瞭然だ。犬と飼い主は、似ているのだ。

 その点では、フクヤマの飼い主、セラさんはきっとイイヤツだ。フクヤマを甘やかしている様子はないし、かと言って「俺は人間様だぞ!」といった理不尽な態度を取ることも、きっとないだろう。フクヤマは、犬として生きることが心底楽しいようだ。そして、聴導犬になったことも、転職だと感じているのが見て取れる。

 オレは、その辺に居るただの柴犬だ。生まれてすぐに段ボールの中に入れられ、どこかへ捨てられた。オレ以外に5匹居て、他の奴らは次から次へと人間に連れて行かれた。そいつらが今どうしているかなんて、知る由もない。最後に残ったオレは、何日もその段ボールの中に居た。気付いたら、動物病院に居た。どうやら栄養失調で、気を失っていたらしい。たまたま通りかかった獣医師が、病院へ連れて帰ってくれた。様々な処置を施し、オレは意識を取り戻した。

 後に、その獣医師の友人がオレを引き取った。今の、オレのご主人だ。

 あれから約5年が経ち、オレも6歳になろうとしている。人間で言う所の、40歳くらいだ。そう。いいオッサンだ。ここのオーナーのおかげで、オレは居場所を見つけ、更に「ドクター」なんて呼ばれるようになった。若い犬達に、何か恩返しでも出来たらなと思っていた所だ。ここで、一肌脱いでやるか。

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