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柴犬ドクター・ミヤジマ  作者: 細川あずみ


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3/7

誇り

 フクヤマがこのドッグランに来た次の日、例のアストさんがやって来た。元盲導犬、引退犬のアストさんは、現在14歳。人間で言うと、なんと100歳オーバーだ。11歳で引退し、その後は家庭犬となった。「引退犬飼育ボランティア」というものがあり、現役を引退した後も安心して生きていけるのだ。と、アストさんが言っていた。

 ちょっと待て。人間で言う100歳オーバーの引退犬が、なぜ走り回るドッグランに来ているのかと、疑問を持ったかもしれない。単純だ。アストさんのご主人が、ここの経営者、つまりオレのご主人と友達で、時々遊びに来るのだ。アストさんは、ここで走り回るのではなく、ポテポテと歩く。14歳とは思えない、黒くてツヤのある毛並みをしている。オレと並ぶと、ラブラドールレトリバーと柴犬なので、かなりの体格差がある。アストさんが座ると、そこから後光が差すように、輝いて見える。オレも、そんな存在になりたいものだ。

 アストさんは、聴導犬の存在を知っていた。現役の時に、補助犬が集まるイベントで話したことがあるそうだ。

「ワシよりも小さい体の犬でねぇ、音が鳴ったらユーザーの元へ行って、前脚でタッチするんじゃよ。ワシらは、ユーザーの指示に従って動くんじゃが、聴導犬は自分で考えるんじゃ。面白いのぅと思ったよ」

 オレは、アストさんの話を聞きながら想像した。

 例えばインターホンが鳴った場合、まず聴導犬はその音を「インターホンだ」と認識する。そして、ユーザーの元へ行く。ユーザーが寝ている場合、どうにかして起こす。前脚でタッチ程度では起きないならば、鼻でツンツン、顔をペロペロ、最終的にはユーザーの背中に顔を突っ込んで、上体を起こす。ここまですれば、人間は必ず目を覚ますのだ。

 聴導犬の合図に気付いたユーザーは、手話で「何?」と聞く。どこで音がしているの?という意味だ。聴導犬は、インターホンまでユーザーを誘導する。音がする場所まで連れて行く。だから「聴導犬」と呼ぶのだ。

「面白そうだなぁ。オレもなりてぇ」

 そう呟くと、アストさんはオレの顔を見て笑った。

「ハッハッハ。ミヤジマ先生は、向いとらんですよ」

「えっ?誰でもなれるんじゃないんですか?」

「何でも、向き不向きがあるじゃろう?補助犬達も、この仕事に向いとるモンがなっとるんじゃ。ワシは、盲導犬に向いとった。じゃから、なった。ホンマに、楽しい楽しい仕事じゃよ」

「オレのどこが、聴導犬に向いてないんでしょう?」

「ミヤジマ先生は、好奇心旺盛でしょう?あれもこれも、見たい聞きたい食べたい触りたい!って」

「あ…」オレは素っ裸を見られたように、恥ずかしくなった。もとい、いつも素っ裸だが。これは人間に分かりやすく伝えるためのたとえだ。

「もちろん、人間が好きとか、好奇心も必要な要素ではある。が、あれもこれもと意識が散らばるようでは、ユーザーが安心して暮らすっちゅうのは、難しい。意外と、少しばかりヌケとるぐらいのが、ちょうどえぇんじゃ。ユーザーに必要な音だけを拾って教える。あとは、右から左に流せるような、一見ボンヤリしとるうようなモンが、向いとったりするモンじゃよ」

「へぇー!」

 言われて納得した。オレの場合、色んな音に興味を持ってしまって、「この音を教えたい!」と、目がランランしてしまいそうだ。聞こえない人や聞こえにくい人の生活を補助するなんて、オレには不向きだ。となると、フクヤマはその素質があり、更にそれを活かして仕事にしたという訳か。介助犬もきっとそうだ。元々持っている素質を活かし、得意なことで仕事をしている。

「巷では、補助犬は可哀想だとか、寿命が短いだとか、あれやこれやと言われておるが…ワシらはみんな、ハッピードッグなんじゃ。やりたいことをやって、時期が来たら引退する。人間は、勘違いが多い」

 確かに、人間は勘違いが多いとオレも感じる。数年前だったが、病気を経験したミックス犬から話を聞いたことがある。ソイツは病気の最中、特別「こうして欲しい」という希望は持っていなかった。ただ単に、「犬」としてこの世に存在しているだけで、病気になったからと言って、特別優しくして欲しいとも思わない。飼い主がひどく自分を責めており、その姿を見る方が、病気よりもずっとツラかったらしい。どこか病気になろうが、脚がなかろうが、「犬」であることに変わりはない。犬として生きるのみだ。

 人間は、何でも人間目線でものを見過ぎだとも言っていた。こっちの世界はこっちの常識があるのだと。「病気になって、生きてるのがツラいでしょう。可哀想ね」と、何度も人間から声をかけられたらしいが、ソイツは自分のことを1ミリも可哀想とは思っていない。病気になっただけ。犬として誇りを持ち、生きているだけなのだ。

 それはオレも同じで、こうして柴犬に生まれ、柴犬として生きていることを誇りに思う。人間がオレのことをどう言おうが、関係ない。犬達は、どの犬種であっても各々、そう思っている。




 今日はフクヤマの予約がある。どうやって予約を取るのかというと、犬にしか分からない「言葉」があって、それを互いに使って会話をする。簡単に言うと、遠吠えがそれだ。フクヤマから「○曜日は空いてますかー」と届くので、「空いとるでー」と答える。人間には、「ワオー――ン」と聞こえると思うが、オレ達の中では会話している。だいたい2キロメートルくらいの距離は、遠吠えで会話が出来る。

 フクヤマのご主人は、ドッグラン併設のカフェをひどく気に入ったようで、週に2回は来たいとSNSに投稿していたらしい。なぜ人間のやっているSNSとやらの情報があるかというと、フクヤマのご主人、つまりユーザーは、聴導犬普及のためにSNSを毎日更新している。フクヤマはSNSに載っている自分の姿を見るのが楽しいらしく、オレにも自慢げに話してきたのだ。訓練中から被写体となることを好み、「PR犬の方が向いているのでは」という案もあったそうだが、訓練・試験をクリアし今に至るそうだ。

 先日、初めて来た時も、「僕のご主人はね、僕のことが大好きなんですよ。いっつも僕を見てるんです。で、しょっちゅう写真を撮って、Instagramに載せてるんですよ。見て欲しいなぁ」と、ヘラヘラしながら言っていた。早速、帰ってからオレは自分の飼い主に言ってみた。すると、確かにフクヤマの写真が毎日投稿されていた。ドッグランの写真も載っており、宣伝効果もバッチリだ。オレの飼い主は、フクヤマのアカウントをフォローして、お礼のメッセージを送っていた。

 なんて、ぼんやりと回想していると、フクヤマが走り寄って来た。

「ミヤジマ先生、こんにちは!」

「おぅ、今日もその服、似合っとるのぅ」

「でしょう?これ、訓練施設のスタッフさんの手作りなんですよ~!」

「へぇ~!カッコイイねぇ。ちょっと、よぅ見せて」

「どうぞどうぞ」

 フクヤマは、シュッと背筋を伸ばしてお座りをした。さすが、被写体慣れしている。

 そのケープと呼ばれる聴導犬の服装は、フクヤマが訓練をしてきた「ワイスマイルファーム」という訓練施設のオリジナルデザインだった。鮮やかなオレンジ色で、やや赤みがかっている。プロ野球のカープカラーを意識したものだろうか。

 ワイスマイルファームは本拠地が広島市にあり、その福山支部で、フクヤマは訓練をしてきたそうな。ユーザー希望者が、後に広島市で暮らすことを見込んで、時々広島市に来て「社会化」といった訓練を重ねて来た。広島市に来る度、「ここで暮らすのか~」と、ワクワクしたらしい。福山市とは規模が違い、人の数がハンパないのだが、それも訓練でバッチリ経験しているので、フクヤマ的には朝飯前とのことだ。

 フクヤマが来ているケープ、つまり聴導犬が身に着けるケープには、必ず「聴導犬」と書かれてある。そして、背中のど真ん中に「試験に合格したよ」という証が表示されている。「これで、聴導犬もどきはチュン太郎ですよ!」と、鼻息荒くフクヤマが話していた。もしも、「この犬は本当に聴導犬なのかしら」と疑うようであれば、この背中の表示があるかないかを見れば良い。更に、ユーザーに認定証の提示を求めることも、失礼には当たらない。運転免許証と同じで、常に携帯しているので見せてもらうといいらしい。

「さっきまで、あそこのカフェに居たんですよ」

「色んな人に見られたんじゃねぇか?」

「見られることは慣れてます。それに、ボクのこと知ってもらいたいし。あ、ここのオーナーさんのおかげで、補助犬シールを貼ってもらいました」

「補助犬シール?」

「ハイ、お店のドアに貼ってくれています。それを見たお客さんが、『補助犬って何だろう?』って興味持ってくれたら嬉しいです」

「ほー。そのシールが貼ってあれば、入れるってこと?」

「いえ、貼ってなくても、ボク達補助犬は入れます。でも、まずは補助犬そのものを知ってもらわないと」

「確かになぁ。でも、あのカフェはそもそも、犬が入ってもいい場所だし、補助犬が入るのも抵抗はないんじゃねぇか?」

「犬そのものには抵抗がないとしても、ペットと補助犬は別物だと知ってもらうことはとっても大切なんです。補助犬ってのが居るんだよって、犬が集まる場所だからこそ広めるチャンス!」フクヤマは、ますます背筋をピンと伸ばした。

「なんか、お前、カッコイイな…で、今日はどうした?」

「そうそう!あのですね…」

「まぁまぁ、こっち入ってゆっくりと」

 オレとフクヤマは、クリニックへと入っていった。ふと振り返ると、目線の先に人間が居た。どうやらフクヤマの方を見ているようだ。きっと、フクヤマのご主人・ユーザーさんだな。今度、挨拶しておこう。

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